我慢の少年は、最後に微笑む
僕の名は、セイラン。
大規模なテロを起こしたジイサンと狂ったオヤジのせいで取り潰しになったダグラム伯爵家の後継だった。
本当なら一族郎党処刑されてもおかしくなかったが、伯爵家で所在なく暮らし、政略で結ばれ虐げられていた母上と、嫡男だと言う理由だけで虐待に近い教育の下、ひたすら母上のため耐えてきた俺は、母上の実家に戻されることになった。
けど、殺人犯の妻、そして子供のレッテルを貼られた母上と俺は、何処にいても所在がなかった。
母上は、実家でも虐げられていたと知ったのは、家に戻されると知った夜のことだった。死ななくていいんだと分かって嬉しいはずの母上は何処か悲しげに言ったんだ。
「家に戻っても辛いだけかも知れない、けど、母様はセイランのために頑張る!」
って、言われた言葉の意味を知ったのは、家の玄関を開けた時だった。
母上に向けられた冷たい視線。ジイサンやオヤジのことだけが理由じゃなかった。
母上は、伯爵家が魔力の強さを求めて婚姻を交わした魔族の血を持つ娘に生ませた子供だった。
祖母は、隣国出身の魔族の血を引く保有魔力の高い人だった。けれど母上を出産すると儚くなってしまわれたそうだ。魔族であり、健康に何の問題もなかった祖母が呆気なく死んだことは、当時の社交界に話題を提供した。
祖父は、祖母の死を明らかにしないまま新たな妻を迎えた。貴族のそれこそグズと呼ばれる男にはよくある話。
相手は、たいした魔力のない人族の血が濃い、母上よりも年上の兄と姉、妹がいる女だった。
住まいは敷地内の隅にある掘っ建て小屋で、母上は、魔力を弱める首輪を付けられ下女のように屋敷で働かされていた。もちろん、ボクにも同じ首輪が付けられ、屋敷のガキ共の雑用と苛めに耐える生活をしていた。
そんなある日、伯爵家に政府の組織である文部教育省の役人がやって来た。
「もとダグラム伯爵家の嫡男であったセイラン・モスピーダは何処にいる。」
玄関近くの掃除をしていたボクは手を止めて様子を伺った。
対応していた家令が客室に案内しようとしたが、役人は一枚の紙を広げた。
「この国に生まれし貴族の子には、教育を受ける権利と被扶養者には義務が生じる。セイラン・モスピーダ君並びに、元ダグラム伯爵夫人をこの場に連れてくるように。ことによっては、2人を城へと連れて行く。」
ボクは屋敷の裏で働いている母上をこっそり呼び寄せた。
酷く荒れている手と薄汚れた衣服を纏っている母上は持ち場を離れることで起こる伯爵の怒りを想像し躊躇したけど説得し、着いてきてくれた。予感があったんだ。伯爵家の奴等が現れる前に役人に会うことで、こんな奴隷のような生活から母上を救えるんじゃないかって!
玄関は騒がしかった。
当主であるジジイとオッサンが役人に彼是言って時間稼ぎをしていた。出るタイミングを計らなくちゃ!
「セイラン・モスピーダ君は、既にダグラム伯爵家の人間ではないが、5歳の時に行った魔力測定試験と知能指数測定試験を受け特待生に任命されている。特待生に任命された子供には、家庭教師もしくは、幼等学園における学びを受ける権利が生じる。しかし、セイラン君には家庭教師が着いていると言う記録も学園に通っていると言う記録もない。どういうことか。」
「そ、それは…。」
「言っておきますが、セイラン君をダグラム伯爵家で指導していた家庭教師は、お家取り潰しの際に一時教育は中断されたが、モスピーダ家に母君と戻られたと聞き、一向に入るはずの連絡がないと言っている。彼はモスピーダ家にも連絡を入れ実際にこの屋敷を訪れたが、なしのつぶて。ならば学園に入ったのかと探したが在籍していない。死んだと言う記録もない、」
「ふ、2人は、この国には、」
「出国の記録もない!セイラン君は、将来の国にとって必要な人材である!親でもある前伯爵夫人とセイラン君を呼びたまえ!これは、文部大臣卿の指示であり、国王陛下の命である!」
俺は物陰から母上の手を引き飛び出した。
「ボクは、ここです!母もいます!」
飛び出してきた薄汚れた親子に役人は眉をしかめた。
その表情を見逃さなかったジジイが家令に命じる。
「この下女と下男を下がらせろ!」
「ボクが、セイランです!」
使用人達が凄い勢いで迫ってきた。母上は、咄嗟にボクを庇う。
「母上!は、放せっ!イヤだ!母上を放せ!」
屋敷のエントランスは大騒動になっていた。
「セイラン!!」
よく通る男の人の声がした。
取り押さえている男達の腕の間から見えたのは、家庭教師の先生だった。
「先生!先生!母上を助けっ、うっ!」
「静まれっ!これ以上、その子供と女性に暴力を振るうと全員、捕縛する!」
雪崩れ込んで来たのは、緑のマントを付け、銀の甲冑を来た騎士だった。
剣を構える騎士達に使用人は散っていく。
ボクは咳き込みながら母上を探した。
「母上!」
床に倒れている母上にしがみつく。殴られ頭から血を流している。イヤだ!母上!
