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それでも俺は  作者: 白えび
1/1

プロローグ

ここは魔大陸中央部、枯れた森と呼ばれる場所。

 人間たちの間では、踏破するのにかかる時間は1ヶ月とも、1年とも、入ったら二度と出てこれないとも噂されている。また、その森は名前の通りこげ茶色の葉を付けた木々が生い茂っており、頭上には複雑に絡み合った木の枝と、その葉が月の光を遮り、暗闇を作り出している。


 そんな森の中を一人の男が疾走していた。道などない森の中を、その男は縦横無尽に駆け回る。まるで木が男を避けているかのように木々の間を走り抜け、前方に崖が見えたかと思えば、10メートルほどのそれを飛び越えて対岸へと(うつ)る。


 男にはある目的があった。この森の中心部。そこに勇者として行くこと。

 そして魔王に挑み、倒すと言う目的が。


 それが、自分がこのまま死んでしまう前にどうしてもしておかなければならない事だったから。

 

 だから彼は走る。彼女ならこの城の中心部にある魔王城を出て、その前の広場に待っていてくれるだろうと思いながら。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 男が魔王城前の広場についた時、真っ先に目に入ってきたのは、月明かりに照らされた大きな城だった。日本のような武骨で合戦に特化した実用的な城とは似ても似つかない。地球で言えばヨーロッパ、それもバロック式が一番近いだろうか。中央に屋根をとがらせた高い塔がそびえ立ち、左右は洋館のような作りになっている。

 ところどころ明かりで照らされ、冷たく、ざらりとした灰色の石を見せているが、全体ははっきりと見えない。月に照らされて、輪郭(りんかく)が見える程度だ。けれども、照らされているところを見るだけでも、相応に凝ったつくりになっているのが分かる。例えば左の館の屋根には、狼のようなかなり大きめの彫刻(ちょうこく)が飾られているし、右の館の屋根にもドラゴンのような彫刻が飾られている。軽く人の身長を超えるであろうその彫刻は薄暗さによる不気味さと相まって、そのまま襲い掛かってくるのではないか。そんな根拠のない不安さえも感じさせる。


 男は初めて見た彼女の住まいをぼーっと見ていたが、少ししてからクスッと笑った。こんなに装飾されて、いかにもな雰囲気を醸し出している城は好みじゃないだろうな、などと思いながら。


「楽しそうだね、何か面白い事でもあった?」

 石畳の広場の中央。そこから響いた女性の声。男はその女性に歩み寄りながら平然と返す。気配はずっと前から、それこそ森の中に居る時から補足していた。広場に彼女が待っていてくれていることも全て分かっていたからこそ、ゆっくりと城を見ることが出来ていたのだ。


「いや、多分お前が初めてこの城を見た時には、顔をしかめただろうなと思ったら笑いが止まらなくって」

「むぅ、なんで分かったの?」

「こんなに装飾された城をお前が気に入る訳がないじゃん。俺が昔送ったプレゼントへの対応を忘れたとは言わせねぇぞ?」


久々に見る彼女はほとんど変わっていなかった。短パンにTシャツ、ショートヘアという快活そうな少女。

始めてこの世界であった時。彼女がまだ、人間だったころのままだ。


肌の色。その一点を除いては。


 もともとあった30メートルほどの距離は、既に15メートルほどに縮まっていて。

 俺は自然とその足を止めた。


「うっ……あの時は……その、流石にちょっと趣味に合わなかったというか……」

「まぁ分かってて送ったんだけど」

「嫌がらせだったの!?」

「いやいや、別の意味で喜んでくれるかなぁと思って――」

「うぅ……(のぼる)君が意地悪だよ……」


 そして沈黙が流れる。分厚い雲が月を徐々に隠し、地面が再び暗くなっていく。

 うっすらと相手の顔が見えるかどうかという程度の明かり。足元の石畳すらはっきりとした境目はわからない。

 そして。


『さて』

 別に示し合わせたわけでもなんでもない。互いに覚悟が決まり、発せられた声。けれどその声は重なった。二人の声に込められたのは真剣な思い。そこには過去の彼らの姿は無く、勇者と魔王、人と魔の最高戦力としての重みを背負った二人がいた。


「昇。来た理由は分かってる。それでも聞くけど……やめる気は、無いんだね?」

「……あぁ。俺は勇者だ。昔の、お前と一緒に居た頃の俺じゃあ、無い」

「そう。でも私もおとなしくやられるわけにはいけない。貴方にも背負う人の命があるように、私にも背負う命があるから」

「あぁ、分かってる。……手加減は、いらない」

 そう言う二人の頭上で、雲に閉ざされた月が再びその顔を覗かせ、その光を二人に降り注がせる。

「……そう、じゃあ、敢えてこう言うね」

 そう言うと魔王は、その背中にヴァンパイアのような大きな羽を広げ、空中に浮かぶ。

 そしてそのまますーっと空を飛んでゆき、空に浮かぶ月を背景にして、

「自分の意思を貫き通すために、我を打ち倒して見せなさい。勇者」と。そう言った。


 先に動いたのは勇者だった。

 激烈な踏込み。足元の石畳が割れ、周囲に破片が飛び散る。

 その姿が見えないほどの速度となって魔王へと迫る。

 それを魔王は真っ向から迎え撃つ。腰に下げていた武骨な大剣を居合の要領で抜き、空を切り裂いて勇者に迫る。

 金属同士が衝突する剣音が鳴り、ほんの一瞬の力の拮抗。

 けれど。吹き飛ばされたのは両方だった。魔王は魔王城の屋根へと。勇者は石畳へと。お互いの着弾点には土埃が舞う。土埃から勇者が飛び出て、魔王の位置を確認。襲いかかろうとしたところで――

