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8:優しい子なんだね

 昼休憩になった。

 私は昨日と同様に弁当を持って、制服のポケットに屋上の鍵を忍ばせ、教室を出る。

 廊下にいる人の目から逃げるように、早歩きで向かう。

 階段を上り、借りた鍵で屋上への扉を開けると、そこではいつも通りレイとナギサが……。


「結城さぁぁぁぁぁんッ!」

「へっ?」


 扉を開けた途端、レイが私に向かって抱きついてきた。

 突然のことに驚く間も無く、レイは私の体をすり抜け、そのまま扉の向こう側まで飛んで行く。

 ひとまず私は冷静に扉を閉め、ナギサの方に振り返って、口を開いた。


「……これ、どういう状況?」

「えっと……学校が始まって、昨日神奈ちゃんが来た時間になっても来なかったから、もう来ないんじゃないかって……」

「心配したんですからぁ!」


 ナギサの言葉を遮るように、扉をすり抜けてレイが現れる。

 彼女の言葉に、ナギサは溜息をついて「……というわけです」と続けた。

 なるほど……。


「えっと……ごめんなさい。昨日は色々と事情があってここに来ただけで、普段は授業とかありますから……昼休憩しか来ることが出来ないんです」

「ま、あたしもそんな感じだと思ったけどさ。どんだけ話しても納得してくれなくて」

「だ、だって……結城さんが来てくれなくなったらって思ったら、怖くて……」


 ナギサの説明に、レイは恥ずかしそう言いながら、両手の人差し指をそれぞれ付け合わせた。

 顔を赤らめ、どこか恥ずかしそうに目を逸らす。

 彼女の様子に、私は溜息をついた。


「……そんなに記憶を取り戻したいんですか」

「ち、ちがッ……! いや、それもありますけど……!」


 あるんかい、と内心呆れていた時、レイは私の両肩に手を置くように腕を動かした。

 しかし、やはり体がすり抜けるため、ブンッと物凄い勢いで彼女の腕は私の肩をすり抜ける。

 仕方が無く、レイは自分の胸の前でグッと両手を握り締め、続けた。


「わ、私は……結城さんと話すのが、好きなんです!」

「……」


 レイの言葉に、私はしばらくフリーズした。

 なんていうか……レイの言葉が、なぜか無性に嬉しかったのだ。

 私は口に手を当て、にやける口元を隠す。

 そんな私の反応に何を思ったのか、レイは慌ただしく両手をワタワタと動かしながら続けた。


「ほ、本当ですからね!? ゆ、結城さんが幽霊見えるからとか、ナギサさんと話すのが嫌とか、そういうわけではなくて! その……」

「はいはい、一旦落ち着きなさいって」


 慌ただしく弁解をするレイを、ナギサがそう言って宥める。

 レイは宥められて口を噤むが、何か言いたげに鼻息を荒くして、肩を上下させていた。

 私は緩んでいた顔をなんとか引き締め、口を開いた。


「えっと……私も、レイやナギサと話すのは……好き、です……」


 私の言葉に、レイはポカンとした表情を浮かべた。

 目を丸くして、口もポケーと開いて、正直かなり間抜けな顔。

 しかし、しばらくして、彼女の頬が徐々に紅潮していく。

 丸く見開かれた目が徐々にキラキラと輝き、ポケーと開いていた口が緩く弧を描くように綻んでいく。


「結城さぁんッ!」

「うわ、ちょッ!?」


 嬉しそうに抱きついてくるレイに、私は驚く。

 まぁ、結局レイは私の体を通り抜けていくだけなんだけど……。

 しかし、彼女は嬉しそうで、両手をブンブンと振り回しながら私の周りを飛び回った。


 カタンッ……。


 その時、扉の外側から音がした。


「……?」


 不思議に思い、私は振り返る。

 ……もしかして……誰かがいる?

 気になった私は、すぐに扉に近付き、開いた。

 しかし、そこには誰もいなかった。


「神奈ちゃん? どうしたの?」

「……いや……誰かがいた気がしたんだけど……」


 不思議そうに尋ねてくるナギサに、私はそう答えながら扉を閉めた。

 すると、レイは首を傾げた。


「誰かいたら、何かマズイことでもあるんですか?」

「……は?」


 素っ頓狂な質問に、つい、私は聞き返した。

 それから私は振り返り、レイに顔を向ける。


「逆に聞くけど……マズくないことってある?」

「え? だって、結城さんは私達と話してただけですし……」

「幽霊は私以外から見えないんですけど?」


 私の言葉に、レイはしばらくキョトンとした後で、ハッとした。

 ……もしかしたら、彼女は馬鹿なのかもしれない。

 呆れてしまい、何度目かになる溜息をつきつつ、私は口を開いた。


「つまり……他の人から見れば、私は何も無い空間に話しかけるヤバい子ってこと。良い?」

「そうなんですねぇ……気付けなくて申し訳ないです」

「まぁ、良いけど……だから、他の人には見られたくないってこと」

「納得です」


 重々しく頷くレイに、私は嘆息する。

 全く……先が思いやられる。


「でもさ」


 すると、ナギサが口を開いた。

 視線を向けると、彼女は笑顔を浮かべたまま続けた。


「神奈ちゃんはそれが分かった上でここに来て、レイちゃんやあたしと話してくれてるんだよね?」

「はい……そうですけど?」

「ってことはさ、神奈ちゃんってなんだかんだ言って、優しい子なんだね」

「……はいっ!?」


 突拍子のない発言に、私は裏返った声で聞き返す。

 すると、ナギサは「だって」と言ってレイを見る。


「別に神奈ちゃんがここに来なくちゃいけない理由があるわけでもないのに、レイちゃんの記憶を取り戻すために、人からヤバい子だって見られることも承知で来てくれてるんでしょ?」

「そ、それは……」

「つまり、神奈ちゃんは滅茶苦茶良い子だし……滅茶苦茶レイちゃんのこと、好きなんじゃん?」


 ナギサの言葉に、自分の顔がカァッと熱くなるのが分かった。

 しかし、すぐに私は口を開く。


「ち、違います! ただ、レイのことが、放っておけないだけで……ほ、他にすることも無いですし……仕方なく来てるだけです!」

「でも、さっきレイちゃんやあたしと話すのが好きって言ってたよね?」

「……それはっ……」


 ナギサの指摘に、私は言葉を詰まらせる。

 すると、ナギサはニヤニヤと笑いながら私の顔を覗き込んできた。


「認めちゃいなよ~。現実のツンデレ程需要の無いものは無いぞ~?」

「べッ、別にッ……ツンデレとかじゃ……」

「なるほど! 結城さんはツンデレさんなのですね!」


 納得するように言うレイに、私は頬を引きつらせる。

 そりゃあ、ナギサが言うことにも一理あるけど……良い人とか、レイのことが大好きとか言われると、なんだか恥ずかしい。

 気付いた時には顔が赤くなっているのが分かり、私は弁当箱で顔を隠した。


「……あれ? 神奈ちゃん、赤くなってる?」

「ナギサさん! 結城さんは照れた顔と笑った顔が物凄く可愛いんですよ!」

「それは本当かレイちゃん!」


 顔を隠して固まる私に、レイとナギサはよく分からないことを言い出した。

 それからなんとか私の顔を見ようと、覗き込んでくる。

 私はそれに、なんとか弁当箱で自分の顔を隠す。

 恥ずかしくて仕方が無いハズなのに……同じくらい、嬉しい気持ちが湧き上がってくるのが分かる。


「……こんなの……卑怯だ……」


 二人には聴こえないくらいの声で、私は呟いた。

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