「何故、治癒魔法を使わない?」
駆けつけた先生が首を傾げたが、母上とボクが身に付けている首輪を見て治癒魔法を施してくれた。
「誰か!夫人を運んでくれ!隷属の首輪がされている!気を付けてくれ!」
隷属の首輪?ボクは自分の首輪に触れた。
「モスピーダ伯爵、これは、どういうことか。あの首輪は、どういったルートで手にいれたのかな?これは、文部教育省だけではなく、魔法省からも聞かねばならない事案ですよ?」
「ま、待ってくれ、これには理由が、あの女が、そ、そう魔力を用いてモスピーダ伯爵家を乗っ取ろうとしたのだ!そ、それゆえ、」
「言いたいことは、城でお聞きしましょう。もちろん、お2人共ですよ?」
ジジイとオッサンは、騎士に連れて行かれた。
エントランスに静けさが戻る。先程までボクを押さえ込んでいた使用人達は部屋の隅で縮こまっている。
その使用人の中にはオッサンの長男と次男の姿も見えた。
ババアとオバサン2人、オバサン1号の娘と2号の娘は茶会らしく数時間前に出掛けて行ったから不在だ。
「すまない、遅くなった。」
「先生……、母上の所に行きたいです。」
先生は静かに頷きボクを抱き上げた。
「だ、大丈夫です、歩けます!」
「その首輪をされると、魔力を封じられるたけでなく、外からの魔法も効きにくい。セイランは、酷い怪我だ。モスピーダ伯爵なら簡単に外せるが、他の者が外すにはコツがいる。」
「母上は?ひ、酷く血が、」
「応急措置だけは、済ませてある、それに魔法の才に溢れた方が味方だ。安心しろ、さぁ、少し目を閉じているがいい。」
ボクは、目を閉じた。
閉じると同時に涙が溢れてきた。先生が、優しく背中を叩いてくれていた。
「よく、頑張った。」
先生の言葉に優しいリズムにボクの意識は遠ざかっていった。
目を覚ますと見知らぬ天井だった。
「あっ、目が覚めたみたいだね?」
見覚えのある少年。最後に会った時よりも顔付きが大人になっていた。
「らいんはると?」
彼がにっこりと笑う。
「気が付いて良かった。」
「母上は?」
「大丈夫、休まれてる。助けるのが遅れてごめん。」
ラインハルトの言葉に驚く。
「なんで、ラインハルトが謝るの?」
「ダグラム家が取り潰しになった時に一番気になったのがセイランのことだったんだ。」
ラインハルトとは、グレンハイム侯爵家の茶会で初めて出会った。外面大王だったオヤジは母上にも珍しくドレスを与えて親子で参加した。
同い年と言うことで色んな話をした。勉強のこと家族のこと。話の中で家庭教師が同じ先生であることを知った。
とても優秀な先生でラインハルトの母方の叔父だと知った。後から聞いたのは、先生は王立学園を飛び級の上首席で卒業し、文部教育省に勤務し上流階級に引く手あまたの伝説の教師とも呼ばれるようになった。彼は、教え子の特性をいち早く見抜き、その才能を伸ばす天才とさえ言われていた。伯爵家の四男として生まれたて彼は、爵位を得るわけでもないことを早々に理解し自らの道を極めた。
彼に指導を受けることは、一種のステイタスとまで言われるようにまでなった。
その事で揉め事も起こるようになり、彼は裏方をメインに特待生専門の家庭教師となった。
「でも、セイランは、特待生だし、先生を通じて状況は知れるだろうし、学園で会えると思ってたら、先生が焦り出して……。父方の叔父に失せ物探しの名人がいるから、探して貰ったんだ。まぁ、その叔父を捕まえるのに時間を要したんだけどね、モスピーダ家に戻った筈なのに、伯爵家の連中は夫人も君も領地に戻っているとか、隣国に旅行に言ってるとか言ってさ、裏付けを取るのに時間がかかったんだ。事情が事情だからそっとしとこうって話も揚がっただけど、先生がセイランの優秀さを大臣に説いて、陛下まで動かしたんだよ。まぁ、君を救いたいって思いの上にセイランの母君を救いたいっていう気持ちが大きかったのも本当だけど。」
目が点になった。
先生が母上を?
「ボク、母上には今度こそ幸せになってもらいたい。」
「うん、そうだね。でも、君も幸せにならなきゃ。」
深さ頷いた。
結果、モスピーダ伯爵家も取り潰しとなった。伯爵がボクと母上に着けていた首輪は人族以外の血が濃い人の魔力を封じ従わせるもので、多種族国家であるファフナーでは禁止されているガボット国の魔道具らしい。そんな物を手に入れて装着させていたモスピーダ伯爵はガボット国との繋がりまで疑われ国家反逆罪とかなんとか、罪に問われている。
モスピーダ並びに家の領地は一旦国が預かり管理されることになった。領民は伯爵家の悪政に苦しんでいたため、伯爵家の取り潰しと国の管理に喜んだ。その後、その領地は新しく爵位を得た先生が領主となることに!
そして、ボクの母上に先生はプロポーズして、父上になってくれた。
幸せって、我慢の先にあるもんなんだなって母上と笑った。