31:何でもないですよ
「「宿泊研修……?」」
宿泊研修の話をすると、レイとナギサは声を揃えてそう言った。
彼女等の言葉に私は「うん」と頷き、片手で弁当を摘まみながら、もう片方の手で持ったプリントを見た。
「一泊二日で、まぁ、あの山にあるペンションかどっかで色々するみたいです」
そう言いつつ、私は箸を持った手で屋上から見える山を指し示した。
すると、隣で弁当を食べていた如月さんは「うーん……」と苦笑した。
「正確には、もう少しこっちね」
そう言って、彼女は私の手を掴み、少し左に動かした。
すでに、その会場の場所すら把握しているとは……中々やるな。
そんな私達の言葉に、ナギサは「ふーん……」と言いながら、私の箸が向いている方に視線を向けた。
少ししてから私達に視線を戻し、ゆっくりと続けた。
「……じゃあ、その間は二人共学校にいないってわけか」
「うん。だから、承知しといてもらっても良いですか?」
私の言葉に、ナギサは数秒程吟味するような間を置いてから、笑顔で頷いた。
「うん。良いよ」
「良かった……レイは?」
そう言いながらレイに視線を向けてみると、彼女はどこか残念そうな顔でその場に佇んでいた。
まさかそんな顔をするなんて思っていなかったので、私は「え……!?」と固まってしまう。
すると、彼女はチラリと私を見て、少し目を伏せつつ続けた。
「……結城さんとは……二日間も会えないんですね……」
「うッ……」
残念そうに呟くレイに、私は言葉を詰まらせる。
まぁ、うん……それは事実だけどさ……。
「……確か、宿泊研修の後ですぐに土日に掛かるから……合計で四日間だね」
罪悪感に蝕まれていた時、如月さんがサラリと追い打ちをかけた。
彼女の言葉に、レイはさらに悲しそうに顔を歪めた。
っていうか、私もかなり衝撃を受けてしまった。
日程をきちんと理解していなかったせいだけど……まさか四日間もの間、レイと会えないなんて……。
何より驚いたのは……その事に、かなりのショックを受けている、自分自身だ。
……別に……レイと四日間会えないことくらい……良いじゃないか……?
ナギサと四日間会えないことについては何とも思わないし、大体、中学の時だってこういう宿泊系のイベントは何度かあったじゃないか。
今更、これくらいでショックを受けるなんて……変だ……。
「……結城さん?」
自分の感情に悩んでいると、レイが不思議そうに尋ねながら、顔を覗き込んで来た。
突然の接近に、私は「うわッ!?」と驚いてしまい、仰け反る形で距離を取る。
すると、レイはキョトンと不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げた。
「どうしたんですか? 何か……考え事をしていたような……」
「あ、あぁ、いや、その……」
レイからの質問に、私の口は答えを濁そうと動いてしまう。
……いや……直接言ってしまえば良いじゃないか。
なんで、彼女に隠す必要があるんだ?
私達はただの友達なんだし……友達に会えないからショックを受けることは、普通じゃないか。
何も変なことなんて無いのだから、正直に言えば良い。
私がレイに会えなくてショックを受けているのは……友達、だからだ……。
それ以外の理由なんて……無い……。
「えっと……あの……何でもないですよ」
けど、私の口は……嘘を紡いだ。
正直に言うつもりだったのに、気付けば、誤魔化していた。
私の言葉に、レイはしばらくキョトンとした表情を浮かべて、「そう……ですか……」と呟いた。
……心を蝕んでいた罪悪感が……加速する……。
正直に言えば良かったじゃないか。
レイにしばらく会えないことが悲しくて落ち込んでいたって、言えば良かったじゃないか。
なんで言わなかったんだ……なんで……隠したんだ……。
「……うぅ……」
考えていると、段々頭が痛くなってきた。
まだ完治し切っていない風邪が、少しぶり返した気分だ。
頭を押さえていると、如月さんが青ざめた顔で私の顔を覗き込んで来た。
「結城さん大丈夫? 頭痛い?」
「え? あぁ……大丈夫だよ。平気」
心配してくれる如月さんに、私は笑顔を浮かべつつそう答える。
すると、如月さんは「それなら良かったけど……」と呟く。
少しして、彼女は「そうだ」と明るい声で言う。
「結城さん。今度の週末って暇?」
「え? ……予定は無いけど……」
「じゃあさ、今度一緒に買い物に行かない? ……宿泊研修でいる荷物とかさ、お菓子とか、色々買いに行きたいなって」
微笑みながら言う如月さんに、私は無性に嬉しい気持ちになった。
友達と週末にお出かけ! 友達と買い物!
中学時代に憧れていたイベントに、胸が高鳴った。
すぐに、私はコクコクと頷いた。
「うんっ! 行きたい!」
「ホント? それじゃあ細かい日程とかは、持ち物とかが正確に決まってからにしよっか」
「うん。……わぁ、楽しみだなぁ……」
如月さんからの誘いが嬉しくて、途端に顔がにやけそうになる。
……良く考えたら、宿泊研修の間は確かにレイとは会えないけど、如月さんや有栖川さんとは二日間ずっと一緒なんだ。
なんだかレイに会えないショックが大きくて忘れてたけど、そう考えると、宿泊研修もそれはそれで楽しみだと思った。
「……私も行きたいです」
すると、レイが落ち込んだ様子でそう呟いた。
あぁ、そっか……レイは行けないからなぁ……。
でも、これに関してはどうしようもない問題だし……私は息をつき、レイに向かって口を開いた。
「ごめんね……? 私も、レイともっと会いたいけど……仕方が無い問題だから……」
「あ、いえいえ! 大丈夫、ですよ……気にしてないです」
私が謝ると、レイはどこか泣きそうな笑顔を浮かべた。
……彼女の問題も、どうにかしてあげたい。
けど、宿泊研修に連れて行くわけにもいかないし、土日に会うのも難しいし……困ったな……。