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7:放っておけないんだよ

 翌日。

 朝学校に来て、私はすぐに職員室に向かった。

 中に入ると、すぐに一人の女性が私に気付いてくれた。


「結城さん、誰に用事があるの?」

「あっ、誰に、というか……その……」

「……?」


 言葉を詰まらせる私に、彼女は首を傾げる。

 そこで初めて、彼女が、昨日男性教師に絡まれていた私を助けてくれた女性教師であることに気付いた。

 ……彼女はきっと、話が分かる人だ。

 私は一度小さく深呼吸をして、口を開いた。


「あの……実は、屋上の鍵を貸して欲しくて……」

「えっ? でも、屋上は……」

「私……人がたくさんいる場所って、苦手で……昼休憩くらいは、一人で落ち着ける場所に行きたいんです」


 そう言いながら、私は自分の眼帯を指で撫でる。

 すると、女性教師はピクリ、と頬を引きつらせた。

 しかし、すぐに彼女は口を開いた。


「で、でも、屋上は危ないわ。一人になりたいなら、保健室とか……」

「……保健室は先生もいますし、生徒だって出入りするじゃないですか」

「じゃあ、使わない特別教室とか……」

「四時間目の授業で使うかもしれないし、そこで出くわすかもしれない。……大体、廊下から見えるじゃないですか。私は……人に見られるのが、怖いんです……」


 女性教師を説得する言い訳には使ったが、嘘ではない。

 私は人に見られることが、苦手だ。

 今だって、職員室にいる教師の何人かが、こちらを見ているのが分かって、少し辛い。

 ……あっ、昨日の男性教師もこちらを見ている。

 彼は私と目が合うと、気まずそうに目を逸らした。


 まぁ、確かに彼は、私も苦手だ。

 事情を知らなかったとはいえ、彼のせいでかなり辛い思いをしたから。

 大体、普通人の眼帯ってあんな乱暴に取るか?

 小学生とかの子供なら、まだ百歩譲って理解出来るけど……良い年した大人じゃないか……。


 でも……かなり間接的な話だが、彼のおかげで、レイに会えた。

 風が吹けば桶屋が儲かる並にかなり間接的な話だが……実際、彼が眼帯を取らなければ、屋上なんて行かなかったと思う。

 そりゃあ、レイやナギサはこの辺りを拠点としている幽霊みたいだし、多分どこかしらでは会っていた気がするけど……でも、普通に出会っていたら、私は彼女等に対して反応すらしていなかった気がする。

 あの時は精神的に疲弊していて、幽霊に気を配る余裕も無かったから、つい反応してしまった。

 だからこうして二人と関わるようになり、面倒事に巻き込まれているのだけれど……。


 ……でも、あの二人のことは好きだ。

 幽霊だからか、私のことを奇異の目で見たりもしないし、普通に接してくれる。

 出会って二十四時間も経っていないから二人のことなんて全く分からないけど、少なくとも、出会ったことを後悔はしていない。

 少なくとも、今は。


「……そう。分かったわ。でも、柵には近付かないようにね。危ないから」

「はい」


 女性教員の言葉に、私は頷く。

 すると、女性教師は小さく溜息をつき、色々な教室の鍵が掛かっているケースを開く。

 その中の一番右下にある鍵を手に取り、私の方に歩み寄ってきた。


「はい。じゃあ、無くしたり人に貸したりしないようにね。放課後には返しに来て……他の先生にも話はしておくから、欲しい時は誰か適当な先生に頼んでくれて良いから」


 そう言いながら、鍵を差し出してくる。

 私はそれを両手で受け取り、ギュッと握り締める。


「分かりました。……ありがとうございます」


 私はそう言ってから、踵を返し、職員室を出る。

 「失礼します」と言ってから扉を閉め、私は屋上の鍵を握り締めたまま廊下を歩く。

 ひとまず、屋上の鍵を貸して貰えて良かった。

 むしろ、想像以上に順調だったくらいだ。

 ……これで今日も、レイに会える。

 そう思うとなんだかすごく嬉しくて、足が軽くなる。

 逸る気持ちを抑えながら、私は自分の教室に向かった。


---


「良かったんですか? 屋上の鍵なんて渡して」


 近くで一連のやり取りを聞いていた男性教師が、そう声を掛けた。

 彼の言葉に、結城神奈とやり取りをしていた女性教師……宇佐美(うさみ) 優梨子(ゆりこ)は、答える。


「えぇ。……彼女は特別な生徒ですから……」

「確かに結城さんは特例ですが……それでも、屋上なんて……」

「私達には、彼女の気持ちは分かりませんよ。……無理にこちらの価値観を押し付けても、彼女を苦しめるだけです」


 彼女の言葉に、昨日結城神奈に注意をした中年の男性教師が、無言で目を逸らす。

 すると、青年は口を開いた。


「俺、今年この学校に来たばかりですから、詳しくは分からないんですけど……去年、屋上で飛び降り事件があったんですよね?」

「……事故ですよ」

「事故かどうかは、今は重要ではありません。どちらにせよ、屋上から生徒が落ちたのは事実です。それなのに、生徒に屋上の鍵を預けるなんて……」

「……」

「一度や二度ならまだしも、これから定期的に貸すんですよね? そんなことしたら、また怪我人が……」


 そこまで言って、若い男性教師はハッとした表情を浮かべた。

 なぜなら……優梨子の顔が、真っ青になっていたからだ。

 まるで血を抜き取ったかのようなその顔面に、男性教師は言葉を詰まらせる。

 彼の様子に、優梨子は小さく口を開いた。


「……もうあんな“事故”が起きないように……私がサポートします。毎日柵の点検だってしますし、結城さん本人の精神面も、他の先生と連携しながら支えて行くつもりです」

「でも……」

「失礼します」


 優梨子は短く言って、職員室を出て行った。

 彼女がいなくなった後、男性教師はしばらくポカンとしていた。

 しかし、少しずつ彼は表情を取り戻し、席に座って、隣の席に座る別の男性教師に声を掛けた。


「えっと……俺、変なこと言ってしまいましたかね?」

「……いや……誰かしらは言わないといけないことだ。気にするな」


 端的な言葉に、青年は面食らう。

 それに、隣の席の男性教師は頬杖をつき、続けた。


「アイツは雨宮のことを一番気に掛けていたからな。……結城みたいなタイプは、放っておけないんだよ」

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