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20:頼みたいことがあってね 如月沙希視点

<沙希視点>


 私は小さい頃から、良い子でいなければならなかった。

 神社を営む両親の間に生まれ、その家系に相応しい良い子であることを強要された。

 別に将来の夢も特に無いし、両親の後を継いで神社を営むこと自体には、何の感情も抱かなかった。

 ただ両親の望む良い子を演じ、愛想良く振る舞い、成績も常に上位を取り続けた。


 いつからだろう……自分の心に、虚しさを覚え始めたのは。

 他の人間から向けられる、羨望の目。皆は私を頼り、困った時はすぐに私の元に寄ってきた。

 しかし……私自身を必要とはしてくれなかった。

 ただ、困った時は助けてくれる、便利屋のような扱い。


 いつしか私は、他人への興味を失っていた。

 皆が私を必要としないならば、私も皆を必要としない。

 一人で生きていけばいい。他の人間は全て、その為に利用すれば良い。

 そう心に決めてから、私にとって、人は全て自分の人生の為の道具と化した。

 いつも通り良い子を演じ、皆に頼られる優等生を演じた。

 この社会では、信頼こそが最大の武器。多くの人間からの信頼を勝ち取り、私は自分の人生を有利なものへと変えた。


 中学生になると、私の学校での優秀ぶりを聞いた先生に頼まれ、車椅子に乗った生徒と仲良くしてやってほしいと頼まれた。

 私からすれば車椅子程度何のこともないと思うのだが、ひとまず、他のクラスメイトと同様に困った時は助け、頼られたら応えるようにした。


 高校生になってもきっと、そんな生活が続くものだろうと思っていた。

 優秀な成績のおかげで、私は一般推薦で志望校に入学した。

 そして案の定、入学式の後、私は担任に呼び出された。


「如月さん。君の評判は前の学校の先生からも聞いているよ。人望の厚い、とても優秀な生徒だ、とね」

「そんな……大袈裟ですよ」


 ニコニコと笑いながら言う担任に、私は笑って謙遜をする。

 まただ。また、良い子の私を必要としている。

 同じようなことが、中学校の入学式の日にもあった気がする。

 あの時は確か、車椅子の子のことを頼まれたんだったか。

 今回もそのパターンだろうか。


「それで、そんな君に頼みたいことがあってね」

「はぁ……何でしょうか?」


 すっとぼけてみるが、もう私の中では確信に変わっていた。

 また車椅子の子のように気遣えば良いのだろう。

 私の不利益にならない範囲であれば構わないけど……面倒だな。


「クラスに、結城神奈っていう生徒がいるんけど……ホラ、ちょっと見た目が変わっている子がいただろう?」

「……あぁ、いますね」


 分かったように言ってみるが、正直ピンとこない。

 見た目変わった子なんていたかな……そもそもクラスメイトの顔なんて、覚えてないや。


「彼女は少々特殊な生徒でね……良かったら、仲良くしてあげてほしいんだ」

「面倒……ですか?」

「うん。ホラ、あんな見た目だし……クラスで浮くと思うんだよ。だから、頼めるかな?」


 ダメだ……ここまで先生に気遣われるほどの見た目の生徒がいたかどうかも思い出せない。

 とはいえ、分かったフリをした手前、今更そんなことも聞けやしない。

 そもそも、どんな生徒でも断るつもりはないし、先生からの評価を上げるためにも聞いておこう。


「分かりました。良いですよ」

「本当? 良かった」


 安堵した様子で言う先生に笑い返しつつ、私は考える。

 本当に……皆めんどくさいな。

 見た目がちょっと変わっているだけで、そうやって区別して……特別な人間なんて、存在しないのに。

 皆等しく人間で、生きている。むしろ、生きているだけ良いじゃないか。


 私には幽霊が見える。

 この如月家は昔からそういう家系らしく、私にもその能力はしっかりと受け継がれていた。

 人には隠せと両親に言われたから、見えないフリをして、今では存在しないものとして扱えるようになった。

