始まりの足音
なにも悩みごとの無さそうな人でも時には息苦しく居場所もない日々があるだろう。
それでも明日を夢見ることができる。
でも、2人はかごの中から出ることは許されない。
悪魔の烙印を押され悪意にさらされながら永遠に捕らわれたまま。
人に愛されたいと思いながらその人に裏切られる哀しみ。
もし全てを手放し飛び立つことが出来たなら、2人は何を選びとるのだろうか。
あれは夢だったのか現実だったのか…
春が近いと言うのにまだまだ雪深い山奥に小崎広人は白い息を吐きながらやって来た。
たしかこの辺りのはずだけど、どっちなんだ?
広人は雪におおわれた木々を必死にかき分けて進んだ。
それはまるで永遠のようで、えたいの知れない恐怖を感じながら必死に歩いていた。
どれくらい時間が過ぎたのか、日が傾きかけた頃に突然目の前がひらけ真っ白な洋館が現れた。
本当にあった…
広人は急いで洋館に駆け寄り扉を叩いたが返事がない。
こんな雪の日だから誰もいないのか?
でも窓から明かりが漏れている、もしかしたら
フッと息を吐き取手を持ち動かしてみると扉がゆっくりと開いた。
鍵が開いてる、やっぱり誰もいない訳じゃなさそうだ
このまま外にいると凍えてしまう…中に入ってみるか
広人は思いきって家の中へと入っていった。
「ごめんください誰か居ませんか~」
大声で呼んでみたが返事がない、広人はもう一度叫んでみた。
「あの~誰かいませんか~」
広人が様子を伺っていると、2階からロビーにつながる奥の階段を滑るように、色白で儚げな美しい少女が下りてきた。
整った美しい顔立ちに透き通った肌、長い艶やかな栗色の髪にすらりとのびた背筋
なんて美しい人なんだろう、まるで天女みたいだ
少女に見入っていた広人は慌てて
「この家の方ですか?勝手にはいってすみません。何度も呼んだんですけど返事がなくて」
そう言い広人は口ごもった。
何故どうして、あなたがここにいるの?
一瞬だったが明らかに動揺した顔で少女が広人を見ていたからだ。
またか…
と広人は思った。
ここに来る途中の村でもすれ違う度に不思議そうに、又はいぶかしげに顔を見られていたからだ。
広人は自分を見つめる少女に
「俺の顔になんかついてますか?ここに来る途中でもそんな風に見られたんで」
と聞いてみた。
違う…あの人じゃないだってあの人は…
少女は首を横にふったあと広人を見てやわらかな微笑みを浮かべ
「ごめんなさいね、知り合いにすごく似ていたものだから驚いてしまったの。それで此処には何の用事でいらしたのかしら?」
と聞いた。
知り合い…
広人は不思議に思いながらも
「そうなんですか、あっ自分は小崎広人と言います。あの本当に突然なんですけど、この家を見させてもらえませんか」
と言った。
訳がわからず茫然とする少女の前で、広人は鞄の中から急いで本を取り出した。
そしてある写真の載っているページを開き、戸惑う少女の前に差し出した。
「大学で設計の勉強をしていて、ここのってこの家の写真ですよね。この本は日本にある貴重な洋風建築をのせてある有名な本なんですけど、そこにこの家が戦前からある美しい建物として載ってるんです」
広人は半年前に大学を休学し、この本に載っている日本中の貴重な建物を見てまわっていたのだ。
広人が一通り説明をすませて少女をみると、少女はじっとその写真を見ていた。
この写真のこと知らなかったのかな悪いことしたな
広人が申し訳なく思っていると、少女は突然何かに気付き目を見開いた。
撮影、天野新一郎
少女は震える声で呟いた。
だがその声はあまりにも小さく広人には聞こえなかった。
「ここって地図に載ってなくて、村の人に聞いてもなかなか教えてもらえないし、探すのにすごい苦労したんです。だからお願いします泊めてください」
頭を下げる広人、すると凍り付いたように本を見ていた少女は本を閉じて広人に渡しながら
「そうね、この雪の中をせっかく来たのに追い返すのは可哀想よね」
そう言い、テーブルに置いてある鈴を鳴らした。広人はその仕草がまるで昔の洋画のようだと見ていた。
「うすぐ日も落ちるわ、すぐに辺りは真っ暗だし…遭難するよりずっと良いわね」
広人がポカンとしていると
「まだまだ雪も降ることだし、しばらくの間ここに泊まってゆっくり見ていけばいいわ。ねっそうしましょう」
と言いまるで花が咲くように微笑む少女に広人は見とれていた。
「広人さん?」
そう言われ我にかえった広人は
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
広人はペコリと頭を下げた。そんな広人を優しく見つめ
「私は平岩 結よ、よろしくね広人さん」
と言い結が手を差し出した。その手を広人は優しく握ぎり
なんて愛らしく笑う人なんだろう
明るく柔らかい結の笑顔に冷えきっていた広人の体も心もほぐれていった。
「ありがとうございます本当に助かりました」
広人は心から喜んでいると、そこにばあやがやって来た。
なっなんと言う事
ばあやは広人を見て息を飲み立ち止まった。それに気付いた広人は
またこの人まで
なんで同じように驚く人ばかりなんだ?
