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妄想の帝国 健康管理社会

妄想の帝国 その15 健康管理社会 不健康広告作成会社トップを強襲だ!

作者: 天城冴

ヘビースモーカーでぶっとび広告論をもつ会長率いるブラック大手広告会社に健康警察関連組織のヨウジョウが乗り込んだ。当然のごとく抵抗する会長と子飼いの役員に対し、ヨウジョウが見せたものは…

増大する一方の医療費削減のため政府はある決定を行った。

“健康絶対促進法”の設立である。健康維持のため、あらゆる不健康な行動、食生活や生活習慣などを禁止するという法案である。個人の権利を侵害するとして反対もあったが

“政府に健康にしてもらえるんだからいいじゃん”

“自分の不摂生で病気になるやつのために医療費を払いたくない”

などの法案賛成の意見が多数あり、法案は可決された。

そして、不健康行動を取り締まる“健康警察”が設置された。

健康警察の活動は次第に拡大し、不健康を生じる組織、企業までが、取り締まりの対象となり、それに伴い違反者の裁判、収容、更生を担う健康検察や健康管理収容所などの組織が作られていった。やがて国民の理解や支持を得てゆき健康絶対促進法関連の組織は次第に権限を増していくことになった。

 健康警察そしてその関連組織は、政府、財界すら無視できない大きな勢力となりつつあった。


大都会のビルだらけの最上階、白髪交じりの髪を丁寧になでつけた、土気色の初老の男性が深々と椅子に座り報告を受けていた。

「会長、終身雇用は終わりの発言をしたケンダンレンのナカナカ・シブトイ会長が批判をかわすため、大々的に広告をうってくれと」

「そういったことは、ワシにいちいち報告しなくてもいい、勝手に制作部にやらせておけ。だいたい、トランス・シボウ君、役員の君がなぜ自分で広告作成の指揮をとらねばならんのだ」

煙草の煙をふかしながら不機嫌そうにいう老人。前にある灰皿には吸い殻があふれんばかりだ。相当な煙草好きなのか、机も壁もヤニと煙草のにおいがこびりついている。壁は濃い茶色の壁紙が貼られ、ヤニで汚れた部分をめだたなくしてあった。だが、匂いのほうはどんなに強い消臭剤でさえ完全に消すのは難しい。この部屋にいったん入ってしまったら、部屋をでてからでさえ煙草の匂いの粒子がついていそうだった。

トランスと呼ばれた男は灰皿をさりげなく交換しながら汗を拭きふき答えた。

「それがその、トウカ・サンブツ会長。健康警察の手入れが激しくて、わが社の社員はかなり逮捕、収容されまして。なにしろ“24時間戦います、仕事こそ我が人生”などのCMのほとんどが不健康を助長だの、性差別容認、さらに国民をアホにするためのものと。トウカ・シュウマツ社長も取り調べ中でして」

「あのバカ息子、最近見ないと思ったら、健康警察にシッポをつかまれるとは。何たることだ、まったく」

「はあ」

「そもそも、広告というのはだな、くだらない商品を大衆に買わせるためにあるのだ。必要なモノなら、宣伝なんぞ、いらんだろう。これを買えば貴方の生活は素晴らしいものになりますよ~といわれれば、要りもしない商品を手に取ってしまうのだよ、庶民は。四六始終働くのがニホン男性の有り方、カッコイイとして栄養剤を手に取らせるのだって、そうだ。飲みすぎで肝臓やら悪くし、必要な休息をとらずにすむと勘違いさせ、消費者の健康を損なうとしてもだ。そんなものを飲みすぎて病気になるのは、消費者が無知でよく調べないのが悪いのだ」

「CMの効果とはそのようなものなのですか、はあ」

「君は何をいっとるんだ!添加物まみれの極彩色のガム一個から、最強ドアホ政治家まで、素晴らしいモノ、自分たちの生活のなくてはならない必須のものと大衆を思わせるのがCMの目的、わが社の存在意義だ。だいたい商品とは全く無関係の犬だのアヒルだのイケメンだのアイドルだのを出しておいても我が国の国民にはウケるのだぞ。その商品が本当によいものかどうかなんぞ関係なく、憧れのアイドルが宣伝したものなら自分も手に入れたがるのだ。この国の大衆の目新しく面白そうなものなら、なんにでも考えなしに飛びつく特徴を利用して何が悪いのだ!商品を買わせるのがCMの目的、買わせるためには手段は選ばず、それが当然だろう!」

