表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

風の子供と、草原の覇者

作者: ooi

注意!

 この作品は、同作者が執筆中の『【助けて】聖剣に転生したけど持ち主がクソすぎる【アイツ、最終形ド鬼畜魔王だ】』という小説の関連小説です。ですが、もちろん単体で読んでも十分話を楽しむことができます。

 できれば、『聖剣転生』も読んでね!(下心丸出し)

 この世界(プレシス)で最も広い平原、サンフレイズ平原。

 美しい花も、広大な広さの草原に沈む太陽も、全てが全て雄大で、生命を感じさせるその平原は、現在、地獄に変わっていた。


 鳴り響く轟音。燃え上がる草木。人々の怨嗟がこだまし、血と硝煙、水、武器が地面に刺さり、こぼれ、濡らし、しみついていた。

 そう、広大で雄大なサンフレイズ平原は今、戦地になっていたのだ。


「あー……たまには普通の水を飲みたいわね」

「うるせえな、文句を言うなら自分で水を作れよ」

「できないから頼んでいるのでしょうが」


 薙刀を片手に、ヒビの入ったコップで無駄に透明な水を飲み干すエルスラは、長い耳を落胆に下げながら隣の男に言う。水魔法で水を作った男、ロアッソは、魔導銃を片手に呆れたように眉を下げた。

 かろうじてクリエイトウォーターくらいは使えるものの、特に水魔法に才能があるわけでもないロアッソでは、常飲できるような味の水を作り出すことはできない。それでも、何も飲まないよりかははるかにマシなのである。


 現在戦地となっているサンフレイズ平原には、広大な地下水脈があるものの、地上に川があるわけではない。水分補給は魔法に頼るほかないのだ。


 ロアッソは仲間から押し付けられた水瓶に水を作り続けながら、エルスラに問いかける。


「別に水くらいいいけどよ、敵は来ていねえんだろうな? 真っ先に狙われるの俺なんだぞ?」

「大丈夫よ大丈夫。何人か来てたけど、全員ブービートラップにはまって内臓ぶちまけているから」

「おえっ、魔法使っているときにそういう気持ち悪いの言うのやめてくんねえ?!」


 覗き込んでいた水瓶から顔を跳ね上げ、ロアッソはエルスラに怒鳴る。

 水分補給地点のないサンフレイズ平原では、平原であるという都合上、荷物の輸送に手間がかからない。だが、逆に言うと秘密裏に荷物を輸送するということが不可能である。

 そのため、兵糧食を狙った襲撃が絶えない。戦争を終わらせるためには、敵の戦士を殺しつくしてしまうのが手っ取り早いからだった。


 魔王という世界……ひいては人類共通の脅威がありながらも対立したのは、サンフレイズ平原とエルフの森という要所を抱えながらも軍自体の力の弱い王国セカンディルと、新興国の聖ウィルド帝国。


 不遜にも原初の聖剣の名を騙ったその帝国は、神の名の元の統一を叫び、セカンディルに進行してきたのだ。聖教国イリシュテアも聖ウィルド帝国に加担しているのか、国際的にも中立無言を貫いた。

 結果として、サンフレイズ平原が戦地に変わったのである。


 魔法のあるプレシスでの戦争は、土地に与える影響も人間に与える影響も深刻なものになる。土地は燃やされ、抉られ、略奪され、汚染され、獣も、鳥も、人も、花も、草木も例外なく、分別なく、平等に鏖殺されていくのだ。

 さらに、人族が不毛な争いに明け暮れていれば、魔物たちに地球を支配する権利を譲り渡す結果にもなりかねない。だからこそ、人族は戦争をしないように協定を結んでいたのだ。……いつ破られてもおかしくはない、あまりにも儚く脆い協定ではあったが。


 先発隊として前線での戦闘行為を終え、帰還しようとしたセカンディル第一大隊所属21部隊を襲ったのは、帝国軍大隊。今まで戦っていた連中がカカシだと気が付いたときには、もうすでに第一大隊は包囲されていた。


 土魔法で急増された屋根すらない拠点もどきの中で、ロアッソは深くため息をついた。兵站を燃やされてから丸3日。優れたエルフの戦士であるエルスラがいなければ、21部隊は約35時間前に滅んでいただろう。戦地から逃げ遅れた野牛をエルスラが仕留めたのが、2日前だったのだ。


