33:数少ない頼れるお友達
「……で、あたしに助けを求めた、と」
「ごめんなさい……」
「いや、別に謝んなくても良いよ」
そう言って、ナギサは笑いながらヒラヒラと手を振った。
翌日、私はいつもより早い電車で学校に来て屋上に行き、ナギサに助けを乞うた。
レイも付いて来たそうにしていたが、ナギサが機転を利かせて誤魔化してくれた。
そして現在、ひとまず人気の無い体育館裏まで行って、ナギサにこれまでの経緯を話した。
……こんな時ばかりナギサに頼るのは、かなり都合が良いことをしている自覚はある。
けど、この場で頼れる相手はナギサしかいないと思った。
「にしても……沙希ちゃんもレイちゃんも、両方大事にしたい……ねぇ」
「難しいけど……二人共大切だから……」
私はそう言いながら、目を伏せる。
……優先順位なんて、付けられないよ。
今まで友達がいなかった私には、今いる友達全てが宝物なんだ。
誰か一人を切り捨てるなんて真似……したくない。
「……別に、レイちゃんは宿泊研修のこと、そこまで気にしてないのに」
すると、ナギサはどこか呆れたように笑いながらそう言った。
彼女の言葉に、私は「え?」と聞き返す。
ナギサはそれに「だってさ」と続けた。
「神奈ちゃんが優しいから一緒にいてくれてるだけで、そもそもあたし達は所詮、幽霊だからね」
「……そんな……」
「遠慮しなくても良いよ。……分かってるから」
小さく言うナギサに、私は言葉を詰まらせる。
すると、彼女は金色に染色された髪を指で弄びながら続けた。
「あたしもレイちゃんも、結局は死んだ人間の魂でしか無いじゃん? ……生きてる人間の邪魔したり、迷惑掛けたりする権利……無いもんね?」
「……」
ナギサの言葉に、私は言葉を詰まらせる。
……笑いながら言う彼女の顔が、凄く悲しそうだったから。
何も言えない私に、ナギサは前髪を指で構いながら続けた。
「あたしだけじゃない。レイちゃんだって、それくらい分かってる。……だから、神奈ちゃんが気に病む必要は無いよ」
「……そんな……」
「正直、こうして時間を割いて話してくれるだけでも充分嬉しいんだからさ。オマケにレイちゃんとは、記憶を取り戻す手伝いをする約束までしちゃって……これ以上望むなんて、幽霊のあたし達にはおこがましいじゃん」
「……そんな……悲しそうな顔で、言わないで下さいよ……」
私の言葉に、ナギサは「え?」と首を傾げる。
悲しそうな……泣きそうな……歪な笑顔。
そんな顔で言われても、はいそうですかと納得できるわけないじゃないか。
「……それに……幽霊かどうかなんて、関係ありませんよ」
俯きながら、私はそう続けた。
……幽霊か人間か……生きているか死んでいるかなんて、関係無い。
確かに私も、幽霊より人間を優先するべきだということくらいは分かっている。
如月さんとレイのどちらを優先するべきかなんて、普通なら考えるまでも無い。
でも……。
「私にとっては、如月さんも、レイも、ナギサも……皆大切な友達です」
だから、皆を大事にしたいんです……と。
ナギサの目を真っ直ぐ見つめながら、私は言った。
そんな私の言葉に、ナギサはしばらくポカンとした後、クスッと微笑んだ。
「神奈ちゃんって、割と……優柔不断だね?」
「……友達を持った経験が少ないので、一人も失いたくないんですよ」
「ははっ、それじゃあしょうがないか」
ナギサはそう言って、ケラケラと笑う。
もうすっかり、彼女の纏っていた悲壮なオーラは消えていた。
彼女は腕を組み、「そっか、そっか」と言う。
「んじゃ、まぁ……神奈ちゃんにとって数少ない頼れるお友達として……応えなくちゃね」
「フフッ……頼りにしてます」
「うむ。頼られた」
ニカッと笑いながら言うナギサに、私も笑い返す。
彼女は顎に手を当てしばらく考え込み、ゆっくりと続けた。
「でも、まぁ……難しいよねぇ。そもそも、レイちゃんと神奈ちゃんが会えるのって、この朝の時間か昼休憩しかないわけだし……」
「……だから悩んでるんじゃないですか……」
「そうでした」
悪戯っぽく笑いながら言うナギサに、私は小さく溜息をついた。
すると、彼女は「ごめんごめん」と、少し笑いながら謝罪してくる。
絶対悪いと思って無いじゃん……別に良いけどさ。
「うーん……宿泊研修で会えない分の時間を埋める方法……か……」
しばらく考え込んでいたナギサは、少しして、ポンッと手を打った。
それに私は「何か思いついたんですか?」と、期待を込めて聞いてみる。
すると、ナギサはコクッと笑顔で頷く。
「神奈ちゃん、ちょっと耳貸してね」
「はい?」
私が耳を傾けてみると、ナギサは両手をメガホンのようにして、小声でその案を囁いて来た。
ナギサの案を聞いた私は「はぁッ!?」と、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ちょっ……それ、本気で言ってますか?」
「でも、しばらく会えないことへの罪滅ぼしをしたいんでしょう?」
「それはッ……まぁ……」
「んじゃあ、分かってるよね?」
ナギサの言葉に、私は口を噤む。
まぁ、確かに……ナギサの提案は、この問題を解決するのには最適だとは思うけど……。
ただ……私の羞恥心を少々捨てる必要がある。
けど、背に腹は代えられない……か……。
「……分かりましたよ。やります」
「よしっ、そうこなくちゃ」
ニカッと笑うナギサに、私はげんなりした。
他人事だからって……。
けど……正直これくらいしないとレイと如月さんを平等に扱うなんて無理な話だし、ナギサの提案自体はかなり良い物だと思う。
「……なんか、ナギサってお姉ちゃんみたい」
「ん? 急に何?」
小さく笑いながら聞くナギサに、私は「なんとなく」と答えつつ笑う。
なんていうか……もし私に姉がいたら、こんな感じなのかな、と思った。
頼り甲斐があって、相談したらちゃんとした案を出してくれる……良いお姉ちゃん。
そういえば、こうしてみると、ナギサとちゃんと話したのはこれが初めてかもしれない。
今まで屋上に行くと、レイとばかり話していたし……。
たまにはこういう風に二人で話してみるのも悪く無いな、と、なんとなく思った。