ガカノオッカケプラチナブロンド
私には好きな画家がいる。
画家が好きというよりは彼彼女が描いた作品が好きだ。
特に彼彼女の思想が美徳じゃダメというのとかそういうのは求めていない。
別に彼彼女のプライベートはどうでもいい。
彼彼女の作品では風景画が好きなのだが、それは市場に滅多に流れない。
移動が激しいものは、キャンバスに画鋲を指して、その画鋲を月に見立てたもの。とか大空にしらぬい? とかいった日本のオレンジを描いたもの。
前者は300万ドルあたりで取引されているし、後者は50万くらいだ。
後者を初めて見た時は欲しいと思ったけれど、わざわざ投資用の口座に入れてあるお金に手を出してまで買いたくはない。それをしたら私の老後が心配だ。
オークションサイトを覗いてみると、彼の新作が出ていた。
ノンタイトルだが、多分場所はコーズウェー。そして朝焼け。入札されている中の最高額は70万を超えていた。
心をぐちゃぐちゃにされたようなダメージを受けた私なんかを気にもかけることなく、今乗っている航空機はロンドンヒースロー空港を飛び立った。
羽田のお土産売り場を無視してタクシーに乗り込んだ。第一に日本へは何度も訪れているし、長期に渡って滞在していたこともある。
運転手にここへ行ってください、とお願いすると車は走り出した。
そこは何処か、彼彼女のINSアカウントに書かれていた住所だ。
カードで運賃を支払って降りると、後ろから車が走り出す音が耳に入った。
なんというか新たに問題が発生した瞬間だった。
住所にあったそこはマンションでもアパートメントでなく、ましてはオフィスビルでもなかった。
日本円で一泊10万しそうなただのホテルだった。
取り敢えずフロントにここに画家は住んでいるかとは尋ねてみたけれど、プライベートなのでその答えが聞けるはずもなかった。
ついでに取り敢えず1週間くらい泊りたいと言ってみると、それはまあ目の前の不審者がお客様に変わる瞬間で快くプランを提示してくれた。
ルームキーを貰って時間を確認すると時計の針は22時を回っていた。
ホテル内の最上階付近にあったレストランで適当にハンバーガーとビーフシチューを食べた後、部屋であっついシャワーを浴びてベットにダイブした。食事を運んで来てくれた給仕さん、角が生えていた気がするけれど多分気のせいだろう。
翌朝、シャワーを浴びた後、INSに画家の住所に行ったら高級ホテルだったと投稿すると、jajajaやlmaoといった蔑みのコメントがついた。
腹が立ったので朝食のバイキングで、山盛りのフルーツに大量のヨーグルトをかけブラッドトマトジュースで胃に流し込んでいると、金に染めた髪がプリンのようになっていて黒い高そうなスーツが似合っていない男に話しかけられた。多分日本人だろう。瞳が私のように青くなく黒い。
無視してフルーツをキューカンバーのようにポリポリと食べていると、その態度が気に食わなかったのか胸倉をつかまれそうになった。
幸い、邪魔と言うか私には助け船だった。新調した白いドレスも汚れなかったし。
「すまない、この人は私のお客さんなんだ」
紺色のスーツが妙に様になっている男性の一言で、プリンは逃げるようにレストランから出ていった。
給仕が目の前に座った彼の下にコーヒーを持ってくると「え、ありがとう」と言ってチップを払っていた。驚きと感謝か。多分謙虚な人なのだろう。
レストランのデザートのフルーツを食い尽くす勢いに突入しても、彼はまだコーヒーを飲んでいたので疑問を尋ねてみた。
「モーニング食べないんですか?」
彼は質問が投げかけられたことに驚いたのか、目をぱちくりさせてから答えを返した。
「病気でね、朝は食べられないんだ」
ああ、多分アレルギー系の病気だろう。
ジュニアハイスクールの時にアレルギーの病気でモーニングは食べないフレンドがいた。
むしろ些細なアレルギーが起こる原因が朝食だとか、その子が言っていた。なんとか値が上がるそうな。
「質問を返していいかな?」
「ヒアー」
「朝食に消化のいいものしか取っていないのは、腸に気を使っているのかい? それとも偶然?」
私はトマトジュースで口の物を飲み干してから少しだけ考えた。
「そうですね。以前30年くらい前に発売された本を読んで」
すると彼はコーヒー飲み干してこう言った。
「初めて気があったかもしれない、ここの宿泊代は私が持つよ」
レストランを出ていこうとする彼の背中に私は言葉を投げつけた。
「そのスーツ似合ってますね」
「ありがとう、母からの贈り物なんだ」
先程の給仕さんに彼が常連客か尋ねてみると、初めてのお客様とですとの事だった。
部屋に戻ってスマートフォンでINSをチェックするとDM欄に印が付いていた。
送り主のアカウントは例の画家だった。
喜びと言うよりも緊張を身に纏いながらメッセージをチェックすると、贈られてきたは座標だった。
画家の居住地かと思い調べてみるとその場所はオーミヤの駐車場だった。
オーミヤは以前通過したことがある、青森行きの列車に乗って。
新幹線で行くのは馬鹿らしいと思い、ウツノミヤライン? に乗ったら1時間かかった。
これなら新幹線乗っておけば良かった。
座標の位置の駐車場で待っていたのは黒塗りの高級車、ではなく白いホンダの自家用車。
その車付近では、銀髪で黒いワンピースを身に纏った、私とまるで正反対の同郷に思える瞳の色をした女性がいた。一瞬喪服に見間違えそうになったが、実家のハウスキーパーの制服に似ている所があった。
彼女もきっと私と同じように20代だろう。
彼女が運転する車の女性に乗って10分が過ぎたころ、彼女の口が開いた。
「温泉好きですか?」
意外な言葉だった。
「ええ、まあそれなりに」
一日に2、3回シャワーを浴びるのだから嫌いではない。
そして今彼女と肩を並べて湯に浸かっている。
傍から見れば金髪美少女と銀髪美少女が並んで温泉に入っているのだから絵にはなるだろう。
ゆから上がって物産店を眺めていると、銀髪で浴衣の少女が缶ジュースを指し出してきた。
こういうときはコーヒーミルクのボトルと習っていたが、今では置いてあるところは少ないらしい。
ふたりで館内の食堂で昼食を終えた後、彼女は普通にホテルまで送ってくれた。
降りる際に彼女から紙袋を渡されたが、そのあとすぐさま車を発進させていたので後腐れはなさそうだ。
私的には会話が弾まなかったのが禍根だ。卓球をしていい雰囲気にはなっていたと思うけれど。
温泉の匂いは嫌いじゃないけど、さっさと落としてしまおうと部屋のバスルームに向かおうとすると、スマートフォンが通知を告げた。
画家からのDMだった。
ありがとうの一言。
なんのありがとうなのかと確認すると、思い当たる節がひとつあった。
紙袋を開けるとそこには、私の笑顔の肖像画と私×朝焼けの風景画が入っていた。
私はもう生きがいを失ってしまった。なぜなら私が叶わないながら欲しいと思っていた絵が2枚手に入ったのだから。