そう言えば、さっき結さんが知ってる人に似てるって言ってたな
この人も知っているのか?
そうか村の人もその人を知っていて驚いたのか
その人っていったい誰なんだ?
そんな広人を見つめていたばあやは、自分を冷ややかに見つめる視線を感じ慌てて
違う、この方ははあの方ではない
と振り切り
「何か、ご用でしょうか?」
と無表情に結に声をかけた。
「ばあや、こちら小崎広人さんとおっしゃるの、しばらくここに泊まる事になったからお部屋の用意をお願いね」
ビクッとするばあやに結は続けて
「それと寒い中をいらしたら何か温かい飲み物を差し上げて、お願いね」
と言い満面の笑みでばあやを見た。ばあやはまた一瞬ビクッとしたあと
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
ばあやは広人を促し歩き出した。
にこやかに言う結とは対照的に無表情のまま答えるばあや。広人は違和感を感じながらばあやの後をついていった。
そんな広人に結が声をかけた。
「広人さん、ゆっくりしていってね」
ふと振り返るとそこには穏やかな結の笑顔があった。
「ありがとうございます、それじゃ」
そう言い広人とばあやは去っていった。
2人の後ろ姿を見ていた結が、ふいにいたずらっぽい目をして階段の上を見上げた。
「なに気になる?あの新一郎にそっくりな彼の事」
と言い結が見上げた階段の先には、すらりとした長身と栗色の髪に、瞳の奥に強い光と深い悲しみをまとった青年が静かに立っていた。
「彼は新一郎じゃない分かっているだろ、関係のない人間を巻き込むな」
彼は強い口調でたしなめるように結に言った。その彼の瞳には悲しみと絶望が色濃く写し出されていた。結はそんな彼を切なくしかし激しく睨み付け
「そんな事は言われなくてもわかってるわ、新一郎はもういないんですもの。
これはゲームよ、何が起こるか分からないゲーム、それくらい楽しんだっていいでしょ」
ニヤリと笑いながら言う結を彼は哀しそうにただ黙って見ていた。
哀れだな
その表情を見た結はギリギリと歯ぎしりをし階段を上がりながら
いつもいつもそんな目で私を見る
「私を憎んでいるの?違うわね哀れんでいるのよね」
彼の前に立った結はそのほほに触れ
「哀れなのは…ケイルあなたの方よ、だって私のこの手の中からはどう足掻いても逃げられないんですもの」
高笑いをする結を哀しそうに見つめるケイル。
「もうやめろ結」
「どうして?私はその為に悪魔に魂を売ったのよ。今さらいい人ぶらないで」
結はケイルの頬を打ち
「裏切りは許さないわ」
吐き捨てるようにいい立ち去った。その後ろ姿をユラユラと煌めく瞳で彼は見つめ、そして天をあおぎ
そうだ分かっている、この鎖はけしてほどけない。
逃げる事なんて出来ない…
だからこそあの日に全てを終わらせなければいけなかったのに。
ああ、やっと終われるのか…
いや、ここから全てがはじまるのか
ケイルは暗闇の中にとけるように去っていった。





