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吉備野  作者: SHOW。
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残敵掃討

 常夜(じょうや)の校庭は時節(じせつ)耳鳴(みみな)りが聴こえるほど静寂で、その殺風景(さっぷうけい)平面(へいめん)が写し鏡のようだ。


 とても吉備野が夕刻まで授業を受けていた場所だとは到底思えない憐憫(れんびん)さである。


 石段(いしだん)(くつろ)ぐ吉備野は、二丁の拳銃を手に仁王立ちで、機が(じゅく)すのを待つ鵜久森の背中を漠然(ばくぜん)と眺めている。

 

 最終下校時刻の後から、かれこれ一時間以上はそうしていた。


 最初は鵜久森の隣にいた吉備野だったが、疲労でその場に座したあと転寝(うたたね)をして、凝り固まった身体を慣らすためにストレッチをしながら移動すると、そこでひたすらに欠伸(あくび)を噛み殺していた。


「俺が必要な理由がまるでわからないな」


 このような恨み節を嘆いたのは、もう何度目か吉備野は覚えていない、あと数えてもいない。


 幾度か鵜久森に(たず)ねはしたけれど、要約(ようやく)すればそこで見ていろと述べるばかりで、何も進展がなさすぎて困惑する。


 柴犬のポチが鵜久森から命じられて、校舎内を探索しにこの場を去ってから音沙汰(おとさた)がない。


 吉備野は早急に帰宅したいと脳裏(のうり)に浮かべては抑制する。


「どうせ鵜久森がそこに居る限り、俺に人権はないんだよな」


 結果として鵜久森の行く末を見守るか、手短にあるガーデニングを愛でるくらいでしか退屈を凌げない。


 吉備野は双眸を閉じる。

 同時に鵜久森は前屈みになる。


「――来た」


 久々に鵜久森が言葉を発したと吉備野が見開くと、突如として薄暗の校庭からローブを纏った人影が出現する。

 その数、吉備野が把握出来る範囲に限定しても三十体を優に超える。


「吉備野は危ないから、そこ動かないで」

「えっ、ああ……」


 鵜久森は一方的に命じると、両拳銃を人差し指の先で(こう)一回転させ、自身の両腕を伸ばしきって構える。


 その拍子に初撃を放つと、多勢の人影から無作為の二体の額を貫通(かんつう)して意識を消失させる。


 人影からどよめきが起きて動揺している隙を見逃す(はず)もなく、畏怖(いふ)露呈(ろてい)させた愚者(ぐしゃ)から、息を殺す間もなく仕留(しと)める。


 自転(じてん)しながら銃撃する鵜久森はそれに飽きたのか、ローブの人影が蔓延(はびこ)る方へと駆け、遊撃を始める。


「さて、(たま)の無駄遣いを始めようかな?」


 鵜久森は前傾姿勢(ぜんけいしせい)猛進(もうしん)しながら両腕を交差(こうさ)させて撃つ。

 手始めにローブの人影六体を蹴散(けち)らすと、交差を解き跳躍する。そうして身体を流転させた。


 そんな出鱈目(でたらめ)なフォームから繰り出される射出(しゃしゅつ)が、なす術もなく人影を捉え命中していく。


 半月夜で燦然(さんぜん)躍進(やくしん)する鵜久森を打倒しようと、ローブの人影は(ようや)くそれぞれの術式を展開する。


 彩り豊かな火の玉を生成し遠距離戦に応戦する者、槍や斧を手に近接戦に持ち込もうとする者、その支援体制を敷く者。

 それらが(とき)の声と共に鵜久森を襲う。


「へぇー、統制は()れているんだろうけどね」


 先陣を切る槍兵の一閃を(かわ)すと、拳銃を握る左手で喉元に打撃を見舞って潰し、手古摺(てこず)る合間を狙った火の玉を銃撃で相殺(そうさつ)すると、その(はじ)けた火の玉を利用して間合いを詰め、付け焼き刃のカポエイラの脚技(あしわざ)だけで無防備な火の玉使いと支援兵達を掃討(そうとう)する。


