動き出した時計
2人の青年が去るとすぐに5人ほどの村人たちがやって来た。
そしてポツンと駅前にたつ3人を見つけ近寄って来た。
そのなかの白髪に髭の品のいい老人が微笑みながら話出した。
「お待たせしましたな私は村長の白山です。この雪の中よく来てくださった、ありがとう。
これからしばらくの間、館での仕事をよろしく頼みますよ。
今からこの者が皆さんを館までお連れするので、何かあったらこの者に言うように」
すると後ろからヌッと田所があらわれた。
うわっちっさいオッサン
奈月がまじまじと田所を見ていた。
「はじめまして、私は平岩家執事の田所です。寒いので皆さんさっそく参りましょうか、あちらに車がありますから」
そう言い車のある道のほうを指差した
「はい、よろしくお願いします」
楽しそうに言う奈月とは対照的に、緊張した表情の麻衣子と実加だった。
いよいよだ行くよ実加
うん行こう麻衣子
2人は目で合図をしあった。
そんな2人に気付かない奈月は2人の腕をつかみ
「なにボケッとしてるの、さあ行くよ」
と言い2人を引っ張り田所のあとをついて行った。
「今年はまたえらく元気な娘が来たものだ」
と白山が言うとニヤリと笑った野々宮が
「あれくらいでないと役にたたないのではないですか?」
「そうだな、あれくらいでないと役にはたたんな」
と言い目の前を走り去る車に笑顔で手を降った。
四人が乗った車が去っていくのを見届けた白山が
「無事に行ったようだ、これでまた1年この村は永らえる事が出来た。だが光のやつには困ったものだ」
とため息をつくと野々宮が頷き
「それにあの広人とか言う男も気になりますね。何故あんなによく似た彼を館に残したのでしょうか、何か魂胆でもあるのでは?」
白山は苦虫を潰したような表情になり
「そうだな何事も起こらなければよいが」
まったくあの化け物達は何を考えているのやら。
ここの所大人しくしているかと思えば…
しかしまたこの村を出ようとされてはかなわん
「野々宮いつもよりもよく見張っておくのだぞ」
野々宮は頷き
「お任せください逃がしはしません。お前達も頼んだぞ」
後ろにいる村人に言った。そして白山も
「頼んだぞ、あれは化け物だが大事な物だ気を抜くなよ」
不敵に笑いながら言った。
はらはらとまっていた雪はいつの間にか本降りになっていた。
「さあ、みな帰るぞ」
白山の言葉に皆うなづき、村人たちは足早に雪のなかへと消えていった。
「食後のお茶をお持ちしました」
ばあやが昼食を終えた結と広人の前に順番にカップを置いていった。
紅茶を飲みながら暖炉のある豪邸で優雅に過ごすなど広人の日常ではありえない光景に、くすぐったいような照れ臭いような居心地の悪さを感じながら広人はぎこちなく紅茶を飲んだ。
しばらく沈黙が続きボーンと柱時計の音が響いた。
良い音だな
と広人が聞き入っていると結が心配そうに大丈夫?と声をかけてきた。広人は大丈夫と言いながら
「そう言えば、もうすぐ来るんですよね代わりのメイドの人達が」
と言われた結は紅茶を飲んでいた手を止め広人の方を見て
「ええ、いま田所が迎えに行っているわ。今回は3人とも女性なの、だからいつもより楽しみなのよ」
今回は…
「毎年ちがう人なんですか?」
と広人が聞くと、少し間があり結いがフッと笑い
「毎年違うわ、私あまりここから出たことがなくって、だからこうやって年に1度、色んな人から外の世界の話を聞くのが楽しみなのよ」
子供のような笑顔で言った。
「ここから出たことがない?ずっとってことですか」
「ええ、ずっと…幼い頃から病気でここから出たことがないの」
切なそうに微笑む結を広人はなんとも言えない複雑な思いで眺めた。
ここから出たことがないなんて
、いくら病気でも俺なら耐えられない
寂しくて悲しくて…
そうだ、この家の外を外の世界って言うのなら俺でも出来る
今日から出来るだけ結さんを楽しませよう
たしか今まで撮った写真が…
そう思いながら広人は微笑む結を優しく見つめ紅茶をイッキに飲み干し
