9:貴方の力になりたい
今日の授業が全て終わり、放課後になる。
この高校は部活に全員強制入部とか、そのような校則は無いので、思う存分帰宅部に専念出来る。
まぁ、仮に全員強制入部だとしても、目立たない文化部に入って幽霊部員になるのだけれど。
話は戻して……放課後だ。
いつもの私なら、いの一番に教室を飛び出して、そのまま真っすぐ駅に向かって歩いていく。
しかし、今日は違った。
私はこの学校の校内図を思い出しながら、図書室に向かった。
ハッキリ言って、レイの手掛かりは見た目しか無い。
彼女の見た目だけを頼りに、記憶を取り戻す手伝いをしなければならない。
そこで私は、この学校の歴代の先輩達に関する資料を漁れば、もしかしたらレイに関する情報が見つかるのではないかと考えたのだ。
正直、この作業が無謀過ぎることは分かっている。
しかし、こうするしか無い。
卒業アルバムとかを探していけば、レイの名前や、何年前に死んだのか、くらいは分かると思う。
この作業でかなり時間は掛かりそうだけど……やってみるしかない。
というわけで、私はすでに図書室にレイとナギサをスタンバイさせている。
後は私が向かうだけだ。
二人を待たせてはいけない、と足早に図書室に向かっていた時だった。
「結城さん」
突然名前を呼ばれ、私は足を止める。
振り返るとそこには、屋上の鍵のことでお世話になった女性教師が立っていた。
えっと、名前は……思い出せないけど……。
「はい、何でしょう?」
早く図書室に行きたいのに、と不満に思う気持ちを抑え、私はそう聞き返してみる。
すると、彼女は少し辺りを見渡してから、口を開いた。
「えっと……今から、って、時間ある?」
「え? えーっと……今から図書室に向かうところで……」
「それは、急ぎの用事?」
「いえ、そういうわけでは無いですけど……」
正直に言うと滅茶苦茶急いでます。
でも、これは流石に言えないよなぁ。
友達の幽霊と待ち合わせをしているので急いでいるんです、とか、頭おかしすぎる。
ただでさえ私は見た目や諸々のことで目立つのに、幽霊が見えるとか言い出した暁には、いよいよ精神科送りにされそう。
「良かった。じゃあ、少し来て貰える?」
女性教師はそう言うと、クルリと踵を返し、歩き出す。
……何だ……?
上手く言葉に表せないけど、何か、不穏な空気を感じる。
というか、先生に呼び出される時点で不穏なことには変わり無い。
私は付いて行こうと踏み出した足を止め、口を開いた。
「あっ、でも……電車の時間が、あるのですが……」
苦し紛れの言い訳だった。
元々今日は図書室に行くので、いつもより遅い時間の電車に乗って帰るつもりだった。
だから、今更電車の時間なんて気にする必要も無い。
けど、それをこの教師は知らない。
つまり、電車の時間も上手く言い訳に使えるはずだ。
「あぁ、そっか……じゃあ、帰りは私の車で送って行くわ」
しかし、彼女は平然と言ってしまう。
この先生ってきっと良い人なんだろうな、と、根拠も無い感想を胸に抱いた。
流石にここまで言われてしまったら、私にはもう何も出来ない。
心の中で両手を挙げて降参の意を示しつつ、私は口を開いた。
「それじゃあ……大丈夫です」
「そう。じゃあ、早く行きましょう?」
彼女はそう言うと、改めて歩き出す。
レイ、ナギサ、ごめんなさい。
心の中で謝りつつ、私は彼女の後を追って、歩き出した。
廊下を進み、まだ慣れない校内を歩いて辿り着いたのは、カウンセリングルームと書かれた部屋だった。
先に女性教師が扉の鍵を開け入室するので、私は彼女の後を追って中に入る。
カウンセリングルームは、かなり生活感に溢れた部屋だった。
ベージュ色の絨毯が床に敷かれ、グレーのソファが二つ、対面する形で置かれている。
間には木で出来たテーブルが置いてある。
上靴を脱いで部屋の入口に立ち尽くす私に、女性教師はクスッと微笑み、ソファの片方に腰掛ける。
彼女に促され、私は彼女と向き合う形でソファに腰掛けた。
「それじゃあ、結城さん。改めましてこんにちは。私は宇佐美優梨子と言います」
「あっ……ゆ、結城神奈です。こんにちは」
丁寧に挨拶されて戸惑いつつも、私はそう答えつつ会釈をした。
すると、彼女は優しく微笑み、口を開いた。
「そう緊張しないで? ……まぁ、慣れない学校で、あまり話したことがない先生に、カウンセリングルームになんて連れて来られたら……緊張するのは無理無いけど」
「えぇ、まぁ……」
彼女の言う通り、私は自分でも分かるくらい緊張していた。
肩にも凄く力が入り、体が強張っているのが分かる。
私の言葉に、彼女はクスッと微笑して、口を開いた。
「別に貴方が何かした、とかそういうわけではないの。ただ……私が貴方の力になりたいだけ」
「……私の……?」
「えぇ。……結城さんは、色々と複雑でしょう? 私で良ければ、少しは貴方の力になりたいと思って」
宇佐美先生はそう言って、緩い笑みを浮かべる。
私の力になりたい……か……。
まぁ、彼女の言う通り、私は普通の生徒と違う。
この左目のこととか、髪のこととか。
「……そこ、痛むの?」
気づいたら、眼帯の上から左目部分を撫でていたみたいだ。
宇佐美先生の言葉に、私はハッと我に返って、慌てて手を離した。
それからその手を膝に乗せて、私は首を横に振った。
「い、いえ! 大丈夫です!」
「そう。……私はね、結城さん。さっきも言った通り、貴方の力になりたい。だから、悩みがあるなら正直に言って欲しい。……って、担任でも無い先生にこんなこと言われたら、気持ち悪いよね」
「そんなことないですよっ」
宇佐美先生の言葉に、私は首を横に振って答える。
姿勢を正し、私は続けた。
「えっと……先生にそう言って貰えて、凄く嬉しいです。中学の時は、こんなに親身になってくれる先生……いませんでしたから」
私はそう言いながら、眼帯に掛かる前髪に触れた。
色々と複雑な事情を持っているせいで、中学時代は、腫れ物のように扱われていた。
気を遣われているというか、明らかに避けられているというか……そんな感じ。
だからと言ってここまでされると、それはそれでちょっと気後れしてしまうけど……でも、悪い気はしない。
「良かった……じゃあ、これからは、何かあったら遠慮なく私に言ってね? 何でも良いから」
「……じゃあ、一つ良いですか?」
「うん?」
宇佐美先生の言葉に甘えて、私は早速、一つ言いたいことがあった。
と言うよりは……聞きたいことが、あった。
私は少し息を吸って、吐き出すように……問う。
「先生は、なんで……私にここまでしてくれるんですか?」