「一体一体が小粒過ぎて、どれが親玉かすら私には分からなかったね。最初に声を上げてた人なのかな? もう倒しちゃったけど」


 ついでに地の利を悪化させた斧を所持しているだけの人影を、なおざりに撃ち滅す。

 これにより多勢の人影と鵜久森一人の交戦は、鵜久森の圧勝で幕を下ろした。


「私も一応術者なんだから、もうちょっと使いたかったんだけどな」


 鵜久森は実弾とその身体能力のみで()ぎ倒していた。

 そもそも術式を使用していれば実弾を込める必要性すらないが、そこは鵜久森の矜恃(きょうじ)

 如何(いか)なる場合に()いても、本来の()り方を(ねじ)じ曲げる射手(しゃしゅ)(あら)ず。


「また(たま)を買わないとね。取り敢えず脚技をこの人数に試せたのは収穫かな?

 あ、吉備野。もういいからこっちに来ていいよ」


 亡骸(なきがら)の虹が描かれた校庭の中心で吉備野を呼ぶ。

 おずおずと鵜久森の元へと、それを遠ざけながら歩み近づいて行く。


「お前……いくらなんでも無茶苦茶過ぎだろ」

「そう? 今回は特に腕を振るってないんだけどね。術も基本使わなかったし」


 称讃というより、あまりの強者ぶりに呆れ果てるといった声色で話し掛けていた。


「もうなんか映画を鑑賞してる気分だったわ。

 あれで身体技能のみとか。人間を辞めて、サイボーグやミュータントなのかと疑うレベルだからな」

「映画と一緒にしないでよ。古来からある定紋(じょうもん)による術式がなければ、私も普通の人間と代わり映えしないからね」

「いや……定紋?」


 定紋。通例(つうれい)なら良家の家紋という考え方も出来るが、この場合に()けるそれは、代々継がれる各家特有の術式回路を(かたど)ったものだ。


 継承する形式は異なるが大きな分類としては二つ。

 定紋(じょうもん)傷痕(しょうこん)

 その二つの明確な相異は、術者から術者へと継承したか否かである。


 具体的に表すと、術者から適性ある同系統の術者への継承が定紋。術者から異系統の術者及び一般人に移植させるような継承方法が傷痕だ。


 現代では前者が主流で、後者は(ほとん)()れている。

 それらの基礎教養を、吉備野に念のため伝えた。


「――って感じかな?」

「そんなのもあるんだな」

「吉備野には関係のない話だけどね」


 吉備野家は、この二つの流れを汲まない稀有な一族である。説明をする意味もほぼ皆無だ。


「そうなのか? てか結局……いや予想通りか。

 鵜久森一人で終わらせやがったけど、俺いらなかったよな絶対」

「あー、吉備野が必要なのは戦力としてじゃなくて――というか既に一つは達成されているんだよ」

「……はっ?」


 吉備野にそんな実感は毛頭ない。

 ここに来て行ったことといえば準備運動と休息、それと鵜久森の独り活劇(かつげき)観戦(かんせん)していたくらいだ。


 足手纏(あしでまと)いになる権利すらなかった。


「このローブの人……人と云うよりは人形かな? 正確には傀儡(かいらい)の方が的を射ているね。

 ――吉備野の命脈を断つつもりだったみたい」

「命脈って……」

「吉備野家と訂正した方が良いかもしれないけど、どの道狙われるのは吉備野だからいいか」

「狙われる……そんな自覚ないんだけど?」


 鵜久森が手当たり次第ローブを()ぐ。

 その中身は人の形状こそ成されているが、部位の個数が異なり歪で顔面筋(がんめんきん)も剥き出しになっていて、おおよそ人間ではないことを吉備野にも視覚で理解出来るように晒していた。

