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61:せめて死なないで 有栖川薫視点

 ……お姉ちゃんが死んだ。

 トラックにはねられて、死んだ。

 運転手は寝不足だったらしく、前の状況に気付いていなかったらしい。

 その結果、飛び出してくる子供やそれを助けたお姉ちゃんに気付かず……はねてしまったのだと。


 ……ふざけるな……。

 そんなくだらない理由で……お姉ちゃんは死んだんだぞ……。

 運転手が謝りに来た時、私は怒りに任せて罵詈雑言を浴びせた。

 人殺しだと罵り、お姉ちゃんを返せと泣き叫んだ。

 それ以外にも色んなことを叫んだはずだが、途中から記憶が飛んでいた。

 でも、後悔はしていないし、謝りに来たくらいであの男を許すつもりはない。

 あの男が謝りに来ても……お姉ちゃんは、帰って来ないから。


 それからは、お姉ちゃんの葬式をした。

 葬式にはお姉ちゃんのお友達もたくさん来ていて、改めて、お姉ちゃんの交流の広さを知った。

 ……お姉ちゃんの死を悼んで泣いている彼女等を見る度に、私の胸には、言い知れない罪悪感が込み上げてきた。


 なんで……私じゃなくて、お姉ちゃんだったんだろう……。


 そんな考えが、あの日からずっと、私の脳内を支配していた。

 あの場で私達のどちらかが死なないといけなかったとしたら、お姉ちゃんじゃなくて、私が死ぬべきだった。

 友達がたくさんいるお姉ちゃんじゃなくて……死んでも悲しむ人が少ない、私が。


 ううん。そもそも、あそこでお姉ちゃんが死ぬ必要が無かった。

 あんな小さい子供、見捨てれば良かったんだ。

 お姉ちゃんの腕を掴んで、止めるべきだった。

 一瞬でもお姉ちゃんの足を止めることが出来れば、彼女は死ななくて済んだ。


 ……私のせいだ……。

 あそこでお姉ちゃんを助けられたのは、私しかいなかったというのに……。

 私には……大好きなお姉ちゃんを守る力すら、無かった。


 出来ることなら、あの日をやり直したい。

 あの日に戻って、今度はしっかりとお姉ちゃんの腕を掴んで、お姉ちゃんの死を無かったことにしたい。

 よくあるじゃない? 無限ループとか、そういうの。

 今だけで良い。高校も不合格で良いから……お姉ちゃんを救う力が欲しい。


 しかし、現実は無情で、私に力は与えられないし……高校には合格した。

 お姉ちゃんの葬式以降、私はずっと、お姉ちゃんとの二人部屋に引きこもっていた。

 合格発表の日も同様で、合否を知ったのは、学校の先生からの電話だった。

 それも、出たのはお母さんなので、実際のところはお母さんからの又聞きだけど。


 ……あんなに行きたかった高校も、今となってはどうでもよかった。

 お姉ちゃんがいるから、あの学校に行きたかったのに。

 彼女が死んだ今……私にとって、あの高校に魅力は一切感じられなかった。


 自室に引きこもり、何をするでもなく、ただ心を閉ざす日々。

 このままではダメだと分かってはいたが、一歩踏み出す勇気が無かった。

 お母さんは、そんな私を、無理に外に出そうとはしなかった。

 ただ、制服の採寸で少しだけ外に出たことはあったけど……それだけ。

 それ以外は、私はずっと、部屋に閉じこもっていた。


 ……部屋から出ると、一気に罪悪感に押しつぶされそうになる。

 外の匂いや、風や、何もかもが……私が生きていることを知らしめる。

 私が……お姉ちゃんを見殺しにした事実を、体中に感じさせる。

 こんなに生き生きとした世界を……お姉ちゃんはもう、感じられないというのに。

 お姉ちゃんが感じられない幸せを、私だけが享受しているようで……申し訳なかった。


 その点、部屋の中は……死んだ世界だった。

 カーテンを閉めて、電気を暗くすれば、そこはもう漆黒の世界。