 そこからはロアッソのへたくそな水魔法と、ギリギリ食べられる野草で食いつなぎ、21部隊の半数の人数、14名で軍本隊への帰還を目指している。……とはいえ、野生動物も魔物もいない今、いつ食糧不足への恐怖で同士討ちが起きるかわかったものではないのだが。


「私は水魔法が使えないからな。この軍の生命線はアナタよ?」

「そう思うなら、せいぜいしっかり護衛してくれ。主に味方の刃からな」

「流石にアンタを殺すほど狂ったやつは今のところ居ないわ」

「今のところ、かぁ……」


 魔力不足でくらくらする頭を抱え、ロアッソは空を仰ぐ。鳥一匹いない、硝煙混じりの煙が汚す青空。数分後に来るかもしれない魔導部隊におびえながら、ロアッソは小さく肩をすくめた。


「そういや、アンタは何で戦場に何て出てきたんだ?」


 いっぱいになった水瓶を部隊のメンバーに配りながら、ロアッソは思い出したようにエルスラに問う。エルスラは若葉のような淡い緑の髪の毛を揺らし、首を傾げた。


「何でって、何で?」

「いや、俺が質問しているのだが?」


 きょとんとした表情をするエルスラ。

 ロアッソは自前の知識として、エルフは総じて排他的で自分の村の世界樹から離れたくないものだと思っていた。しかして、エルスラはエルフかつ女性でありながら戦場に赴いている。ロアッソ自身は徴兵制度にのっとってこの戦地にいるわけだが、女性であるエルスラは本来、徴兵を免除されるはずだ。


 エルスラは首をかしげながらも、答える。


「別に……村を出るいい機会だと思ったから。オババたちからは妖精との親和性云々言われていたけれども、私、そう言うの興味ないし」

「へえ……変わり者なのか?」

「そうね……あと、私よりも弱いやつを夫に迎える気がなかったから。あのまま村にいたって適当な男と結婚させられそうだったし」

「戦闘民族かよ」


 魔力不足でガンガンと痛む頭を抱えながら、ロアッソは長い耳を小さく揺らしているエルスラに言う。彼女は小さく肩をすくめて言葉を続ける。


「見た目は割と好みだけど、アンタ、クソ雑魚なのよね……悪いけど、タイプじゃないわ」

「俺も突撃してきた野牛とスモウして勝てるような女は嫌だ」


 美女であるエルスラにすげなくフラれたにもかかわらず、ロアッソはあっさりとそう言う。なお、スモウとは月の国で有名な格闘技の一種であり、素手で組み合いをして敵を陣地から押し出すか張り倒して地面に体をつけさせるかすれば勝ちであるという競技だ。


 魔法と言う力があるこの世界では、男女の性差で戦闘力が左右されることはあまりない。とはいえ、種の保存的な意味で考えたとき、あまりに女性を戦場に出せば人族の総数は減ってしまう。だからこそ、戦場で薙刀を振るう彼女は相応に珍しかったのだ。


「アンタは」

「ん?」


 暇になったのか、エルスラは武器の薙刀を手入れしながら、ロアッソに問う。


「アンタは、どうなの?」

「どうって……戦場にいることか? いや、普通に徴兵されたからだけど」

「……? 自分で来たのじゃあないの?」

「いや、好き好んで戦場に行きたいやつなんかいねえだろ。騎士じゃあるまいし」


 あっさりと答えるロアッソ。こんなことならうっかり(意図的に)足の骨でも折っておくべきだった。そうすれば多少の増税だけで兵役は免れられたというのに。


 地べたに胡坐をかいたロアッソは、空を仰いでため息をつく。


「あー……死にたくねえな」

「そうね、私も死にたくはないわ」


 エルスラはロアッソの言葉に同意を示すが、その手に握られた輝かんばかりの薙刀が、死にたくないと(こいねが)うロアッソ以外の誰かの命を奪うだろうことは容易に予想できた。


「後何日歩けば本隊にたどり着くんだろうな」

「さあね。私は知らないわ」


 エルスラは気の抜けた声でそう言うと、突然、ロアッソの襟首を左手でつかんだ。


「ぐえっ、な、何?!」


 突然の暴力に困惑し、間の抜けた声を上げるロアッソ。しかし、エルスラはスッと目を細めると、部隊全員に向かって怒鳴った。


「総員警戒! 八時方向30名前後、魔術攻撃の可能性あり!」

「!!」


 半数が死んだ21部隊全員に、緊張が走る。

 先述した通り、こちらの人員は14名。エルスラの予想通りならば、敵部隊とは倍以上の人数差がある。そして、そのうち一人……つまり、ロアッソは魔力不足で現在使い物にならないうえ、部隊全員もまともな食糧を食べられておらず、本来の力を発揮しえない。


