表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/124

17:私だけの問題じゃないから

「……え……」


 如月さんの言葉に、私は掠れた声を発しながら固まる。

 分かりきっていたことだし、ある程度は予測していた。

 しかし、改めて言葉にして表されると、想像以上にショックが大きかった。


 ……ん? ショック?

 なんで、ショックなんだ?

 私がショックを受ける理由なんて、無いじゃないか。


 そもそも幽霊に関わるつもりは無かったし、レイを見捨てることへの罪悪感から、彼女の記憶を取り戻す手伝いをすることを決めた。

 しかし、代わりが出来るなら、少なくともレイを見捨てることにはならない。

 むしろ如月さんの方が、私なんかよりも確実に、レイの記憶を取り戻してくれるに違い無い。

 だったら、全て如月さんに任せれば良い。

 私がこれ以上、レイと関わる必要なんて……。


「……結城さん?」


 固まる私の顔を覗き込みながら、如月さんは私の名前を呼ぶ。

 いつの間にか、かなり近い距離にいたらしい。

 私はハッと我に返り、如月さんを見つめた。


「えぁ……私は……」

「……良いよね? 私が代わりにやっても」


 そんなことを言いながら、如月さんはさらに顔を近付けてくる。

 咄嗟に後ずさると、近くにあった机に腰がぶつかる。

 何とか避けようと、後ろ手に机に触れて横に移動しようとした時、如月さんが机の縁を手で掴み、顔を近付けてくる。

 息の掛かる、ほぼゼロの距離。

 逃げたくても、如月さんの腕があって逃げられない。


「わ……私は……」


 近い距離に動揺しつつ、私は目を逸らす。

 こんなに近い距離で顔を見られると……動悸が……。


 ……あ、ちょっと待って。

 心臓がバクバクと音を立てて、呼吸が荒くなる。

 私は咄嗟に如月さんの体を突き飛ばし、逃げるように数歩よろめく。

 しかし、過呼吸が酷くなり、そのまま床にへたり込んだ。


「ハァッ……ハァッ……カヒュッ……ハッ……」


 喉から搾り出る呼吸の音を聴きながら、私は必死に深呼吸を試みる。

 しかし、息を吸おうとしても、すぐに呼吸が乱れてしまう。

 胸が締め付けられるように痛み、涙が零れる。

 ヤバい……呼吸が……。


「結城さん!?」


 すると、すぐに如月さんが私の傍に駆け寄る。

 彼女は片手で私の手を握り、もう片方の手で私の背中を擦った。

 優しく背中を擦られる度に、少しずつ胸の痛みが緩和されていく。

 徐々に呼吸が治まり、動悸も落ち着いていく。


「……大丈夫?」

「ハァ……ハァ……うん、なんとか……」


 心配そうに尋ねる如月さんに、私は小さく頷いて答える。

 ……久しぶりに……この発作だ……。

 治ったと思っていたのに……人に顔を見られることには、慣れたと思っていたのに……。

 あんなに近くでジッと見られてしまうと、やっぱりダメだ。

 私は胸と眼帯に手を当てて、深呼吸を繰り返す。


「と、とりあえず保健室行こう。休んだ方が良いよ」

「大丈夫! ホントに……慣れてるから……」


 私はそう言いながら、フラフラと立ち上がる。

 まだ少し頭がぼんやりとするけど、一時期は頻繁に起こっていたし、今更どうってことない。

 机に手をついて体を支え、私は続ける。


「ごめん……私、人に顔を見られることが苦手で……大分慣れた方なんだけど、長い時間ジッと見られたりすると、ちょっとね」

「……そうなんだ」


 私の説明に、如月さんは小さくそう言った。

 彼女は少し考えるような間を置いて、目を伏せた。


「……は……くせに……」


 そして、小さく何かを呟いた。


「えっ? 何か言った?」

「ううん、何も。……私、結城さんのこと、何も知らないなぁ……って思って」

「……私のこと?」


 つい聞き返すと、如月さんは「うん」と頷き、小さくはにかむ。


「ホラ。今も、顔を見られることが苦手とか……知らなかったし」

「……まぁ、言わなかったからね……」

「でしょう? ……会ったばかりだから仕方無いけど……私、もっと結城さんのこと知りたいな……って、思って」


 そう言いながら、如月さんは私の手を取る。

 驚いて咄嗟に彼女の顔を見ると、私のことを気遣ってくれているのか、俯いて目を合わせないようにしていた。

 ソッと私の指に自分の指を絡め、優しく握り、彼女は続けた。


「だから私は……もっと結城さんと話す時間が欲しい。結城さんのことを知る、時間が欲しいの」

「……如月さん……」

「だから……幽霊さんのことは、私に任せて欲しい。空いた時間を、私に使って欲しい」


 目を合わせずに紡がれた言葉に、私は何も言えなくなる。

 ……私だって、如月さんと仲良くなりたいよ。

 初めて、私なんかにこんなこと言ってくれる人に出会ったから。

 彼女を大切にしたいと思うし、私のことを知って欲しいとも思うし、私だって彼女のことを知りたいと思う。


 迷う必要なんて無い。

 二つ返事で承諾出来る話のはず。

 私がこの話を断る理由なんて無い。


 自分の胸に手を当て、その手を握り締める。

 なんでこんなに、胸が痛いんだろう。

 なんでこんなに、胸が苦しいんだろう。

 なんでこんなに、胸が締め付けられるんだろう。


「結城さん?」

「……これは……私だけの問題じゃないから……」


 掠れた声で、私は言葉を紡ぐ。

 顔を上げて、私は続けた。


「これは、私とレイの問題だから……レイにも話を聞かないと……分からない……」


 辛うじて、そんな言葉を続ける。

 徐々に尻すぼみになり、最後は弱々しい口調になっていた。

 でも、まだ終わりじゃない。

 私は一度小さく深呼吸をして、続けた。


「だから……今から、レイに会ってくれないかな?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