43:お弁当の王道
宿泊研修の一日目は、まず、バスでニ十分程の場所にある郷土資料館に行く。
そこで、私達の住む地域の郷土史について学習する……というのが目的だ。
施設見学はまだしも、郷土史についての説明は退屈だろうなぁと思っていたが、案外面白かった。
講師の方の話が面白かったのもあるかもしれない。中々にためになる話だった。
郷土史の学習が終わると、そのまま資料館で昼休憩となる。
資料館の周りは草原になっており、そこに各々で敷物を敷いて、弁当を食べるのだ。
基本的に一緒に食べる人は自由だが、班の構成が自由だったこともあり、基本的には同じ班の人と固まって食べている人が多かった。
私達の班も一緒で、私と如月さんと有栖川さんの三人で固まり、その近くで滝原さんと黒澤さんが昼食を摂っていた。
「うわぁ! 神奈ちゃんのお弁当美味しそう!」
弁当を開いていると、有栖川さんがキラキラした目で歓声を上げた。
突然大きな声を出してきたもんだから、私は驚いてビクッと肩を震わせた。
「え……そ、そう……?」
「うんっ。お母さんが作ってくれたの?」
……良い子なのは分かるけど、たまに私の地雷を全身全霊で踏み抜いてくるよね……。
「あぁ、いや……自分で……」
「自分で!?」
私の返答に、有栖川さんは「凄いなぁ……」と言いながら、キラキラした目で私の弁当を見つめた。
すると、弁当を開けていた如月さんが、目を丸くして私の弁当を見た。
「いつも美味しそうなお弁当だと思っていたけど……手作りだったんだ。凄いね」
「そうかなぁ……」
「そうだよ。……私、料理だけはホントにダメだから……羨ましい」
そう言って、如月さんは顔を赤らめ、恥ずかしそうに髪を耳に掛ける。
彼女の弁当は、家の方針なのか、和食が多めだ。
中を見てみると、おかずは、金平ごぼうに鯖の味噌照り焼き。それから、だし巻き卵だった。
「如月さんのお弁当は、お母さん?」
「うん。おかげで、毎日和食ばっかり」
そう言って恥ずかしそうにはにかむ如月さんに、私は「良いんじゃない?」と答える。
というか……普通に美味しそう。
私は洋食よりは、どっちかと言うと和食の方が好きだったりする。
作るのが簡単だから洋食中心の弁当だけど、出来るなら如月さんが持っているような弁当が良い。
……弁当交換、とか……したいな……。
和食食べたい。
「普通に美味しそうだと思うよ。私、こういう和食とか好きだし」
「そう? じゃあ……少し食べてみる?」
悪戯っぽく笑いながら、如月さんは鯖の味噌照り焼きを少し箸で切り取り、私に差し出してくる。
……って、えっ? アーン?
「アーン」
私の疑問に答えるように、如月さんはそう言う。
ぐッ……もう口元まで持って来られてるし、断るに断れない……。
仕方が無いので、私は差し出された鯖の味噌照り焼きの欠片を、はむっと口に咥えた。
「……んまッ!」
「本当?」
笑顔で尋ねる如月さんに、私は口を手で押さえ、コクコクと頷いた。
「うん、すごく美味しい。ありがとう」
「フフッ……お母さんに伝えとくね」
優しく微笑みながら言う如月さんに、後光が差しているように見えた。
しっかし、やっぱり食事ってその人の性格を形作るものなんだろうか……。
こんな美味しい物を毎日食べてりゃ、そりゃあ如月さんみたいな人が出来上がるわけだ。
「じゃあ、その……私は、その、タコさんウインナーを食べてみたいんだけど」
すると、如月さんは緊張したような――でも、どこかワクワクしたような――声で言いながら、私の弁当の中にあるタコさんウインナーを指さした。
彼女の言葉に、私は「これ?」と言いながら、箸でタコさんウインナーを摘まんで持ち上げる。
「そ。それ」
「良いよ。はい……」
そう言いながら如月さんの弁当に置こうとしたが、無言で口を開ける如月さんに固まる。
……アーンかぁ……。
「……アーン……」
そう呟きながら、私は如月さんの口元にタコさんウインナーを持っていく。
すると、如月さんはその綺麗な唇で私の箸先を咥え、タコさんウインナーを持っていく。
モグモグと咀嚼した彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「美味しい~。やっぱり、これってお弁当の王道って感じがするよね」
「まぁね。折角の宿泊研修だから、作ってみたんだ」
「気合入ってる~」
茶化すように言う如月さんに、私は「うるさいなぁ」と笑い返す。
まさか、こうして友達と笑い合う日が来るなんて、想像もしていなかった。
「あははっ……二人共仲良いなぁ」
すると、一緒に食事をしていた有栖川さんがそう言った。
彼女の言葉に、私はつい、彼女の昼食に視線を向けた。
……向けてしまった。
有栖川さんの食事は……コンビニ弁当だった。
どこのコンビニでも売っているような、ごく普通のお弁当。
けど……宿泊研修に持ってくるには、些か不自然だった。
彼女と一緒に昼食を食べたことは無いけど、もしかして、今までずっとコンビニ弁当なのだろうか。
一瞬湧き上がった疑問を、水筒のお茶ごと飲み込む。
……これは、私が関わるべき問題ではない。
私が左目のことや家のことに触れて欲しくないように、有栖川さんだってきっと、これは触れて欲しくない問題だろう。
面白半分に触れられたら嫌な思いをすることは……私が一番、よく知っているから。