 つまり、圧倒的に、不利だ。

 しかし、そんな状況にも関わらず、エルスラの瞳に絶望はにじまない。


「一人2殺以上を義務づける。安心して、私が10人殺す」

「計算合わねえじゃねえか。足りねえ六人どうすんだ」


 あきれたように言うロアッソ。

 無謀なように聞こえるその言葉。しかし、エルスラは不敵な笑顔を浮かべ、柄が世界樹でできた薙刀に魔力を流しこんだ。

 無能な部隊長が早々に死んでから、21部隊の指揮は主にロアッソとエルスラがとっている。水魔法の使えるロアッソはそもそも部隊伍長であり、エルスラはその実力故に作戦を練るよりも、その薙刀を先頭で振るい、鼓舞と戦前指示を行う。


 輝く金の瞳。平原特有の湿り気のある息苦しい風が吹き抜け、エルスラの緑の髪がふわりと揺れた。


「私に続け。死を恐れろ。ただ、家に帰りたいと願い、刃を振るえ!!」

「悪いが俺は魔力切れ中だ。敵さんが魔石持っていれば何とかなるかもしれねえが、基本回復魔法は使えねえ。怪我したら死ぬもんだと思え!!」


 エルスラとロアッソが小声で宣言する。まだ、人数の少ないこちらは敵部隊に見つかっていない。死にたくなければ、隠密機動で敵を皆殺しにするほかない。


 生き残るために血で血を洗う争いをし、死にたくないから敵を殺し血を流す。彼等も地獄の中に居ながら、同様にして地獄を作り出す張本人であった。


 エルスラの言葉とロアッソの忠告を聞き入れた12名は、駐留していた箇所に大量のブービートラップをしかけ始める。休憩用に土魔法で壁を作ってしまった以上、すぐにでも敵はこちらに気が付くだろう。だからこそ、せっかく使った魔力だが、全てをおとりに使うことにした。


「しんがり……いや、この場合は頭かしら? それは私がやる」

「あー……俺も残ってやろうか?」

「ロアッソは邪魔だから下がって。アンタは生命線だと言ったでしょ。__イール、ウェイン、オーリンの三名が私とともに残って。三人の得意分野は確か槍と剣よね?」


 踏み抜けば足切断不可避の凶悪なトラバサミを草むらにしかけながら、エルスラは言う。エルスラの指示に、ロアッソは小さく肩をすくめ、櫛通りの悪いもさもさな茶髪をかいた。元よりロアッソは魔導銃と光魔法の使い手として戦場に来ている。魔力切れの魔法使いほど役に立たないものもあまりないだろう。


 遠距離から攻撃できるものは、エルスラが行うおとりに引っ掛かった人間にとどめを刺すため、草むらに隠れて息を殺す。死にたくなければ殺すしかなく、殺したくないなら死ぬしかないこの場では、戦闘を放棄することさえも罪であった。


 戦闘の準備を終えた無慈悲な狩人たちは、全員が息を殺す。

 そんな中ただ一人、戦乙女だけが飽和した魔力で淡く輝く薙刀を片手に背筋を伸ばし、敵影を睨んでいた。


「__我が先祖たる精霊様、どうか、私たちに加護を」


 短い祈りの言葉。そして、彼女は深く息を吸いこむと、草むらに隠れた遠距離攻撃部隊に指示を出す。


「斉射!!」


 合図の直後、草むらから一斉に魔導銃が敵影めがけて発射される。

 込められた魔力を魔法陣で土魔法に変換し、銃弾を生み出す魔導銃は、作成コストこそ高いものの、メンテナンスさえ怠らなければ弾切れの心配のない素晴らしい武器なのである。


 他人から魔力を分けてもらいながら、ロアッソもまた狙撃型の魔導銃を構える。狙撃銃であるため、むやみやたらに弾を乱打することはない。狙うは敵将。指揮官の頭蓋である。


 完全に不意を打たれた三十名前後……数名が銃に撃ち抜かれて死亡したのだが……の帝国軍部隊は動揺の声を上げながらも、銃弾の出どころへ防護結界を張り、雄たけびを上げながら突撃していく。