 

 もう一つの土埃が明るく光った。そこから飛び出す、火球、火球。

 バスケットボール大の火球がもはや弾幕と言えるほど絶え間なく打ち出され、勇者を襲う。

「ちっ!」

 舌打ちとともに横へと走る勇者。そしてそれを捉えるべく予測して撃たれる火球は空中に、鮮やかな赤い線を描く。着弾点は、火球が爆発した衝撃により深くえぐれ、その威力を物語っている。人間がくらえばただでは済まないだろう。


「ずいぶんと威力の高い火球じゃないか!」

 そう勇者が叫ぶ。

 最小限の動きで火球を交わし、そのスピードはほぼ全力だというのに、息が切れた様子は全くない。

「剣を打ち合わせてみてわかったんだ、君のスピードと剣術は私を越えている」と魔王が返す。


踏ん張りの効かない空中で勇者は剣を振るった。羽で推進力を生み出せる魔王とは違い、力を発揮できないはず。

それなのに勇者は魔王を弾き飛ばした。とっさに魔法で勇者を飛ばさなければ、魔王は斬られていた。


(魔法で足場を作っている?いや、それにしてはタイムラグがほとんどない。懐に入れるのは危険か)


 その結果がこの火球による弾幕だ。つまり、魔王の傍にさえ近づいてしまえば勇者にもチャンスはある。例え回避するので精一杯な現状だとしても、勝ちが見える戦場に立てば勇者は強い。


 「なら、どうにかすれば、俺の勝ちか」


 勇者は獰猛に笑う。それは魔王が見たことのない、「勇者」の顔で――

 しまったっ!

 魔王はそう思った。一瞬その顔に気圧(けお)され、火球の制御がコンマ1秒ほど遅れた。

 その瞬間を勇者は見逃さなかった。

 瞬く間にその距離を詰めた勇者に向かって、それでも火球を一つ放てたのは魔王にとって奇跡。

 なんにせよこれで距離が離れ――――


 ヒュッ……何かが風を斬る音が鳴った。

 魔王の目が見開かれる。勇者が火球をまともに体に受け、地面へと落ちてゆく。そして魔王の赤い服に、少しそれとは色が違う、赤黒い色が広がった。

 傾斜ががった屋根の中腹に座るようにしていた魔王はやがてその体を傾げさせて行き、やがて血の跡を残しながら、地面へと落ちた。


 ドサッ……。重たいものが地面に落ちる音がした。

 勇者の傍に仰向けで落ちた魔王。勇者は既に己の足で立って、そこに待っていた。

 体の一部を火傷しながらも立ち上がる勇者。いくつか重要な臓器を破壊され、地面に横たわり死を待つだけの魔王。勝敗は明らかだった。

「やぁ……負けて、しまったね」と魔王。

「あぁ。俺が勝った」と勇者。

「トドメを、さしてくれないかい?苦しいんだ」

「……あぁ」

 勇者はもう一本の剣をどこからともなく取り出すと、魔王の首に添える。

 魔王は目を閉じ、その瞬間を静かに待つ。

 空中にその剣が持ち上げられ、そして、振り下ろされる音がした。


 けれど、それが最後まで落とされることは無かった。魔王が怪訝そうな顔をしながら目を開ける。

 勇者の剣は首筋で再び止まっていて、カタカタと小刻みに震えていた。魔王は視線を上げ、勇者の顔を見る。そして、慈母のごとき優しい視線を向けた。

 勇者が泣いていたからだ。


「昇……」

 魔王のその声を聞いて、勇者ははっとしてその顔を見る。

「私はね、魔族を、自分の民を守るために戦争を起こした。そしてね、昇が相手方の勇者だって知った時にはすごく驚いたんだ」

「……」

 昇はただただ黙って、魔王の首筋にカタカタと震える剣を添え続けている。

「驚きもしたけれど、それまでさんざん煮え湯を飲まされて来て、憎んだ相手が昇だったって知って」

「1ヶ月程経って決めたんだ。『昇にも何か信念があって戦場に立っているんだろう。敵なんだったらその信念はわかりあえないものかもしれない。もしそうだった場合は全力で戦おう』って」

 その結果がこれなんだけどね、と魔王は笑う。

「今日こうなったのだって私が昇を、人類を追いつめて、それで昇はこうするしかなくなったってだけだし、昇は悪くないんだよ。だからさ」


「自分の信念を貫いてよ、昇。それが敗者への、精一杯戦って、それでも力及ばず、志半ばで倒れた私への、最高の礼儀で、私にとって最高に嬉しいことだよ」

 そう言って魔王は、いや、渚は笑った。

 それを聞いた昇は、くしゃりと顔を歪めて、でも剣を少しづつ上にあげ、

 

 振り下ろした。

1年前の作品の改稿作品となります。

前作も完結しておらず、不定期更新ですが、楽しんでいただけると幸いです。

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