「ごちそうさまでした俺ちょっと部屋に戻って来ます。結さんに見せたいものがあるんです」
「見せたいもの?」
「はい、きっと楽しんでもらえると思います」
「それは楽しみね」
「少し待っててください」
と言い席を立つと結は優しく微笑み
「私に…じゃあ私はもうしばらくここにいるわ」
といった。広人は笑顔で頷き
「はい待っててください」
と言いその部屋を出て階段へと向かい廊下を歩いていった。
広人が玄関ホールにさしかかったとき大きな声が聞こえてきた。そして
「あ~良いところに広人様!!広人さま」
声をかけられ振り向くと田所が3人の女性を連れて館の中に入ってきた。
「ちょうどよかった、この方々のお相手をしていて下さいませんか?私は結様を呼んできますので」
広人が断るのよりも早く田所がまくし立てたのでどうすることもできず
「分かりました」
と言うと
「そうですか、ありがとうございます。では皆さんしばらくこの広人様といてください」
と言いそそくさと去っていった。
広人はよく見るとまだ高校生のように見える女性達に少し驚いていた。
こんな若い子達が代わりに来るなんて思ってなかったな
戸惑っていたが彼女達も緊張しているだろうと思い笑顔で
「はじめまして小崎広人です。しばらく厄介になってますよろしく」
と挨拶をした。その広人を
信じられない
こんなにそっくりな人がいるなんて
麻衣子が驚いた表情で見ていた。そんな麻衣子の肩に実加が心配そうに手をおき広人を睨み付けた。
なぜ睨まれるのか不思議に思った広人。そしてこれまでの人たちと同じように驚いた顔で自分を見ている麻衣子に
いったい何なんだこの子まで
こんなに驚かれ続けると本気で気になるじゃないか
さすがに気になってたまらなくなった広人が驚く理由を聞こうとした時
「どうも~江角奈月です。ここでイケメンに会えるなんて思ってなかったから嬉しいです、よろしくお願いします」
呑気な声がして奈月が広人の手を握りゆすった。
不意打ちに広人は唖然としたが奈月は嬉しそうにしている。妙な空気が4人のあいだに流れたがそれはさっきの張り詰めた空気とは違い、少し穏やかに変わっていた。
「奈月さんいい加減に手は」
麻衣子が言っても奈月は手を繋いだまま惚けたしぐさをする。広人はクスクスと笑いだし
「手をはなしてもらえる?」
と奈月に言うと奈月は仕方なく手をはなした。
チッと奈月が舌打ちするのを3人は唖然とみていると
「楽しそうね」
と声がして奥から結が現れた。
真っ白な肌はビスクドールのようで、結の凛とした美しさに麻衣子と実加と奈月は見入っていた。そんな3人に結は
「皆さん、よく来てくださったわ。大雪で大変だったでしょ」
と鮮やかな笑顔で言い、コートを脱ぎホールの奥のコートかけにつるように言った。
3人はコートを脱ぎコートかけにつるし戻ってきた。
奈月は玄関ホールのソファーに腰掛けた結をマジマジとみて
「すっごい美人、美しいわぁ。もうめっちゃ寒かったけどどっかに吹っ飛んじゃった」
興奮ぎみに言った。そんな奈月に結が
「あなたは」
と聞くと
「江角奈月です、よろしくお願いします。同い年くらいですか?美人ですね」
元気よく挨拶をした奈月は、ショートカットでスラリとした長身、モデルのようなスタイルをしていて長い足にブラックジーンズがよく似合っている。
「同い年くらい…かも知れないわね」
すこし間があって結が言った。
その少しの間に違和感を感じた広人は、確かに結さんはしっかりしているけど若く見えるから十代だと思ったんだけど違うのか、本当は何歳なんだと思った。
小柄で幼く見え、かわいい顔つきに花柄のチュニックがよく似合う麻衣子が
「倉持麻衣子です」
と挨拶した。そしてシャープな顔立ちに、大きな瞳が印象的な実加が続いて言った。
「桜井実加です。瞳の色グレーなんですね」
そう言い自分を見つめる実加を、結は少し驚きながら見つめかえし
「あなたも同じ瞳の色なのね」
と言うと実加は確信めいた目をして
「私、ハーフなんです」
さあ全て分かってるんですよね、私をどうします?