 正式な魔法ではない魔導銃は、その欠点として魔法で張られた防護結界を貫通できないというものがある。

 もちろん、魔導銃の中に組み込まれた術式を強化するなり変更するなりすれば防護結界さえ砕けるような銃を創ることもできるだろう。だがしかし、そんなものを作ってしまえば術者が負担する魔力が途方もないものになる。さらに言えば、そんな高度な術式の組み込まれた魔導銃を一兵卒ですらない徴兵のロアッソらが持てるはずもなかった。


 しかし、ロアッソは狙撃銃を構えたまま微動だにしない。

 防護結界を彼が持つ支給品の狙撃銃(豆鉄砲)ごときで破壊できるはずがない。だからこそ、彼は目を見開き、息を殺して集中していた。


 ブービートラップで無慈悲にも死んでいく兵士たちの死体を踏みしめ、部隊の人間はおとりをしているエルスラらの方へと近づいていく。そして、戦闘に立っていた一人の魔法使いが呪文を詠唱し始める。


「火魔法第五位【ファイアジャ__」


 しかし、その詠唱は最後まで続くことはなかった。

 雑に創られた土壁の拠点を背中に、エルスラが敵魔法使いの首を切り落としたのだ。


 砕け散る防護結界。喉仏少し上で胴体と永遠の別れを告げた敵魔法使いの首は、驚きで目を丸くしたまま断末魔を上げる暇すらもなく草むらに転がっていった。

 エルスラは狂気のにじんだ笑みを浮かべ、血に濡れた薙刀を構えながら吐き捨てる。


「魔法使いが前に立つなど、死にたいと言っているようなものでしょう。__こんな薄い防護壁で私を阻めると思っていたのかしら?」


 エルスラの持つ薙刀は、その柄に世界樹の枝を、その穂先にミスリル合金が使われている。どれだけ扱いが下手なものが使おうとも、魔力さえ武器に流し込めばその強度は世界最高硬度を誇るオリハルコンとほぼ等しくなることだろう。


 砕け散る光の障壁。その瞬間、ロアッソは引き金を引いた。


 割れた障壁の隙間を縫い、後方で指揮をとっていた男の額に数センチ程度の直径の風穴を開ける。重力に従い、地面に崩れ落ちる将校。同時に、頭を失った部隊に動揺が走る。


「よし、ノルマはあと一人か」


 ロアッソは小さくそう呟きながら、銃に魔力を込める。生存最低限の魔力は他人から分けてもらったため、あとは死なないギリギリまで魔力を使うだけだ。


 彼が将校を討ち取った後も、エルスラらは突っ込んできた敵兵を切り捨てていく。


「五人目……!」

「アイツマジで一人で10人殺すつもりなのか……?」


 ロアッソはあきれたように言いながらも、遠くから魔術を行使しようとしていた魔術師を狙撃する。ノルマはこれで終わりだ。あとはほかの人間がノルマを果たせるか否かは……敵の人数にもよるだろう。間抜けはあらかたトラップに引っ掛かってその命を減らしている以上、エルスラが10人殺せば間違いなく頭数が足りなくなる。


 念のために狙撃銃に魔力を込めておきながら、ロアッソは仲間を確認する。前衛で暴れまわるエルスラ(無双バカ)はともかく、イール、ウェイン、オルクは普通に人間だ。彼女のように魔法を薙刀で叩き切るような芸当は到底できないため、どうにか魔法が来ないことを祈るか、魔法使いらしい人間から先に仕留めるしかない。


 ロアッソが選んだのは、後者だった。

 流石にかなり長い時間地獄を共にした戦友が死んでいくのは心苦しい。だからこそ、ロアッソは魔力不足の頭痛をこらえながら、狙撃銃の引き金を引く。多少の頭痛で死にたくなるほどの後悔を未然に防げるなら、採算は十分に取れる。