 昼も夜も無い暗黒の中に身を投じてみれば、私は死んだも同然だった。

 そんな死んだような生活をしていると、お姉ちゃんと同じになれたような気がして、心地良かった。


 このまま死ねたら……どれだけ気持ち良いのだろうか。

 そんなことばかり、考えていた。

 死んだ世界の中で、お姉ちゃんが感じているであろう冷たさと、永遠に続く暗闇を感じながら死ねたら、どれだけ幸せだろうか。

 まるで眠るように、安らかに死んでいけたら、どれだけ……私の心は、安らぐだろう。


「……薫、入るわよ」


 突然、そんな声がした。

 視線を向けた直後、扉が開いた。

 暗闇に慣れた目は、扉の隙間から差し込む光に眩む。

 私は咄嗟に手で両目を覆おうとしたが、体に力が入らず、瞼を瞑って目を庇うことしか出来なかった。


「……薫!?」


 床の上で横になる私を見て、お母さんは叫ぶ。

 彼女は持っていた服のようなものを投げ捨て、私の元に駆け寄って来る。

 すぐに私の体を抱き起こし、揺すって来た。


「薫!? 意識はある!? 薫!?」

「……ぉか……ぁ……さん……」


 悲痛な声で叫ぶ母さんの声に応えようとしたが、喉からは掠れた声が出た。

 何日も喋っていなかった私の喉は、久々に声を発したせいで、酷く痛んだ。

 というか、声の出し方を忘れていなかったことを褒めて欲しい。


 私の反応に、すぐにお母さんは救急車を呼んだ。

 すぐに私は病院に運ばれ、検査の後に、病室の一室で点滴に繋がれた。


 ……制服の採寸日以降、私が飲まず食わずで部屋に閉じこもるようになってから、一週間経過していたらしい。

 お母さんは、実は毎食ご飯を扉の前に置いといてくれていたが、私が手を付けていないことで不審には思っていたらしい。

 けど、自分で飲食や排泄を行っていると思っていたらしく、まさか全くの飲まず食わずで部屋で倒れているなんて考えてもいなかったのだとか。

 あの日は制服が出来たので、少しでも学校に行く活力になればと持ってきたところ、倒れている私を発見したのだとか。

 どうやら、私の体はかなり危うい状態だったらしく、もし一日でも発見が遅れていたら、多分……死んでいたらしい。


「薫……学校に行かなくても良いし、部屋から出なくても良いから……せめて……死なないで……」


 ベッドで横になる私に、お母さんは涙ながらにそう言ってきた。

 点滴に繋がれていない方の手を強く握りながら、お母さんは続ける。


「ご飯をちゃんと食べて……水もしっかり飲んで……生きて……」


 か細い声で続けるお母さんに、私は何も言えなかった。

 ……最悪だ……。

 最悪で、最低で……なんかもう、散々だ。

 お姉ちゃんのことばかりで、お母さんのことなんて、全く考えてもいなかった。

 考えてみれば、お姉ちゃんが死んだ今、お母さんにとって私はたった一人の愛娘なんだ。

 それに、お母さんだってお姉ちゃんが死んだことは悲しいはずなのに、それを堪えて私の世話をしてくれて……。

 そう考えた瞬間、今まで感じていたものとはまた別の罪悪感が、込み上げてきた。


「……ごめん……なさい……」


 掠れた、嗄れかけの声で呟きながら、私はお母さんの手を握り返した。

 まだほとんど力の入らない手に、必死に力を込めて、母さんの手を握る。


「ごめん、なさい……ごめんなさい……」


 嗄れた喉を振り絞りながら、私は何度も謝った。

 ……お母さんを悲しませたら、きっと……お姉ちゃんが悲しむ。

 お姉ちゃんを悲しませることだけは、したくなかった。


 だから……私はまだ、死ねない。

4月以降の更新について連絡があるので、活動報告をチェックして頂けると幸いです。

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