2:それでも良いですか?
さて……非常に困った状況になってしまった。
私は普段、幽霊が見えないフリをして過ごしている。
幽霊がいても自然体を保ちつつ、その存在が無いものとして無難にやり過ごす。
だって、幽霊に反応したら何も無い空間に話しかける変な女になってしまうし、何より幽霊と関わりを持ってもロクなことが無いだろう。
しかし、今は別だ。
心が弱っていたことと、屋上に幽霊がいることなど全く考えていなかった為、普通に幽霊を見てしまった。
というか、現在進行形で目が合っている。
私と見つめ合っている幽霊の少女は、徐々にその目をキラキラと輝かせ、詰め寄ってくる。
「あの……もしかして、私のこと見えるんですか!?」
ヤバい……なんとか誤魔化さなければならない。
しかし、ここで下手に目を逸らせば、彼女のことが見えるのを認めることになる。
だからと言ってこのまま見つめ合っているのもどうかと思うし……言葉で誤魔化すのなんて論外だ。
逃げても幽霊だから余裕で壁とかすり抜けて追いかけてくるし……あれ? これ詰んでね?
「見えてますよね? 私のこと……幽霊が見える方なんですね!」
期待の眼差しで見つめてくる幽霊に、私は何も言えない。
どうしよう……このまま認めてしまった方が楽ではないか?
いや、でもなぁ……ここで認めたら、それこそ何か色々と面倒なことになりそう。
「あの……聞こえてますかぁ? もしかして、見えるだけ見えて声は聞こえないタイプ?」
違う……断じて違うのだけれど……うーん……。
悩んでいる間に幽霊はクルクルと私の周りを回って、続ける。
「見えてて聞こえるのであれば反応して下さい。私困ってるんです」
「……」
「話だけでも聞いて下さい! お願いします!」
「……はぁ……」
必死に懇願してくる幽霊に、私はため息をついた。
それから幽霊と改めて目を合わせ、口を開いた。
「……何に困ってるんですか?」
さよなら、私の平穏な高校生活。
いや、最初からそんなものは存在していないのだが……そこまで考えて、なんだか虚しい気持ちになった。
私の言葉に、幽霊はパァッと明るい笑みを浮かべ、口を開いた。
「実は、私幽霊になってから記憶が無くて……ここがどこかも、自分が誰なのかも、右も左も分からないのが現状なんです!」
「……まぁ、幽霊ってそんなものですからね……」
ここだけの話、私は幽霊が見えるようになったばかりの頃は、幽霊ともそれなりに話したりはしていた。
話したことがある幽霊は全員共通で、記憶を全て失っていた。
だから、この少女もそうなんだろうなぁとは思っていた。
「そうなんですか……それで、記憶を取り戻す手伝いをしてほしくて……」
「……めんどくせぇ……」
「心の声が漏れてませんか!?」
おっと、ついうっかり本音を漏らしてしまった。
私は「気にしないで下さい」と誤魔化し、続けて言った。
「あの……ごめんなさい。流石にそれは無理ですね」
「なぜですか?」
「いや……だって、手掛かりが無いじゃないですか」
そう、手掛かりが無いのだ。
私と同じ制服を着ている辺り、この学校の生徒ではあるだろう。
しかし、分かることと言えばそれくらいだ。
幽霊は年を取らないから何年前の生徒なのかも不明だし、彼女自身が何年生なのかも分からない。
この学校の過去の生徒全てからこの少女を探し当てるなど、流石に無謀過ぎる。
「手掛かり……」
「だから、流石に貴方の手伝いをすることは……」
断ろうとした時、私は言葉を詰まらせた。
なぜなら、少女の顔が悲しそうに歪んだからだ。
彼女はその目に涙を浮かべ、口を真一文字に結んだ。
おいおい……よしてくれよ……。
そんな顔をされたら、私が悪いことをしているみたいじゃないか。
動揺している間に、少女は涙を手で拭いながら、震える声で言葉を紡いだ。
「そ……それなら、仕方がないですよね……すみません……無理言って……」
「……あぁー……もう!」
悲しそうに言う少女に、私はそう声を上げた。
すると、彼女はビクッと肩を震わせて、私を見た。
私は彼女の目を見つめ返し、口を開いた。
「正直、私だって幽霊のスペシャリストってわけじゃないから、貴方の記憶を確実に取り戻せるとは限りません。さっきも言いましたけど、手掛かりも無いし……正直取り戻せる可能性はゼロに近いと思います」
「……えっと……」
「それに、私にも高校生としての生活はあるし、手伝うとしてもその生活の妨げにならない範囲になります。でも、手伝う時は全力で手伝いますから……」
そこまで言って、私は心の中で自嘲した。
幽霊には関わらないって決めたのに、なんでこんなに、自分から関わろうとしているのだろうな……と。
いや、そもそも私がここに来たのは、人に会いたくなかったからだ。
それなのに、誰かに会って、関わって……自分の言動が矛盾していることは自覚している。
ただ……放っておけなかった。
「……それでも、良いですか?」
私の言葉に、少女はしばらくの間キョトンとした表情を浮かべた。
数瞬後、パァァと目を輝かせた。
「ほ、ホントに? ホントに良いんですか?」
「う、うん……私に出来る範囲に限るけど……」
「充分ですよ! ありがとうございます!」
私の言葉に、少女はそう言ってピョンピョンと軽く飛び跳ねた。
……放っておけなかったから、手伝うだけ。
彼女を傷つけてしまったような、罪悪感に蝕まれるのが嫌なだけ。
ただ、それだけ。
……それだけの、はずなのに……。
なんで彼女の笑顔を見ていると、こんなに嬉しいんだろう。