 そうして目配せもせず憶測を話す。


「うん。恐らくは吉備野に仕込んだ術者、あの空間に居た術者の仲間か使い魔って所だろうね」

「……マジ?」


 口角が引き攣りながら簡素に返すと、鵜久森は補足する。


「それに今回は、組織の一部が同盟団体との会合(かいごう)で遠方に出て逗留(とうりゅう)している。

 つまり一時的にここら一帯の戦力が削がれている状態。吉備野を襲撃するには絶好の機会って訳ね」

「ということは、鵜久森がここに俺を連れてきたのは……(おとり)にするためか?」


 鵜久森が少し躊躇いながらも、最終的には首肯した。

 百戦錬磨の鵜久森にも、後ろめたい気持ちはある。


「端的に言えば、そうね。

 (ちな)みにこの校庭で待ち伏せていたのは原因がこの場所だから、恐らく根城(ねじろ)があって、残党がいると判断したからだね」

「……色々気になることはまだあるけど、俺が囮になること以外にも必要な理由があるような口振りだったよな? それは一体――」

「――うん。吉備野、まずはこれを持ってて」


 拳銃二丁を片手に移した鵜久森がポケットから出して手渡そうとする。

 それは吉備野が意識を無くして、先祖にその身体を乗り移られるきっかけを作った真鍮製の吉備野家の家宝だった。


「いや、これは……」

「大丈夫だよ。ちゃんと私が抑制してるし。

 これなら吉備野がこの、家宝の渾天儀こんてんぎを持ってもまた混迷することはないよ。

 ほら、私が手にしても何にもならないし」

「でも……それは鵜久森だからじゃ――」


 トラウマから(おく)する吉備野を、鵜久森は客観的事実を交えながら説得しようと試みる。


「――吉備野がこうして自意識を保っていること、そしてあの空間から無事に脱出したこと。

 それが示しているのは、吉備野は術者の仲間入りを果たしているから。

 ただの人間じゃそんな芸当は不可能だし、私の系統じゃ他人に干渉することが得意ではないからね」


 そう言うと鵜久森は、吉備野に一切触れないまま術を用いて(ひたい)(はじ)く。驚いて声も出なかった。


 そのままよろけて尻餅(しりもち)をついた吉備野を俯瞰(ふかん)しながら微笑んで、渾天儀を乗せた平手を差し出す。


「な……に――」

「――多分、このくらいの呪力は吉備野に流れてるよ。まだ微弱(びじゃく)過ぎて半人前にも満たないけどね。

 それでこの渾天儀を持つと、吉備野の呪力を安定させることが可能だから一応ね」


 額を擦り痛みを露わにしながら、吉備野は出血していないか指先を確認しつつ訊く。


 勿論、外傷は生じていない。


「鵜久森。もしかしてもう一つの理由っていうのは――」

「――うん、ここなら仮に暴発しても私一人で隠蔽(いんぺい)しやすい場所だし。

 だから思う存分。草分けの術者、吉備野家末裔の底力(そこじから)を、そして私とまた手を組むに(あたい)するか否か試射(ししゃ)して貰おうかな?」


 鵜久森は吉備野に接触した真の目的を話す。

 吉備野家の空間に巻き込まれる誤算こそあったが、潜在的な呪力を意図せず展開させることに成功して、お互いの利害の一致で、少なくとも身体能力への信頼は寄せられていると鵜久森は所感していた。


 ここまでで既に十二分の成果はある。

 値するか、などという台詞は方便で、鵜久森の内心では答えは決まっている。


 吉備野が上手くいかなくても変わらないが、かりそめの対等(たいとう)偽装(ぎそう)するための一言だった。


 吉備野もそれに薄々(うすうす)勘付(かんづ)いていたが、あくまで平凡な人物として自身を律する。そして鵜久森と相対するため臀部(でんぶ)(はた)きながら立ち上がる。