挑発するような目で結を見る実加を結も見つめ
何て生意気なのかしら、もしかしてこの子は全て知ってるの?
一瞬張りつめた空気が2人の間に流れた。
そこへばあやがやって来て
「お部屋の用意がととのいました」
と言った。結はふっと表情を和らげて
「わかったわ、じゃあ皆さんまた後で会いましょうね 」
と言った。
そして3人はばあやについて去っていった。結は笑顔で広人に向き
「広人さん私は一度部屋に戻るわね」
そう言い歩き出した結に、広人は思いきって聞いた。
「あの、前に俺に似た人を知ってるって言ってましたよね」
表情がこわばり立ち止まる結
「そんな事言ったかしら?」
明らかに動揺する結に
「ずっと気になってて、村でも驚かれたし不思議だなって。それに、さっきだって」
さっきだって?結は驚いて振り返った。そんな結に広人は続けて
「昨日の平岩陽平って人たしか有名な政治家ですよね。
いくら従兄弟って言ってもあんな雪の日に来るなんて、よっぽど何かあったんじゃないかって」
結は広人の鋭い言葉に一瞬目を見開き鋭い目付きをして広人を見たあと、すぐに微笑み
「広人さんあまり詮索をしない方がいいわ。言っている意味、分かってもらえるわよね」
そう言い張り付いたような笑顔で足早に去っていった。
結さんがあんな顔をするなんて
凄く怒らせてしまった。
なんで今聞いてしまったんた他のタイミングもあったのに…
でも、どっちの質問が怒らせたんだ?
俺に似た人?それとも平岩陽平?
「結は俺の物だから」
広人のなかで平岩陽平のあの言葉が引っ掛かっていたのも本当だった。
これは嫉妬なのかそれとも別の物なのか、本当はどっちの質問がしたかったのかと広人は何度も自分に問いかけた。
その夜、暗闇の中に複数の走る足音と荒い息が響いていた。
「くっくるな!!」
必死で逃げまどう光を村人達が追いかけていた。
掟やぶりは許さない
村人達は呟きながら林の中へと光を追い詰めていく。
つまづき倒れた光は手元にあった棒を拾い振り回した。
ドゴッと当たる音がしてギャーと叫び声がする。暗がりのなか何人もと揉み合い殴られる。
突き飛ばされた光は激しく木にぶつかり倒れ込んだ。
その横腹を何度も蹴られ取り押さえられた光は、切れた額と口元から血を流し目の前に立つ白山を睨み付けた。
その光に白山が
「そんな目で見るな、これ以上お前のやっている事に目をつぶる分けにはいかんのだよ。お客人が来ているんだからな」
と冷ややかな笑顔を向けた。そんな白山と村人たちに光は
「あんた達はみんな狂ってるこんな事は正しいことじゃない。いつか絶対に破綻する時が来るその時が来てからじゃ遅いんだ目をさましてくれ」
と懇願したが白山はニヤリと笑い光のほほを打ち
「お前は何か勘違いをしている、自分は関係ないと思っているのだろうが、お前もその恩恵で今までのうのうと生きてこられたのだ。
お前は初めから、こちら側の人間なのだよ」
光は目を見開き悔しさに滲んだ目で白山を見据え
「ああ、そうだ。俺はあんた達と同じ卑怯ものだ。
だからこそこの手であの人達と欲と権力に支配された皆を救いたかったんだ、これ以上罪を重ねてほしくなかったんだ」
と言う光を白山は一笑し、村人達に林の奥に連れていくように指示を出した。
その合図で村人たちは光を抱え上げ立たせた。
「みんなたのむ目をさましてくれ」
叫ぶ光に白山が
「黙れ若造、全ての罪はあの化け物たちで我々にはなんの責任もない。お前もバカな男だ、おとなしくしていれば良かったのに早くそいつを連れていけ」
その白山をみて凍りついた光は
「あんたこそ…あんたこそが化け物だ」
と呟き気を失った。その光を村人達は引きずり闇の中へと消えていった。
「やめろ!もう止めてくれ」
自分の叫び声にケイルは飛び起きた。
いつまで続くんだ…もうやめてくれ…もう終わらせてくれ
ケイルの悲痛な思いは暗闇の中にむなしく吸い込まれていった。