興奮したトウカ会長は煙草を机に落としそうになる。すかさずトランス氏が灰皿を差し出す。

「おお、いつもすまんな。コッホン、つまりだな、CMの本質から言って、不健康だろうが、大衆をバカにするものだろうが、商品を買わせるという目的なら、あらゆる手段、方法、広告を打つ。それが我が社の目的であり、存在意義であり…」

独特すぎる持論を滔々と展開するトウカ会長。はあ、はあ、と感心したような表情だが、意味はさっぱりわからず、それでも会長のご機嫌だけはとろうとするトランス氏。ザ・ニホンの上司と部下。

トントン

 と、会長室をノックする音。

「な、なんだね」

自分の言葉に酔いしれていた会長だったが、音に気が付き、慌てていた。

「わ、私がみてまいります」

トランス氏がおそるおそる開けてみると

「おや、最後の役員のトランスさんもいらっしゃいましたか、ちょうどいい。初めましてこんにちは、健康検察ヨウジョウと申します」

健康警察関連組織の大物、肩書は低いが、口コミ、裏情報で最も恐れられている男がそこに立っていた。しかも顔はにこやかだが、体のほうはいつもの背広姿ではなく、黒いパワードスーツ、健康警察特注のスーツで軽くてスマートだが性能は抜群。最新型のフル装備である。

 ヨウジョウの姿をみた途端

「わあああ」

「でたあああ」

さきほどの演説はどこへやら悲鳴をあげる二人。失礼極まりない歓迎の仕方だが、ヨウジョウはニコニコとしている。

「まあ、そんなに怖がらないでくださいよ、トランスさん、トウカさん」

「な、なにしに、こ、こられたんですか」

震える声でトランスが尋ねる。

「もちろん、お話を聞きにです。ここでなく健康警察聴取室にご同行いただいて」

十分怖がられる用件である。

「わああ、ワシはいかんぞ、何も不健康なことはしとらん!」

「はあ、そう抵抗なさらないでください。御社の社員、他役員の行状やら、逮捕、収容、収監されたことはご存知でしょう。当然、トップに責任があるわけですから、貴方にもお話を伺うわけです」

会長に迫るヨウジョウ。

「下の奴が勝手にやったんだし、だいたい社長から話は聞いとるだろう」

さきほどの演説はどこへやら責任転嫁まるだしのニホンのトップらしい言い訳を抜かす会長。ヨウジョウは呆れつつ

「社長である息子さんのお話から予想はしておりましたが、会長はそうとう往生際が悪い、いや意志が強いというか、強引というか、強情なんですねえ」

「なんでもいいか、ワシは動かんぞ、どこが不健康の罪なんだ、CMとしてあるべきことをやっただけ、売るため買わせるために最善を尽くしただけだあ」

と今度は持論のCM至上いや売れればなんでもあり論を主張する会長。そばでオロオロとしていたトランス氏は

「そうですよ、な、なぜ我々が、その聴取なんて、う、受けないと、ダメですか、やっぱり」

と弱弱しく反論する。

「やっぱり、素直には同行願えませんか、では第二プランで」

 ヨウジョウはハアッとため息をついて背中に手を回す。

「ち、力ずくで連れて行く気か。これでもワシは柔道黒帯だぞ(最近、ここ十数年ほど稽古場しとらんが)」

「わ、私だって、もとラグビー部です(万年補欠ですが)」

身構えるトウカ会長とトランス氏。ヨウジョウが取り出したのは、画像装置、映像の移せる携帯端末としては大きめで、およそ50×80㎝ほど、それに映し出されていたのは

「れ、レントゲン」

「こ、これは肺?」

あっけにとられ画面に見入る二人。ヨウジョウは静かに画像について説明する。

「レントゲンで撮影したトウカ社長の肺ですよ。収容前に健康診断を行うのが健康警察のやり方でして。で、ここがほら、もう肺胞がかなり駄目になってまして。他にも数値がかなり危ない」

「あ、危ないって」

「コレステロール値のバランスに、血糖値、血圧。ああ筋力もだいぶ衰えてますなあ。身体年齢70歳、まあ働けないこともない年齢ですが」

「そんな馬鹿な、息子はまだ50代!」

驚く会長に、ヨウジョウは淡々と

「いやあ、無理がたったんでしょうな。社員の方もそうですが、連日の接待の飲み食いに、夜更かしに、運動不足。社長といえども取引先というか広告主のご機嫌取りもしなければならない。ストレスは増大、必須栄養はとれず、糖だの脂肪だのは取りすぎで終末糖化産物やら、悪玉コレステロールやらもたまりまくり。これでは不健康きわまりない。認知症のもと、脳のゴミも増えますし。ケンダンレンとか政治家さんのお相手は大変だそうですねえ、おまけに親御さんがヘビースモーカーときては」

