目が、覚める。カラッポと始まり。
「」→会話文
『』→先生の画面からの音
()→主人公の心
何もなし→ナレーション
―目を覚ますと、白い照明。
「ここは、どこ?」
起き上がった少女は自分がベッドの上に横たわっていた事を知った。鼻に残るアルコールはそれから香る。不思議と嫌な匂いはしない。
少しぼうっとしていた顔を上げ、あたりを見回したらふと鏡が目についた。ふらりと近づき覗き込む。そこにあったのは線の細い13、4の娘。珍しい絹の様な白髪と、この世の色を詰め込んだ美しい双眼が目を引いた。肌は雪と見紛う白さ。白いワンピース以外何も身につけてはいなかった。
「……これは、私?」
鏡を撫で、つぶやく。
「私って?」
「!」
先程まで少女の動きを真似ていた虚像は意識を持ち、動いたようだった。肘をつきにこりと笑い、言葉をつぐ。
「アナタは何か覚えてる?」
「……。」
少女は黙った。目を閉じ、頭の隅々まで探ってみるが、カラッポだった。
「……ふふふ。また後でね。時間が来ちゃった!」
ぴーんぽーんぱーんぽーん
意思ある虚像がどこか楽しそうに伝えると、妙に陽気な音が。音が鳴る方を振り向くと大きなスクリーンがあり、今まさにつこうとしていた。
『やあ、今日も元気かい?ミナ。』
映されたのはメルヘンなテディベア。茶色の布生地に黒い愛らしい目。赤い大きなリボンが首に結ばれている。……声は青年だった。どうやらぬいぐるみが画面の奥の人の代わりのようだ。
「……。」
『どうしたのかい?今日は妙に静かじゃないか。』
「私、私カラッポなの。」
『心がかい?体がかい?』
「頭。昨日までの事が消えてしまったわ。」
ふーむと悩むような気配が無機質な画面から伝わる。少女も心配がじわじわと広がってくる。
(やはり、言わない方が良かったのだろうか。)
「ごめんなさい。」
『へ?!あ、別に大丈夫だよ。こういう症例は往々にして見られるから、特におかしいなどと言うことはないよ。』
(見えてはないけど、すごいアタフタしてる……。)
『じゃあまずは他己紹介、自己紹介を始めるよ。君は37番。ここは病院の一角で、君は特殊な病気を治している途中なんだ。』
落ち着きを取り戻したらしい彼は、説明を始めた。
『僕は……。ん〜、先生とかでも呼んでおくれよ。君の主治医ってとこだね。君と僕に関して、何か質問はあるかい?』
「えと、2つあります。」
『どんと来なさい!100でも200でも答えてあげる。』
少し自信なさげに言った少女に、『先生』は快く答える。
「まず……先生はくまなのですか?」
『いや、僕はいたって普通の……。ふふ、面白いことを聞くね。』
(わ、笑われた……。)
愉快そうな声と少しショックを受ける少女。その雰囲気を振り切るように2つ目の質問に逃げ込むしか、彼女にはできなかった。
「あ、後!……私の病気って?」
『……内緒。』
(答えるって、言ってたのに。)
少しいたずらっぽい声ではぐらかされてしまったので、少女はフグの様に膨れた。ぷくぷくとした彼女に、彼は言葉を付け加える。
『……ごめんね。僕も上から守秘義務を課されててさあ。』
そう言われては、黙るしか方法はない。腑におちたと言ったような顔をした彼女に彼は言った。
『これからよろしくね、ミナ。……ミナって言うのは37番を名前っぽく呼んだものだよ。』
「はい、よろしくお願いします。先生。」
殊勝にも頭を下げる彼女は、真面目だなぁと笑う声を聞いた。
やはり、会ったことがあるからなのか、どこか安心できる声だった。