 そんな時だった。


「ロアッソ、しゃがめ!!」

「……あ?」


 同じく草むらで遠距離射撃を行っていた戦友が、突然大声で怒鳴る。馬鹿野郎、隠密しているのにそんな大声を出したら敵に__

 それ以上の思考を、ロアッソはできなかった。


 敵後方。前衛からもそうとう離れた距離の底から、敵狙撃手がロアッソの右肩を撃ち抜いた。

 息が詰まる。すさまじい痛みで、ギリギリ保っていた意識が、霧散する。


「ロアッソ!!」


 目を丸くしたエルスラの絶叫が、聞こえたような気がした。




 気が付くと、ロアッソは見知らぬ医師に包帯を巻かれていた。


「……?」

「あ、意識戻りましたね」

「ロアッソ!!」


 声をかけようとした医師を押しのける勢いで体を乗り出すエルスラ。

 どうやらずっと隣にいたらしく、美しく整った目の下には、分厚いクマができていた。

 茫然とするロアッソに、医師は言う。


「お疲れ様です、兵隊さん。戦争終わりましたよ」

「……そう、なのか?」

「はい、そうです。勲章いくつかもらっていたようなので、結構な報奨金もらえるはずです」


 白髪まじりの初老医師はそう言って朗らかに笑う。意識が戻りたてで記憶の曖昧なロアッソはしばらく困惑したように首をかしげる。

 医師とエルスラ曰く、第一大隊21部隊は最終的には3つの敵部隊を壊滅させ、本陣に帰還したのだという。生存者数は今しがた意識を取り戻したロアッソを含め、14名。つまり、あれ以上戦友は死ななかったようだ。


「あー……生きてんのか、俺」

「はい、まるまる一週間眠っていましたけど」

「やべえ、本業クビになってないよな……?」


 ロアッソはぼうっとする頭でそんなことを考えながら、改めて自分の姿を確認する。

 右肩には何度も巻きなおされたのだろう包帯がまかれ、服は病院の簡素な白色のものに変わっている。所持品はゼロ。戦場の相棒だった遠距離狙撃銃も無い。


 本隊と別れ、二週間もの間広大なサンフレイズ平原をさ迷いながら敵軍にダメージを与え、帰還を果たした第一大隊21部隊は英雄扱いされている。そして、21部隊の生存者全員が褒章の代わりにロアッソへの最新医療を求めた。


 肩に銃弾を受けたロアッソは魔力不足も相まって戦場で一週間ほど意識不明の状態で運ばれていたらしい。今しがた意識を取り戻したが、帰還直後はいつ死んでもおかしくない状態だったのだとか。


 そっと右肩に左手で触れてみれば、なるほど、随分高名な光魔法使いに治してもらったのだろう。傷あと一つ、後遺症一つ残っていなかった。


「……もしかして、主症状は魔力不足か?」

「ええ、そうですね。慣れない水魔法を相当使っていましたよね、ろくな休憩もせずに」

「心当たりしかないな……」

「アンタ、意識無くなった後も無意識に水魔法使っていたのよ? そのおかげで私たちは無事に本隊にたどり着いたけれども……」


 悲しそうに目を伏せ、言うエルスラ。

 ロアッソはそんなことを言いながら小さくため息をつく。思ったよりも、己が死にたくないよりかは他者を死なせたくない気持ちの方が先行していたようだ。死ななくてよかった。


「腕の包帯はどうして……」

「中に弾が残ってしまったので、こう、ざっくり切り離してからつなげたので。肉がしっかり定着するまでは包帯で固定しておいた方がいいですよ」

「うわあ、費用いくらだ……」

「いいえ、治療費は軍負担よ。貴方は気にしないで」

「太っ腹だな。ありがたいことだ」


 四肢欠損を治す魔法は、そこそこ高位の光魔法使いにしか使えない。結構な魔力を使うため、基本的に金貨を何枚も積まねば治してもらえないのである。逆説的に言えば、金さえあれば腕がもげようが足がとれようが治して戦い続けることができるのだが……そこまでの戦闘狂はあまり多くはいない。


 ロアッソはベッドから体を起こす。痛みはなく、体に違和感もない。若干手元に狙撃銃が無いことが不安ではあるものの、それでも戦争さえ終わってしまえば無用の長物でしかないのだ。


 不安そうな表情でロアッソに寄り添うエルスラ。

 そんな彼女に、ロアッソは苦笑いを浮かべた。



 奇跡の生還を果たした翌日には、ロアッソとエルスラは神殿に結婚届を提出していた。結婚式は上げなかった。それでも二人は気にしなかった。


 ただ、ロアッソは力強くも己を気遣い続けるエルスラのやさしさに惚れ、エルスラも力こそ弱くとも水魔法で命を守り続けてくれたロアッソの芯ある強さに惚れただけだった。両想いの二人には既に、交際期間など必要ないものとなっていた。