 土埃(つちほこり)が少し舞う。


「俺、本当に耐えられるのか? またさっきみたいになったりしたら――」

「――そうなったら、また私が責任を持って対処するから安心して。

 証明としては一度、吉備野の先祖を容易(たやす)く退けた経験がある、これじゃ不足かな?」


 鵜久森が吉備野へと片手を(ゆだ)ねる。

 術者として、吉備野家の直系としての矜恃を試さんとする、鵜久森なりの敬意の一種だ。


「いや、鵜久森のお陰で生きてるんだから、一つくらい言うことを聞かないと割に合わないし……やってはみる」

「そう。あっ、無事に終わったら返して貰うから」

「おう。俺なんかに扱える筈ないから、その方がいい」

「私が持っても仕方ないんだけどね」


 そうして吉備野は、鵜久森の(てのひら)から差し出された指輪のような小さな渾天儀を受け取る。


「うっ……」


 直後、視界がやや暗転する。けれど、鵜久森に出会う前の偏頭痛よりは平然としていられる。


 吉備野は一歩後退したが、それは焦点が定まらなかっただけであり、すぐに耐性が付与されて持ち直す。

 先程はそのまま身体を乗っ取られたけど、今回はなんとか軽度の目眩(めまい)に襲われる程度だ。

「はあ、あは……平気だ」

「正統な後継者なのに苦労するね」

「ごめん……」

「こんな調子だと手間が掛かりそうだよ」


 そして物は試しと吉備野は小さな渾天儀に念じる。

 しかしうんともすんとも言わないまま時間が過ぎる。

 吉備野はこれでは浪費するだけだと、すぐさま鵜久森に質問する。


「鵜久森。なんかコツみたいなものってあるのか?」

「そうだね、こればかりは感覚を自認出来ることが大事だからね。

 一応吉備野は意識がないとはいえ、既に術式を展開している訳だから、些細なことが引き金になっていると思うけど……そうだ、こうやって構えてみて」


 鵜久森は手持ち無沙汰の手を出して、中指と小指を立てたまま、余りの指で二つのサイズが異なる円を作って吉備野に見せつけるようにして構えている。


 それは吉備野家先祖の吉備野(太郎)の作法と同様の所作だったが、吉備野は知らない。


「変な構え方だな……」

「いいからいいから」


 不躾な感想を述べつつ実践してみる。

 照準を鵜久森に合わせる。すると、湧き水が自身の身体から放出されるような、不可解な体感を得る。


 吉備野はそれを制御しきれないと鵜久森に助けを求めようとするが、その予断(よだん)が逆に作用して術の発動を促してしまう。


「……ぐっあっ!」

「よっ、と」


 吉備野が初めて意識的に放出した術を、鵜久森はいとも容易く素手で迎撃し、流れで思いがけず吉備野の足元までを(すく)う。


「あっ……」

「いったっっ!」


 吉備野は壮大に宙返りして地面に叩きつけられる。

 そんな無様な姿を(ないがし)ろにしながら、鵜久森は淡々と合否を告げる。


「うん、及第点(きゅうだいてん)だね。じゃあ日を(また)ぐことになるだろうけど、私の拠点に戦利品持って向かおうか?」


 つまりは合格ということだ。

 吉備野はその遠回しな言い方のせいで戸惑ったが、鵜久森に認められた事実をとても悦ばしく思う。


 けれど同時に、自身の弱さも痛感する。


「……俺がいうのもあれだけど、不甲斐なくない?」

「そうかな? 最初にしてはいい線いってるんじゃない。正直、全然発動しないまま力尽きるまで想定済みだったからね。はい、返してね」

「ひどいなそれ、おい……ほら」


 吉備野家の宝である渾天儀を鵜久森託す。

 苦笑しながら受け取った鵜久森は、ポチが探索に行った方向へと学校の外壁(がいへき)(つた)い、ついには屋上を跳び超えてしまう。


 その片手間(かたてま)に通信機器を取り出して、外部との連絡を計っていた。


 吉備野はただただ呆気に取られるしかなかった。


「――流石にあんなのにはなれないな」


 吉備野は頼りのない自分の手を眺める。

 誤射(ごしゃ)でみっともなくはあるが、自ら術を使用したことには相違(そうい)ない。


「ほんと、なにがあるか分かんねえもんだわ」


 うろんな夜空に(つぶや)く。

 改めて術を発動したときの感触を噛み締めて、焦る脈動が命を繋ぎとめていることを知る。


 同時に鵜久森の差し出された掌が脳裏に焼き付いている。されていないであろう期待に、いつの日か応えたいと吉備野は密かに決心する。


 あとこれはどうでもいいことかもしれないけど、鵜久森が術の発動のことを試射と(たと)えたことが、吉備野は大いに気に入っていた。


「バーン……なんてな」


 半月の夜に指鉄砲(ゆびでっぽう)が撃たれる。

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