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99:出来なかった

 その日の授業を終えた私は、レイを連れて、私の住む町の湖に来ていた。

 水面が日差しを反射して、キラキラと光っている。

 ここに来たのは、前にレイと付き合って以来か。

 日付自体はそこまで経っていないが、私達の関係は大分変わっただろう。

 お互いの心を曝け出し合い、お互いの弱い部分を知っている関係。

 幽霊とか人間とか、そんなことはどうでもいいことだった。


「……やっぱり、綺麗な場所ですね。ここ」


 湖を眺めながら、レイは微笑を浮かべて言う。

 彼女の言葉に、私は「そうだね」と答えつつ、彼女の横顔を見つめた。

 すると、彼女も私の顔を見て、優しく微笑んだ。


 あぁ、やっぱり……レイが好きだ。

 彼女の過去を知っても、彼女への気持ちは変わらなかった。

 否、彼女の過去を知ったことで、むしろその気持ちが大きくなっていくのを感じる。


 レイと私は……同じだ。

 上手く言えないけど……彼女は、私と同じだと思った。

 同じだからこそ、きっと、私達はお互いが一番の理解者だと思う。


「……」


 私は小さく息をつき、無言で眼帯を外した。

 一度この下を見せているレイ相手だと、不思議と緊張は無かった。


「結城さん、無理して見せなくても良いんですよ? 一度見ているわけですし」


 苦笑気味に笑いながら言うレイに、私は無言で首を横に振って見せる。

 それから、湖に視線を向けて、ゆっくりと続けた。


「見せたい気分なんです。ここは人もほとんど来ませんし……レイは、他の人みたいに、気持ち悪いって言いませんから」

「……今まで、色々な人に、その……言われてたんですか?」


 どこか聞きづらそうな様子で、レイはそう聞いてくる。

 彼女の言葉に、私は頷いて見せた。


「……むしろ……レイが初めてですよ。気持ち悪いって言わなかった人は」

「……結城さんは……強いですね……」


 ポツリと、レイは呟く。

 それに顔を上げると、彼女は目を伏せながら続けた。


「きっと、今まで、色々と苦労してきたんですよね? それなのに、私みたいに自殺とかしなくて……凄いです」

「……自殺しなかったんじゃないですよ」


 そう答えた私の声は、不思議と明るかった。

 キョトンとした表情で顔を上げるレイに、私は彼女の顔を真っ直ぐ見て続けた。


「しなかったんじゃなくて……出来なかったんです」


 ズキン……ズキン……と、左目が少しずつ痛み始める。

 あの時のことを思い出し、疼き始める。

 私の脈拍に合わせて、痛みを促進する。

 だから、私はソッと左目に触れて、続けた。


「私の命は……両親に救われたものだから」


 あの時のことを思い出すと、今にも吐きそうになる。

 私は右手で服の裾を掴み、強く握り締める。

 込み上げる痛みを堪えながら、私は当時のことを思い出した。


 私の半生を語るには、やはり、あの出来事を避けて通ることは出来ないだろう。

 あの日……私の人生は、狂い始めた。

 髪色も、左目も……両親すら奪い去った、あの出来事を、私は今でも忘れない。忘れるはずがない。


 ……忘れるわけには……いかない。


---六年前---


 窓の外には、大きな飛行機が幾つも並んでいた。

 一つの飛行機が滑走し、離陸して空を飛んで行くのを見る度に、私の心は昂った。

 ガラス張りの窓に張り付きながら飛行機を眺めていると、軽く肩を叩かれた。


「神奈、もうすぐ飛行機が来るから、そろそろ行くわよ?」


 振り向いた私を見て、母である結城 小春(こはる)がそう言って微笑む。

 彼女の言葉に、私は「えぇー」と不満を口にした。


「もう帰らないとダメなの? もっといよーよー」

「ハハッ、気持ちは分かるが、そういうわけにはいかないさ。神奈は学校だってあるしな」


 明るく笑いながら言うのは、父である結城 大月(たいげつ)だった。

 お父さんは、小説家をしている。

 どんな作品を書いているのかはよく分からないけど、有名な小説家さんってことだけは知ってる。

 今日も、私の夏休み期間を利用して、お父さんの小説の情報収集の為にフランスっていう国に来ていた。


「学校よりもこっちの国の方が楽しいよー。ねぇ、お母さん?」

「うーん……でも、こっちの国だとお友達に会えなくなっちゃうわよ? それでもいいの?」

「うっ……それはやだ……」


 優しく諭すお母さんに、私はそう答えた。

 すると、お母さんはクスクスと鈴の音のような綺麗な笑い声を上げた。

 お母さんは綺麗な声をしている。透き通るような、聴き心地の良い声だ。

 声だけじゃなくて、楽器も凄く上手だ。

 色々な楽器が出来るけど、特にピアノを弾くのが上手で、たまにピアノを弾きながら歌を歌ってくれることがある。

 これがまた綺麗な音色で、それを聴いていると気付いたら眠ってしまうことなどしょっちゅうだった。

 そんなお母さんは、私が通っている所とは別の小学校で音楽の先生をしている。


「でしょう? だったら、大人しく帰りましょうね?」

「うぅ……はぁい」

「そんな言い方するな。……ホラ、帰るぞ」


 呆れたように笑いながら、お父さんはそう言って右手を差し出してくる。

 私はお父さんの右手と、お母さんの左手をそれぞれ握った。

 お父さんの手は、大きくて、少しゴツゴツしているけど……暖かかった。

 お母さんの手はひんやりしていて、しなやかな感じだった。

 ちょっと人より裕福だけど、平穏で、幸せな日々。

 私はこんな日々が、永遠に続くと信じて……疑わなかった。

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