23:化け物
<結城神奈視点>
今日も眠気を堪えながら、私は学校に行く。
相変わらず人の目を感じるが、今更気にしても仕方がない。
今日も何度目かになる溜息をつきながら、私は教室の扉を開いた。
「っ……」
教室に入った瞬間、私は言いしれない威圧を感じ、その場で立ち止まった。
何だろう……視線を感じるのはいつものことだが、いつもより……その目が鋭く感じる。
まるで異物を見るような……そんな目だった。
そこで、私はハッとその理由に気づき、自分の左目に触れる。
……眼帯が……無い……。
「……ッ!」
私はすぐに肩に掛けていたカバンを床に置き、チャックを大きく開けた。
確か、普段使っている眼帯に何かあった時の為に、予備で使い捨ての眼帯を何本か入れていたはず!
見られたとか、そんなことはどうでもいい!
とにかく隠すんだ! これ以上……見られたくない……!
しかし、気持ちは焦る一方で、眼帯は中々見つからない。
どれだけ鞄の中を懸命に探しても、一向に眼帯は出てこない。
嫌だ……なんで……なんで出てこないの……!?
こういう時の為に、常にすぐに出せる場所に入れていたはずじゃないか……!
「うわ……」
「気持ち悪い……」
「何あれ……」
声がする。私を気味悪がる、声がする。
やめて……そんな目で、私を見ないで……そんな声で、私を気味悪がらないで……。
私は過呼吸になりそうなのを必死に堪えながら、左目を手で押さえ、その場でへたり込む。
お願いだから……私を見ないで……。
教室を出ていきたくとも、体が言うことを聞かない。
人から向けられる畏怖の目に、私の体は怖気づき、その場に私を縛り付ける。
右目だけでクラスを見渡せば、如月さんや有栖川さんも、まるで恐れるような目で私を見ているではないか。
お願いだから、見ないでくれ……あの二人には特に、見てほしくなかった……。
「……結城さん……?」
その時、私の名前を呼ぶ声がした。
……今一番、聞きたくない声だった。
私は左目を隠したまま、ゆっくりと顔を上げた。
「……レイ……」
「結城さん……その目……」
レイはそう言いながら、私の隠す左目部分を、ゆっくりと指さす。
彼女の言葉に、私は目を押さえたまま、後ずさるように距離を取る。
「ぁ、ゃ、やだ……みないで……」
掠れた声で言いながら、私は必死に後ずさる。
如月さんや有栖川さんだけでなく、レイにまで見放されたら、私はいよいよ立ち直れない。
必死に隠しながら後ずさろうとするが、体が言うことを聞かず、その場に尻餅をついてしまう。
その拍子に、咄嗟に後ろに両手をつき、左目を露わにしてしまう。
「ヒッ……」
私の左目を見たレイは、怯えた声を漏らしながら、後ずさるようにして私から距離を取る。
咄嗟に何か弁解しようと試みるが、私の左目に関する良い言い訳など思いつかず、パクパクと口を動かすことしか出来ない。
そんな私を見て、レイは青ざめた表情のまま、ゆっくりと口を動かした。
「……化け物……」
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「……ハッ!?」
目を開くと、そこは真っ暗な私の部屋だった。
暗くて何も見えない。時計の針が時間を刻む音が、辺りに響き渡っている。
そんな中で、私の呼吸は荒くなり、乾いた呼吸音を部屋の中に響かせる。
汗でびっしょりと体が濡れ、心臓がバクバクと太鼓のような爆音を奏でている。
……今のは……夢……?
やけに感覚がリアルで……最悪の夢だった……。
夢だった、とひと安心したのも束の間、私は慌てて眼帯の有無を確認するべく左目に触れた。
……眼帯が……無い……。
「や、やだ……どこ……!?」
小さく口にしながら、私は手探りでベッドの上を探す。
冷静に考えれば、電気を点ければすぐに見つかっただろう。
しかし、そんなことに気付く余裕すら無く、私は必死で眼帯を探した。
けど、眼帯が見つからない。
嫌だ……なんでッ……!
動かした手が空ぶる度に気持ちは焦り、心臓はバクバクと高鳴って、変な汗が噴き出す。
それでも私は必死に手を動かし、眼帯を探し続けた。
「ッ……!」
どれくらい探していた頃だろうか。
指先が何か、今までとは違う何かに触れたのを感じ、私は慌てて引っ掴んで自分の手元に手繰り寄せる。
それから、手触りで、それが眼帯であることを確認する。
掌より二回りくらい小さい布に、細い紐が繋がっている。
こ、これだ……。
「ハッ……ハァッ……ハァッ……」
安堵から、私は大きく浅い呼吸を繰り返した。
喉はカラカラに渇き、呼吸を繰り返す度に、掠れた息を吐く。
すぐに、私は眼帯を左目に装着した。
まだ体中に汗が滲み、呼吸は荒く、鼓動は高まるばかり。
……恐らく、寝返りを打った拍子にでも、外れたのだろう。
頭の中のどこか冷静な部分で、そう判断する。
だからって……あんな夢を見るだなんて……。
気付かない内に私は、如月さんや有栖川さん……そして、レイに……依存していたみたいだ。
心を許したわけではないけど……嫌われたくないと、無意識の内に思ってしまうくらいには……。
でも、だからこそ……この眼帯の下は、見せられない。
この眼帯の下を見せたら……皆、私から離れて行く。
だから私は、これからも、このことを隠し続けなければならない。
誰にも……このことは、知られてはいけない。
眼帯が見つかった安堵からか、ドッと疲労感が押し寄せた。
その倦怠感に身を任せ、私はベッドに倒れ込む。
枕に顔を埋めながら、私はぼんやりと虚空を見つめた。
「……苦しい……」
小さく、私は呟いた。
ベッドのシーツを握り締め、泣きそうになりながら、私は枕に顔を埋めた。
「苦しい……辛いよ……」
口から出るのは、弱音ばかり。
私はシーツを強く握り締め、湧き上がって来る弱音をそのまま吐露する。
「助けてよ……お父さん……お母さん……」