47:ただの友達だよ
私は如月さんが洗ってくれた野菜を一つずつ手に取り、素早く包丁で皮を剥いていく。
始めたばかりの時は、黒澤さんが「あ、ピーラー……」とテーブルに置いてあったピーラーを持っていたが、私の手元を見てソッと戻した。
……ピーラーの方が楽ではあるんだけど、存在を忘れていた。
けど、今更思い出しても仕方が無いので、私は包丁でジャガイモとニンジンの皮を無心に剥き続ける。
「凄く良い手際……しかもめっちゃ綺麗だし……」
「家ではよく料理してるから……かな?」
「ふぅん……」
私の言葉に、黒澤さんはそう言いながら皮を剥き終わったジャガイモを手に取り、ジッと見つめる。
如月さんも、どこか好奇心旺盛な様子で私が皮を剥き終わった野菜をジッと見つめていた。
今まで人の前で料理をしたことなんて無かったから、自分の料理スキルがどれほどあるかなんて知らなかったな。
……意外と高かったみたいだ。
「凄い……私こんなに綺麗に皮剥いたりなんて出来ないよ」
私が剥いた皮と皮を剥いた野菜群を見比べながら、如月さんが感心した様子で呟く。
……如月さんは料理以前の問題だもんね。
そんな言葉を、すんでの所で堪える。
彼女の料理センスについては……時間がある時に料理講座でも開こう。
そんなことを考えながら、私は皮を剥き終えたジャガイモをザルに入れ、皮を剥いていないジャガイモを手に取る。
しかし、少し考えてから、私は黒澤さんに包丁を手渡す。
「手が空いてるなら、黒澤さんは皮剥いた野菜を一口大サイズに切っておいてもらっても良いかな?」
「……分かった」
小さく呟き、黒澤さんは皮を剥き終えたジャガイモを一つ手に取り、まな板の上に置く。
それから、包丁でトントンと小さく切り始めた。
こっちは良し……と……後は……。
「如月さんは……えっと……」
「あー……じゃあ、空いたもの洗っとくね。皿洗いくらいは出来るよ」
そう言ってはにかむ如月さんに、私は「任せた」と言う。
というか、如月さんは基本的にはハイスペックなんだよね。
ただ、料理をしたことがないだけで。
……野菜を洗剤で洗うのは料理以前の問題だと思うけど……。
「如月さ~ん、ちょっと良い?」
その時、どこかの班の班長が如月さんを呼んだ。
すると、如月さんは「あ、うん!」と言い、洗い終えた道具類を傍に置き、「ちょっと行って来る」と一言残してその班の元に向かった。
……洗い物の速さは凄いな……しかも、滅茶苦茶綺麗……。
如月さんが残していった洗い物を見つつ、私はピーラーでジャガイモの皮を剥いていく。
「……結城さん」
すると、黒澤さんが突然、そんな風に声を掛けてきた。
彼女の言葉に、私は「何?」と聞き返す。
私の反応に、黒澤さんは少しだけ目を逸らしてから、口を開いた。
「いや……結城さんって、如月さんと本当に仲良しだよね」
「……急にどうしたの?」
滝原さんに続けて、黒澤さんまで一体何だ?
仲良くなる方法についてなら、アドバイスすることは特に無いけど……?
そんな風に考えていると、黒澤さんは「いや」と呟く。
「なんとなく……思っただけ」
「……そっか」
相変わらず何を考えているのか分からないので、どういう意図で聞いたのかも分からない。
……如月さんと仲良くしてることって、そんなに凄いことなのかな?
いや、確かに如月さんは凄い人だし、私だって尊敬はしているけど……でも、ここまで気にされるなんて……。
「……結城さんってさぁ、如月さんのこと好きなの?」
「……ッ!?」
ヒュッと良い音を立てながら、ピーラーの刃がジャガイモを持つ私の指スレスレを通った。
あともう少し横を通っていたら、私の指は切れていたことだろう。
しかし、今はそんなことは関係無い。
私はピーラーを持ち直し、慌てて顔を上げた。
「き……急に何を……」
「いや、なんとなく思っただけ。……反応見た感じ、ずぼs」
「違うから」
黒澤さんの突拍子の無い問いに、私は慌ててそう否定をしておく。
というか、私が如月さんを好きだなんて、なんで考えるんだ。
不思議に思っていると、黒澤さんは「だって」と続けた。
「結城さん、如月さんと一緒にいる時が一番楽しそうに見えるし……昼休憩はよく二人で消えるし……この前の週末には二人で出掛けてたし……って、もしかして付き合って」
「なんでそうなる」
淡々とした口調での説明からの新たな仮説に、私はついツッコミを入れる。
私が如月さんのことを好きだとか言う妙な仮説でも疑問だと言うのに、交際中とはどういうことだ。
レイのこともあるし、ここはしっかり否定しておかなければならない。
「残念だけど、ただの友達だよ。そりゃあ、如月さんのことは大好きだけど……あくまで友達として、ね? 恋愛感情とかそういうのは、一切無し」
「……そうなんだ」
「うん。それに、私付き合ってる人いるから」
今後こういう勘違いをされないように、私はそう言って釘を刺しておく。
すると、黒澤さんは「へぇ、意外」と小さく呟きながら、ジャガイモを切る作業を続ける。
私はそれを横目に、皮を剥き終えたジャガイモをザルに入れ、ニンジンを手に取る。
「……良かった」
その時、黒澤さんが、どこか安心した様子でそんな風に呟いたのが聴こえた。
彼女の呟きに、私は「良かった?」と聞き返す。
すると、黒澤さんは小さく頷いた。
「良かった、って……何が……」
「いや、別に深い意味は無いよ。ただ……」
そこまで言って、黒澤さんは包丁を下ろす。
トン……と乾いた音を立てて、ジャガイモは切り分けられる。
ぼんやりとその様子を見ていると、黒澤さんは顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「……梓沙が……如月さんのこと、好きだからさ」