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41:うかうかしてられないよ

「私……レイと、付き合うことになった」


 そう言った瞬間、私と如月さんの間に流れる時間が、止まったような感覚がした。

 彼女は目をまん丸く見開き、「……え……?」と声を漏らした。

 私はそれに、両手の指を組みながら、ゆっくりと続けた。


「本当は、もっと早く言うべきだったんだけど……中々、タイミングが合わなくて……」

「ちょ……ちょっと待って……」

「お待たせ致しました。ご注文の品になります」


 私の言葉を遮るように如月さんが紡いだ声を、さらに遮るようにウェイターが言った。

 彼は、私達が注文した品をテーブルに置き、速やかに離れていった。

 ひとまず私はコーヒーが入ったカップを手に取り、少し口に含んだ。

 口の中に感じる苦味と、湯気が眼帯を湿らせる感触を味わっていた時、如月さんがゆっくりと口を開いた。


「……いつから……付き合ってたの……?」

「……今週の……火曜日に……」


 私の言葉に、如月さんは「そんな……」と小さく呟いた。

 彼女の右手が、グッ……と強く握り締められているのが分かる。

 ……やはり、言うべきじゃなかったのだろうか……。

 コーヒーカップの取っ手を握る手に、力が籠る。

 カチャッ……と音を立ててカップを置いたのと、如月さんがティーカップを取ったのは、ほとんど同時だった。

 気持ちを落ち着けるように紅茶を口に含み、少しだけ味わう素振りをしてから、彼女はゆっくりと続けた。


「……分かってるの……?」

「……何を?」

「幽霊と付き合うっていう、その行為の意味よ」

「……」


 ……分かってるよ。

 そう答えたかったのに、喉が上手く鳴らなかった。

 言葉は喉に突っ掛かり、上手く声になってくれない。

 何も答えない私に、如月さんは続ける。


「幽霊は……死んでるんだよ……?」

「……そんなこと……」

「死者が生き返ることなんて有り得ない。幽霊に残された選択肢は……成仏しかないの……」

「……」


 如月さんの言葉に、私は目を伏せる。

 ……分かっていた、つもりだった……。

 しかし、実際にこうして言葉にされると、改めて現実を突きつけられたような気分になった。

 黙りこくる私に何を思ったのか、如月さんはそれ以上何も言わずに、目の前に置いてあるスコーンにクリームを付けて口に含んだ。

 しばらく咀嚼して飲み込むと、彼女はゆっくりと顔を上げ、口を開いた。


「……三年」

「えっ……?」

「……幽霊がこの世に残っていられる、最長の時間よ」


 如月さんの言葉に、私は絶句した。

 今コーヒーを飲んでいなくて良かった。

 もしも飲んでいたら、確実にカップを取り落していたから。


「三年……って……」

「もしも、レイさんが成仏する限界まで付き合おうと思っても……最長でそれくらいの期間までしか、一緒にはいられないわ。……いや……下手したらもっと……」


 短いかもしれない、と。

 手に持ったティーカップの中に吐き捨てるように、彼女は呟いた。

 そして、吐き捨てた言葉を飲み込むように、その紅茶を静かに啜った。

 しかし、覆水盆に返らず。吐き出した言葉は、元には戻らない。

 三年以内に……レイはいなくなる……。

 その事実が、私の心には深く突き刺さった。


「でも、不思議ね。幽霊が見えるなら、それくらいのことは気付いているかと思ったけど」

「……今まで……ここまで深く、幽霊と関わったことが無かったから……」


 私はそう言いながら、ショートケーキにフォークを刺し、一口サイズの欠片を切り取る。

 それを口に運び、咀嚼する。

 噛み締めるように、静かに、口の中でスポンジケーキを噛み砕く。

 そんな私に、如月さんは口を開いた。


「とにかく……私は、二人の交際は応援出来ない。……こんなの、結城さんが辛いだけだよ」


 静かに呟く如月さんに、私は咀嚼していたショートケーキを、ゆっくりと飲み込んだ。

 口に残った甘ったるい感覚を流し込むように、コーヒーを飲む。

 甘味と苦味が混ざり合うような、心地よい感覚を味わいながら、私は小さく口を開いた。


「……でも……私はレイと付き合うよ」


 私の言葉に、如月さんは目を見開く。

 彼女の反応を見なかったことにして、私は続けた。


「私が辛いなら、それで良い。……レイが辛い思いをしないなら……それで……」

「……そんなのって……」

「三年で成仏するって言うなら、それまでに私は、レイの記憶を取り戻す。この世に彼女を縛る未練があるなら、それを解決させて、気持ちよくこの世を旅立って貰う。それが……恋人である私に出来る、唯一の手助けだから」


 如月さんの目を見つめながら、私は言い切った。

 すると、彼女の顔が、どこか悲しそうに歪んだ。

 何かを我慢するかのように、またもや、拳を強く握り締めている。


「……そんな……そんなの……」

「反対する気持ちも分かるよ。……応援出来る恋じゃない。幽霊のことを一番よく知っている如月さんだからこそ……私を想って、反対してくれるんだよね?」


 私の言葉に、如月さんは静かに目を伏せた。

 その動作に合わせて、彼女の綺麗な髪が、微かに揺れる。

 彼女の反応に、私はコーヒーカップを持ち、少し口に含んだ。

 乾いた口内を湿らせていると、如月さんは顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。


「……結城さんの気持ちは分かったよ」

「如月さん……」

「結城さんがそう言うなら、私は二人の交際は止めない。……止めても無駄だもの」


 そう言って、如月さんはどこか悲しそうに微笑んだ。

 彼女の言葉に「ごめん」と謝ると、「謝ることじゃないよ」と彼女は笑った。


「けど、時間に限りがあることは変わらない。……レイさんの記憶を取り戻すなら……うかうかしてられないよ」


 如月さんの言葉に、私は何も言えなかった。

 ……レイと一緒に残された時間は、最長で三年。いや、恐らくはそれよりも少ない。

 ……のんびりしている暇は無いな。

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