 軍からの報奨金でセカンディルの首都の端、少しだけ賃料の安い地域で部屋を借り、二人は徐々に愛をはぐくんだ。

 ……このままハッピーエンドに終われば、どれだけよかったことだろう。



 二人の結婚から数日たったある日、悲劇は起きた。


 21部隊の生存者の一人、遊牧民のオーリンが、メルヒェインが翡翠の祠のそばに来たと連絡をして来たのだ。

 まだ通信技術の発達していないこの時代、移動し続ける遊牧民たちと出会うには、目印となるような建物のそばに来た時に連絡をするしかなかった。その時に、何もないただただ広大なサンフレイズ平原において、不滅で不壊の翡翠の祠は特に目印として使われやすかった。


 かつての戦友からの連絡に、結婚の知らせを伝えたかったこともあり、二人は翡翠の祠そばに停留したというメルヒェインに向かった。

 メルヒェインで歓待を受け、返礼も済ませた二人は、しばらく観光をすることにした。所謂ハネムーンのようなものだ。商店を冷やかしたり、放牧の手伝いをしたりとゆっくりな時間を過ごしていた時。凶手が、現れたのだ。


 オーリンとともに放牧の手伝いをしていたロアッソ。

 そんな彼は、その日の夕暮れ、翡翠の祠に寄りかかるような形で死んでいるのが発見された。彼の右掌の中には、エルスラとの婚姻の証である指輪が隠されるように握り締められていた。


 死因は、暴行の末の脳挫傷。つまり、他殺であった。また、同時にオーリンも手ひどい暴行を受けたようだが、死にはしていなかった。


 ……彼の死を知ったエルスラは、生存者であるオーリンに尋ねた。誰が、ロアッソを、愛する夫を殺したのかと。誰が、戦友であるあなたを傷つけたのだと。


 答えを聞いて、エルスラは絶望した。

 下手人は、神殿関係者の人間。旧帝国軍の人間であった。21部隊の英雄であるロアッソらに対する怨恨から、ロアッソの暴行……いや、拷問殺害を行ったのだろう。オーリンは見逃された、というよりも、意識を失ってなお水魔法を使い続け部隊を支え続けた副部隊長ロアッソの名声がありすぎたせいで、元21部隊の戦士で槍の名手であるオーリンに気が付かなかっただけなのだろう。


 戦友を守れなかったオーリンの憔悴の仕方はとてもひどいものだった。せめて槍を持っていたら。せめて、ロアッソが魔導銃を持っていれば。戦時でないからと武器を手放したから、彼は友を失う羽目になった。


 憔悴したオーリンは、やがて酒に依存するようになった。いつまでも酒場に入り浸り、時たま仕事のために酒場を離れる。本人の元々の気性故に仕事の手を抜くことはなかったが、ただ、単純に酒場にいる時間が伸びた。

 己の無力さを忘れるために、次第にオーリンは力比べの賭けの胴元もやるようになった。


 そして、エルスラは___




 夕暮れの草原。崩壊した帝国から抜け、広大なサンフレイズ平原の盗賊と化した元ウィルド帝国の帝国兵たちは、とある噂に震えあがっていた。


 それは、風の凪ぐとき、鬼の21部隊の部隊長のエルフが、薙刀を片手に盗賊狩りを行うというものだ。盗賊狩りのエルフに襲われた盗賊団は、一人の生存者もなく、首と胴体の泣き別れた死体になるという。


「そんなの、ただの噂だろう?」


 盗賊たちはそう言って笑ったが、しかし、確かに、首を切られた盗賊の死体が平原に転がっていることは増えていた。




 血で汚れきった薙刀を片手に、エルスラはあてもなく平原をさ迷っていた。出会った盗賊……特に、旧帝国軍の盗賊を殺して回り、時折思い出したように生存のための寝食を行う。まるで狂った亡霊のように、彼女は殺すか食べるか寝るかを繰り返した。


 彼女の周りには、決して風が吹かない。彼女が、それを拒んだのだ。


 ……サンフレイズ平原の伝承で、丁寧に弔われた死者は、子孫や大切な人たちを見守るためにやがて風になるというものがある。だからこそ、彼女はロアッソを弔ってくれたメルヒェインの人々に頼んだのだ。どうか、彼に私を見ないように頼んでくれと。