「煙草の20-30本ぐらい、いいじゃないか」

「ああ、それがいけないんですよ。ニコチンは本来猛毒なんですよ、健康に非常によくない。ちなみに息子さんは肺気腫寸前でして」

「し、しかし息子はあまり吸わんぞ。ワシの半分以下」

トウカ会長の言い分に、ヨウジョウは頭を左右にふって

「受動喫煙のほうが害になる物質を吸い込む場合もあるのですよ。家でも会社でも会長である貴方の側に一番いたのは社長ですねえ。つまりは最も悪影響を受けたということで」

トウカ会長は真っ青だ。

「あいつがこんなになったとは、そ、そんな」

「わかりますよ、いくら社員を自殺に追い込むダーク会社の会長と言えども、人の親ですからね。親としてはショックですよね。いくら不出来な息子だとはいえ、自分のせいで病気になったなんて。しかも肺気腫は治療が難しい、回復はせず、よくて現状維持。ですが、わが健康管理法関連組織である治療施設で最新の治療法を開発中でして。収容者を被検者とした実験段階ではありますが、効果のみられるものも…」

慰めようとしたヨウジョウだが、トウカ会長の次の言葉に驚愕した。

「ワシもひどいのかああ。ワシは肺気腫なんて嫌だああ。息ができなくなって苦しんで死ぬなんて、ご、ごめんだああ」

と叫びだすトウカ会長。

「わああ、私も危ないんですか、会長のお気に入りになるために頑張って、ゴマをすり、自分を売り込んだのに。肺気腫だの肺がんで死にたくないよお」

喚くトランス氏。

 自分勝手というか、自己愛が強すぎというか、社長の心配もせず、我が身、わが健康ばかり気にする二人の様子にヨウジョウは嫌悪感を抱いた。険しい顔でトウカ会長とトランス氏に近づくヨウジョウ。

「自分のせいで病気になった息子の心配よりわが身が可愛いというのは、まさに心身ともに不健康。おまけにモノを売るため、金のためなら家族、社員、国民の健康も犠牲にするとは大罪ですな。すぐにでも一緒に来ていただきましょう」

強引にでも連れて行くつもりでパワードスーツの両腕を二人に向け、二人同時にとらえようと試みる。が、二人は意外にもヨウジョウに自分から飛び込んでいった。

「い、いいぞ、ぜひワシの診断もしてくれ!そして最高の治療を」

「私も連れてってください。なんでも喋ります、だからいい病院に入れて~」

ヨウジョウは唖然としつつも両腕でそれぞれを抱きかかえた。

左にトランス氏、右にトウカ会長。両手に花ならぬオッサンを抱えることになったヨウジョウ。

「応援を呼ばなくて済んだのはいいですが、さて二人も人を抱えて、どうやってエレベーターに乗りますかね。昇るときもエレベーターに入るのに苦労したんですが」

右腕で抱えられたトウカ会長がヨウジョウに顔を向ける。

「わが社のエレベーターは広いのもあるのだ。もちろん、役員しか知らない秘密のものだが、実は金庫でも死体でもなんでも運べるぞ」

トランス氏も

「いやもう、アイドルを取り囲んで上ったり、政治家の方をSPごとのせたり」

「ほう、おもしろそうな話ですな、ゆっくり聞かせていただきましょう。もちろん健康診断の後でよろしいですよ。話の内容によっては実験的最新治療を受けられるよう助言を」

「頼む、なんでも教えてやるぞ」

「証言台にたちますから、治療を~」

実験段階とはいえ最新治療の甘い言葉にまんまとのせられた広告会社の会長と役員。ヨウジョウは

“やれやれ、過大広告すれすれの宣伝をしていた側が、”最新治療“という言葉に引っかかるとは。実験段階では効果がでているとはいえ、本当に効くかは未知数なんですがね。その点をまったく考慮していないとは、いままでよくも役員だの、会長だのやってこれたものです。大手広告会社も役員と言えども、知能、知識、教養はこの程度ですか。やはりこの国の不健康さを治すには相当な荒療治が必要ですね”

と心の中でつぶやきながらヤニだらけの会長室を後にした。


煙草吸いの方にはキツイ話ですが、匂いの分子って結構とれにくいらしいです。ちなみにこれも健康にはよくないそうなので、ご注意を

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