3:何て呼べば良いですか?
教室に行こうかと思ったが、幽霊の少女の相手をしている内に二時間目になってしまっていたので、休憩時間になるまで屋上で引き続き少女の相手をすることにした。
少女はキラキラした目で私の隣に腰かけ、矢継ぎ早に質問してきた。
私が誰なのかとか、なんで幽霊が見えるのかとか、どこから来たのかとか。
ひとまず私は答えられる質問にだけ答え、答えたくない質問は濁した。
幽霊が見える理由とか、なんで眼帯をしているのか、とかね。
彼女も私の機嫌を損ねたら自分が損するだけだと理解しているのか、私が答えを濁すとそれ以上は聞いてこなかった。
しかし、正直彼女の相手をするのも、少し疲れてきた。
そもそも私に自分から好んで話しかける相手など、今までほとんどいなかった。
だから、こんなに誰かと話したのも、かなり久しぶりなのだ。
おかげで、正直彼女の相手をしようなどとは思わず、教室に向かえば良かったとすら思い始めている。
……いや、やっぱり彼女の相手をしている方が、気が楽ではあるか。
ただでさえ目立つ見た目なのに、入学式直後の特別授業の最中に教室に乱入なんてしたら、悪目立ちして変な目で見られるのが分かっている。
せめて休憩時間中にひっそり入る方が、少しは注目されなくて済みそうだと思う。
そうなると、まだしばらくはこの少女の相手をしていた方が良いかもしれない。
「それにしても、結城さんは落ち着いていますよね? もしかして先輩ですか?」
「いや……多分違うと思います。昨日入学してきたばかりなので」
「あぁ……では、多分後輩さんですね。気軽に先輩と呼んでくれても良いですよ!」
「……そういえば、貴方の呼び方を決めていませんでしたね」
少女の言葉に、私はそう呟く。
なんかもう、今更な気がするけど……。
私のことに、少女は「そういえば」と言いたげにハッとした。
……自分のことなのに、なんか緩いなぁ。
少し苦笑し、私は口を開いた。
「何て呼べばいいですか? 先輩さんとかで良いですか?」
「先輩さんって……折角だから、結城さんが名前つけて下さい!」
「……えっ、私が?」
予想もしていなかった展開に、私は素っ頓狂な声を上げた。
すると、彼女は胸の前でグッと拳を握り締め、コクコクと頷いた。
「はいっ! 結城さんに貰った名前なら何でも嬉しいですよ!」
「じゃあ例えば×××(自主規制)でも良いの?」
「それはただの侮辱じゃないですか……」
私の冗談に、少女は引きつったような笑みで答えた。
まぁ、流石にちょっと言い過ぎたかな。
顎に手を当て、私は考える。
少女の名前、か……名前……名前……。
こうしてみると、中々難しいな。
そもそもまともに友達が出来たこともないので、名前どころかあだ名すら付けたことがない。
しかし、ワクワクした様子でソワソワと私を見ている少女を見ていると、下手なことは言えない。
名前……名前……。
「……幽霊を略して……ユウ、とかどうですか?」
悩んだ挙句、かなり安直な名付けになってしまった。
私の言葉に、少女はしばしキョトンと目を丸くした。
数刻後、パァッと明るい笑みを浮かべた。
「良いですね! ユウ! 素敵な名前です!」
「えっ? そう?」
「はいっ! ただ……その……」
そこまで言って、少女は目を逸らす。
何だろうか、と不思議に思っていると、彼女はモジモジと恥ずかしそうにしながらこちらを見て、続けて口を開いた。
「その名付け方だと……レイ、の方が……しっくりくるなぁって……」
「……その心は?」
「べ、別に特別な意味は無いんですけどね! なんとなくです!」
ワタワタと慌てた様子で言う少女に、私はポカンとしてしまった。
何を動揺しているんだか……。
私は頬杖をつき、肘を太腿の上に乗せながら、口を開いた。
「……じゃあ……レイ?」
「っ……! はいっ!」
私が名前を呼ぶと、少女――レイは、嬉しそうに笑って答えた。
理由はよく分かんないけど、彼女が喜んでくれたら良かった。
一人でそんな風に考えていると、レイがキョトンとした顔で私を見ていた。
「……ん? 何?」
「いや……結城さんの笑顔が可愛いなぁって」
「へっ!?」
レイの言葉に、私は素っ頓狂な声を上げて固まった。
私……笑っていたのか?
いや、それよりも……可愛い!?
今まで一度も言われたことない褒め言葉に、途端に恥ずかしい気持ちになる。
咄嗟に、私は顔を隠すように両手を挙げた。
しかし、レイは私の両手をすり抜け、顔を近付けてきた。
「ぎゃー!?」
「なんで隠すんですかぁ! すっごく可愛いのに!」
不満そうに言うレイを引き離すように、私は仰け反りながら両手をブンブンと振る。
しかし、幽霊のレイに通用するはずなく、私の両手は彼女の体をすり抜けた。
仕方が無いので私は両手で顔を覆い、レイから顔を庇う。
「そ、そんなに笑顔を見られるのが嫌なんですか?」
「や……そういうわけじゃ、ないん、だけど……可愛いとか、言われたことないから……恥ずかしくて……」
そう言いながら、私は指の隙間からレイを見る。
恐らく、今私の顔は真っ赤になっていることだろう。
手の中でくぐもった声を漏らす私に、レイはしばらく不思議そうな顔で私を見ていた。
それから、ハッと何かに気付いた様子で、私に顔を近付けてきた。
「結城さん……可愛いって言われたことないんですか!?」
「そ、そうだよ……」
「なんでですか! 結城さんは可愛いですよ!」
「うぐッ……!?」
迷いなく言うレイに、私は呻く。
羞恥心が込み上げ、指の隙間を閉じて顔を完全に隠した。
何より恥ずかしいのが、これがお世辞でも何でも無い、心からの言葉だということが分かってしまうことだ。
その証拠に、彼女の目には純真無垢な光が宿っていた。
何も言えずにいた時、二時間目終了のチャイムが鳴った。
「あっ……じゃ、じゃあ私は、教室に行くから!」
「えっ、ちょっと……!」
私を止めるように声を上げるレイを無視して、私は鞄を持ち、逃げるように屋上の扉のドアノブに手を掛ける。
「結城さん! 顔が赤いままですよ!」
すると、背後からそんな風に指摘された。
彼女の指摘に反応するように、顔がさらに熱くなった。
「だッ……誰のせいだと思ってるんですか! 馬鹿!」
苦し紛れに叫び、私は慌てて扉を開き、屋上を飛び出した。
ホンット……最悪だ……。