 復讐の鬼と化した彼女は、その様を愛する夫に見てほしくなかった。自壊しながら屍を積み上げ、復讐を果たそうとする己を見てほしくなかったのだ。


 今日も中規模な盗賊団を皆殺しにし、かつての遊牧民が作ったのだろう井戸で水浴びをしていた。そんな時だったのだ、水鏡にうつる己の胎が膨れているのに気が付いたのは。


 そう、エルスラは、ロアッソの子を妊娠していたのだ。妊娠の事実に気が付いたエルスラは、喜びよりもまず先に、ただただ後悔した。


 己は、血を浴びすぎてしまった。

 復讐で手を赤く汚しすぎてしまった。

 だからこそ、愛する夫の子を、育てる資格は無いと、思ってしまった。


 復讐の鬼から、初めて母となった彼女は、気が付けば翡翠の祠の元へと向かっていた。理由などわからない。ただ、胎の膨らみ方から、出産までの猶予はそこまでないと分かっていた。


 何日も、何日も平原を歩き続け、やがて翡翠の祠の元にたどり着く。遊牧民であるメルヒェインはとうの昔に移動しており、祠のそばにはどの民族もいなかった。


 我が子のいる胎を……愛する夫の子のいる胎を抱え、エルスラは、祠の前に膝をつく。ロアッソの遺体は、確かに、このあたりにあったはずなのだ。


 そして、初めて涙を流した。血で染まり紅く変わってしまった髪をかきむしり、血に濡れて乾くことのない薙刀を地面に取り落とし、エルスラはひたすらに泣きじゃくった。


 胎のこの子に、父はいない。己が守り切れず、死なせてしまったからだ。

 胎のこの子に、母はいない。鬼と化した己に、母になる資格はないからだ。


 かなしい。くやしい。愛する夫の子を、己が守り育てることができないことが。かなしい。くやしい。愛おしい我が子に、何も遺せないことが。かなしい。くやしい。一方的に愛する資格すらも己にはないことが。


 鬼女は慟哭した。そして、鬼となってから、初めて祈りをささげた。神に、ではない。きっとどこかで風になった彼に向かっての祈りだった。


「ロアッソ。お願い。あまりにも身勝手な願いだとは分かっているの。でも、どうか。どうか。私の子を見守って。この子を愛する資格のない私の代わりに、ずっとそばにいてあげてほしいの」


 涙に血が混じる。叫びにノイズが混じる。

 鬼の祈りに答えるように、ほんの小さな風が、草むらを揺らした。同時に、すさまじい喪失感を覚える。

 その日、その時、鬼は一切の風魔法を使うことができなくなったのだ。子を守らない母を祖先神(かぜ)は愛さない。己を愛す唯一(かぜ)は、鬼自身が拒んだ。だからこそ、祈れども、叫べども、彼女は風に触れることはできないのだ。


 それでも、赤髪の鬼はそれで構わなかった。

 復讐を応援するものはいらない。神に背こうが、唯一の愛を拒もうが、彼女はただ真っ赤な血を敷きその道を歩み続けることを選んだのだから。

 ただ、彼女は厚顔無恥にも祈った。唯一愛する彼との子の、愛すべき我が子の幸せを。


 膨らんだ胎を撫で、鬼は赤い涙をこぼしながら口を開く。


「お腹の中の私の子。どうか、どうか貴方は私のようにならないで。人を恨まないで。憎まないで。父のように、ヒトを救えるヒトになって」


 鬼は、胎の中の子が男か女かを知らない。それでも、彼女はもう胎の中の我が子の名前を決めていた。これ以外に子に相応しい名前は無いとすら思っていた。


「だから、私の名前は一切引き継がないで。父のように優しく、ヒトを許せる人になって。あなたの名前は__」




 柔らかな風が、エルフの村の木々を揺らす。巨木ユグラシアの足元。そこに、布にくるまれた赤子が眠っていた。

 数分後、森の警備のために見回りに来たハーフエルフが、きっとこの赤子を……産着の端に、鬼の血で【ロア】と名を書かれたこの子を、見つけることだろう。




__(ちち)に愛された子と、草原(せんじょう)の覇者でありやがて鬼となった母の話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