49:馬鹿馬鹿しい
カレーを食べ終えた後は、ついに先生達が物凄く張り切ったという噂の肝試しが行われる。
私達は班ごとに並び、宿泊施設から出て少し歩き、山の中腹にて先生からの説明を受ける。
先生の説明と言うのは、肝試しでの注意事項と……この山に伝わる伝説について。
曰く、この山は昔戦場になっていたらしく、戦死した兵士達の怨念が未だに残っているのだとか。
兵士は常に誰かの生き血を求めており、その為に夜にはこの山に来る登山客等を襲うらしい。
一人でいると兵士の怨念に狙われやすいので、ちゃんと手を繋いで、焦らず慎重に宿泊施設まで帰らなければならない。
「……馬鹿馬鹿しい」
先生の説明に、半数以上の女子が怯えたような声を上げる中、如月さんは小さく呟いた。
多分、彼女の呟きは隣にいた私くらいにしか聴こえていないだろう。
いや、気持ちは分かるけどさ……。
如月さん曰く、幽霊は三年で完全に成仏するらしいし、昔の戦争で生まれた幽霊などとっくの昔に成仏している。
先生の説明は戦争の話とかかなり細かい設定があって、かなり信憑性のある話だとは思う。
高校生でも信じてしまうくらいの説得力はあった。
しかし、結局幽霊が見える私達からすれば、所詮それは先生の考えたおとぎ話でしかない。
戦死した兵士の幽霊などいないし、怨念も当然残っちゃいない。
強いて言うなら、遭難や気象災害なんかで亡くなった人の幽霊が割とたくさんいるくらいかな。
今だって、肝試しの説明を続ける先生の後ろを登山客だったであろうオジサンの幽霊が歩いていったし。
本物の幽霊は聞く耳も持っちゃいない。
「……それでは、今から肝試しを開始します。一組の一班から順番に宿泊施設に向かって下さい。それまでに、他の班の皆さんは手を繋いで待っていて下さい」
先生の言葉に、皆手を繋ぎ始めている。
私は、ひとまず隣にいた如月さんと手を繋いだ。
もう片方は……と考えていた時、空いている方の手を黒澤さんが握った。
「黒澤さん……?」
「……」
私の問いかけに、黒澤さんは答えない。
というか……黒澤さん、手めっちゃ汗ばんでない?
四月だし、夜だし……気温自体はそこまで高くないと思うんだけど。
そこまで考えて、私はハッとする。
「もしかして、黒澤さん……怖いの?」
「コワクナイ」
片言な話し方で言う黒澤さんに、私は頬を引きつらせる。
めっちゃ怖がってるじゃん。
というか……意外だ。
クールな黒澤さんが、まさかここまで怖がりだったとは。
なんていうか、ちょっと意外な一面を見た感じがする。
……新鮮だ。
そんなことを考えている間に、私達の班は皆手を繋ぎ終えた。
左から、有栖川さん、滝原さん、黒澤さん、私、如月さんの順番だ。
……大丈夫なのかな、黒澤さんを真ん中にしちゃって。
すでに限界みたいだけど。
「次、私達だね」
一人黒澤さんの心配をしていた時、如月さんが平然とそう言った。
彼女の言葉に、黒澤さんが私の手を握る力が少し強くなる。
……隣の滝原さんは、黒澤さんの異変に気付いているのだろうか。
仲は良いみたいだし、事前に黒澤さんの怖がりを知っていてもおかしくないよね?
なんて考えている間に、私達の班は出発する。
この山道自体には街灯というものは存在しないが、先生達が置いといたであろう灯りのおかげで、微弱ながら足元は照らされている。
私達は何かに躓かないようにと足元に気を付けながら、ゆっくり進んでいく。
「……あっ、あれ」
その時、有栖川さんがそう呟いた声が聴こえた。
彼女の言葉に、私達は顔を上げる。
するとそこには、空を飛ぶ火の球があった。
いや、あれは……。
「人魂か……」
「へぇ……結構クオリティ高いね」
暢気に呟く如月さんに、私は苦笑する。
何だろう。滅茶苦茶面倒な評論家みたいなことになっているぞ。
なんて思っていた時、左手がぁぁぁいだだだだだ。
突然黒澤さんに手を強く握り締められ、私は顔をしかめる。
反射的に顔を上げるとそこには、人魂を見つめたまま固まっている黒澤さんがいた。
……黒澤さんフリーズしちゃってるよ……。
「ま、さっさと行こうよ」
如月さんは評論に飽きたのか、そう言って歩き出す。
彼女に引っ張られる形で、私も歩き出し、それに釣られて黒澤さんも歩き出す。
しかし、黒澤さんの動きはぎこちなく、すでに大分怖がっているのを感じる。
……大丈夫かな……。
シャッ……シャッ……。
その時、何やら刃物を研ぐような音がした。
私達はなんとなく歩を緩め、息を潜めながら耳を澄ました。
「……血が欲しい……若い小童共の……生き血が欲しい……」
すると、どこからかそんな声がした。
低く、地獄の底から聴こえてくるような、憎悪に満ちた声。
……大分演技上手いと思うけど、これ、私達の担任の声じゃ……。
「ぁ……ぁぁぁ……」
山の怨念担任説を考える私を他所に、黒澤さんはプルプルと震え始める。
今まで怖がりつつも表情には出していなかった彼女の鉄面皮が、いよいよ崩れ始める。
しかし、彼女だけでなく、有栖川さんや滝原さんも怖がっているのか、その表情に怯えが混じっているのが見て取れた。
「……これ、担任の先生の声よね……」
「シッ」
小さく呟く如月さんの声を、私は咄嗟に遮る。
そうやって種明かしをするのは良くない。
私の言葉に、如月さんは小さく溜息をついた。
刃物を研ぐ音や、担任の……幽霊の声がする中を通り過ぎると、宿泊施設が見えて来る。
ここまで来れば、あとちょっとだ。
同じことを思ったのか、黒澤さんの表情にも余裕が見える。
……その時だった。
ガサッ……。
小さく、茂みの音がした。
……風は無い……よね?
風が無いのに、なんで茂みの音なんて……と、不審に思っていた時だった。
「うぉぁぁあああッ!」
呻き声のような声を上げながら、茂みから誰かが飛び出してきた。
昔の兵士が着ていたような鎧を身に纏い、頭や体には何本もの矢が刺さっている。
足元を照らす灯りを頼りによく観察してみると、矢が刺さった所を中心に、彼の体は血だらけだった。
手に刀を持っているところを見ると……どうやら兵士の怨念さんらしい。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!」
「うわぁぁぁぁぁぁッ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁッ!」
そんな幽霊の姿に、黒澤さん、滝原さん。そして有栖川さんは、悲鳴を上げた。
すぐに三人は逃げるように走り出してしまい、それに引っ張られる形で私と如月さんも走り出す。
暗い夜道の中、転ばないように足元に気を付けながら、私達は宿泊施設に向かって走った。
幽霊は見えるし、この肝試しの設定が嘘っぱちなことも分かっている。
というか……霊感がある私が、肝試しなんて楽しめるはずないと思っていた。
だけど……最後の全力疾走は、ちょっとだけ楽しかったかも、なんて……思ったんだ。