 だからこそ、私にとっての人の判別基準が、幽霊か否か――生きているか死んでいるか――になっている部分はある。

 生きていれば何でも良い。どんな見た目でも、所詮は一人の人間でしかないのだから。


 だからこそ、結城という生徒がどういう見た目なのかは、正直かなり気になった。

 教師にここまで言わせる割に、私の記憶には一切残っていない生徒。

 車椅子の生徒は、入学式の日でもそれなりに記憶には残っていた。

 しかし、結城という生徒に関しては、全くと言って良い程に記憶になかったのだ。


 翌日学校に来た時、私は真っ先にその結城という生徒を探したが、学校に来る途中で体調を崩したらしく、保健室に行っているとのことだった。

 残念ではあったが、体調不良では仕方が無い。

 私は諦め、いつも通り良い子を演じた。


 それから二時間の授業を経た休憩時間にて……ようやく、彼女との出会いを果たす。

 体調が治ったのか教室に入って来た彼女は……思っていたよりも普通の生徒だった。

 髪色が人と違って、左目に白い眼帯を着けていたが……それだけだった。

 この程度であんな風に言われるなんて……と、私は少し冷めてしまった。


 けど、先生から仲良くするように頼まれたのは事実。

 面倒だけど、一度交友はしておいた方が良い。

 そう思った私は、それまで話していた生徒達に断り、結城さんの方に向かった。


「結城さん……だよね?」


 席についた結城さんに、私はそう声を掛ける。

 すると、彼女はビクッと肩を震わせ、私を見上げた。


 次の瞬間、私は言葉を失った。

 彼女が私を見る目が……私に何かを乞うような、必要とするような目をしていたから。

 たった一言の挨拶。名前を確認するだけの、それだけの言葉。

 それだけで……彼女はここまで、私を必要としたのか。

 こんなの、良い子を演じるまでもない、何の変哲もない言葉なのに。


 ……彼女が求めているのは、良い子の私ではない。

 こんな一言で、私の性格など分かるはずもない。

 ということは、彼女は……ただ、私を必要とした……?


「初めまして、結城さん。私は如月 沙希」


 気を取り直し、私は自己紹介をする。

 すると、彼女はその何かを乞うような目をしたまま、しばしフリーズしていた。

 ……あれ……何か変なこと言った……?

 今更こんな自己紹介で躓くことは無いはずだけど……。

 ひとまず、私は笑顔を緩め、「えっと」と開口する。


「もしかして……迷惑だった?」

「あ、ううん。そうじゃなくて……なんで、私に声を掛けてきたのかな……って、思って」

「えっ? 話しかけたかったから、以外に理由があるの?」

「……いや……」


 私の問いに、結城さんは口ごもりながら目を逸らす。

 しかし、その目にはどこか嬉しそうな感情が籠っているように見えて、目を逸らす素振りも照れ隠しに見えた。

 ……喜んでいる……のか……?

 私は別に、彼女に何の施しも与えてはいないのに。

 こんな反応は初めてで、こちらが少し戸惑ってしまう。


「それにしても結城さん、大丈夫?」

「えっ?」

「二時間も授業休んだから、体調悪いのかなって……」

「……あぁ……ちょっと、気分が悪くなっちゃって……でも、二時間も休んだんだし、もう大丈夫」

「そう? 良かった」


 話せば話す程、結城さんの目に嬉しそうな感情が増えていく。

 ただ話しているだけなのに……私は彼女に、良い子な一面など、ほとんど見せていないのに。

 僅かに困惑していた時、授業開始のチャイムが鳴った。


「あっ……じゃあ、また次の休憩時間に」

「う、うん」


 会話を打ち切り、私は席に戻る。

 ……何だろう……この感情は……。

 彼女は私に、何を求めているのか。

 良い子は求めていない……と思う。

 でも、それなら……私自身を、求めてくれているのかな……。


 ……もっと……話してみたいな……。

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