本物に限りなく寄り添った贋作
抗争の停戦と術者による新興団体の決起。
もはや鵜久森による一方的な箝口令のようになってしまっているが、讃州山当主が意見する立場にはない。
呪力なんて介さずとも、着々と話が纏まっていく。
「では無事に合意を得られましたので、こちらから讃州山家に預かって貰いたいものを、由来でもある吉備野から提示します」
「……おいちょっと待て鵜久森、なんだそれ?」
皆目見当が付かないと吉備野は小声で問い掛ける。すると鵜久森は讃州山当主にばれないように吉備野の制服のスラックスにあるポケットを指差す。本体の名称は特にないが、どれを差し出せば良いかを術式関連に疎い吉備野でも分かるように言う。
「篭ったままの錬金を差し出せばいいと思うよ」
「篭る……錬金……ああ、そういうことか」
理解した吉備野はすぐ様、錬金術師である綾瀬から譲り受けた不可解な形状をした指環を取り出す。余談だが篭るは引き篭もりがちな綾瀬の性分から、錬金はそのまま錬金術師が生成した物と伏せて示していた。正直あまり意味なんて無いけど、念のために錬成者の名前を出さないようにした配慮だ。
「これ……だなっ」
「うん。それを讃州山当主に渡して」
「ああ、でもいいのか? 綾瀬さんが作ったのに?」
「大丈夫、この為に作って貰ったから」
「じゃあ……どうぞ、お納め下さい」
吉備野は讃州山当主の眼下に件の指輪を差し出す。
どういう意図があるのか吉備野も、そして讃州山当主も首を傾げていた。ただ吉備野と讃州山当主の行動自体は同じでも、それぞれ理由は異なっている。
「随分と不思議そうな顔してますね」
「……ああ。恐らくは本物ではなく複製品だとは思うけど、かなり精緻過ぎる……鵜久森達の呪力が混じっていて一瞬本物かと勘違いしたぐらいだ」
「はい。仰る通りのレプリカとなりますが……これが何を参考に生成されているか、吉備野は知らなくても、あなたなら分かりますよね?」
「当然……――」
讃州山当主はどちらかの手を伸ばせば掴める距離にあり、綾瀬の錬金術で生成された指環を受け取る事を躊躇うようにして双眸に焼き付けながら、その正体の成り立ちを語る。
「――これは宇佐が備野に手渡した呪具の……多分まだ一部だね。渾天儀と言ったかな? それを製作する際の失敗した真鍮の円環を手渡された備野が指環と勘違いしたのが契機で仲を深め、吉備野家が誕生したとされている」
「はい。吉備野家の秘宝ないし家宝とされる逸品です。あなたに渡すのは複製品の一部に過ぎませんが、関係締結の御礼です。他者から……例えば完奈備家が譲り受けてもガラクタでしかないと思いますが、讃州山当主であるあなたなら、早々に関係を反故にしない、させない為の価値ある物品だと思います」
鵜久森は先程まで吉備野が所持していた指環の説明をしている最中、讃州山当主は遠巻きから細部を隈なく眺める。伝え聴いた通り贋作でも場合によっては本物と寸分変わらない、もしくは本物以上の性能を有するかも知れないとして凝視する。