15:何も変な所なんて無いよ
今日は図書室が昼から閉室となるため、昨日ダメになった調査をしたくても出来ない状況となった。
というわけで、今日は真っ直ぐ家に帰宅することにした。
「神奈ちゃん」
六時間目が終わって荷物を纏めていると、有栖川さんがヒョコッと私の前に現れた。
視線を向けると、彼女はニコッと笑って、軽く手を挙げた。
「じゃあね、また明日」
「う、うん……また明日」
釣られて手を振り返すと、有栖川さんはパァッと笑顔を輝かせて、上機嫌に教室を出て行った。
……まだ慣れたわけではないが、ちょっとだけ、彼女への理解は深まったと思う。
有栖川さんは、明るくて元気な子だ。
話したばかりだから確実とは言えないが、彼女は悪気も無ければ、性格が悪いわけでも無さそう。
昼休憩の一件から、もしかしたらと思い、四時間目の授業の後に来た有栖川さんに少し注意をしてみた。
と言っても、私が触れられたくない事柄と、グイグイ来られすぎると疲れることを言っただけだが。
しかし、少し言ってみただけで、有栖川さんの態度は激変した。
前よりもあまりグイグイ来ることも無くなり、私の見た目に関しては何も言わなくなった。
まだ慣れたわけではないが、苦手意識は大分緩和されたと思う。
仲良くなりたい、とは思えないけど……もう少し彼女のことを知ってみたい、とは思った。
「結城さん、今から帰るの?」
荷物を纏め終えて鞄を肩に掛けようとしていた時、声を掛けられる。
顔を上げると、そこには私の顔を覗き込んでくる如月さんがいた。
うわ、近い……ってか顔ホントに綺麗だな……。
間近で目を見つめられて戸惑いつつも、私は目を逸らしながら「う、うん」と頷いた。
「そうだけど……どうかしたの?」
「うーん……もし良かったら、で良いんだけど……ちょっと付き合って欲しいの」
「……?」
手を合わせながら頼みこんでくる如月さんに、私は首を傾げる。
とはいえ、別に急いで家に帰らないといけないわけでもないし……何より、如月さんの頼みだ。断る理由が無い。
私は肩に掛けていた鞄を机に置いて、笑い返した。
「大丈夫だよ。付き合う」
「本当? じゃあ、ちょっと来て貰っても良い?」
「うん」
嬉しそうに言う如月さんに頷くと、彼女は私の手を掴んで歩き出す。
……え? 手?
私の手が、如月さんにしっかりと掴まれている。
それに気付いた瞬間、ボッと顔が熱くなったのが分かった。
「き、きき、如月さ……これは……」
「ん? 手握られるの嫌だった?」
「いや……そうじゃなくて……」
私はそう言いながら、熱い顔を隠すように、もう片方の手を口元に当てる。
ヤバい……手なんていつぶりに握られただろう……。
下手しなくても、こんな見た目になってからは初めてじゃないか?
そもそも、まともに人と触れ合ったことが無いのだ。
慣れない人の体温に、バクバクと心臓が高鳴る。
「……ホントに嫌じゃないの? 手、汗ばんできてるけど……」
「だ、大丈夫だよ! ホントに……ただ、緊張してるだけ」
「……緊張?」
聞き返してくる如月さんに、私は頷く。
なんだか恥ずかしくて目を逸らしながら、私は続けた。
「その……私、見た目がこんなんだから……人に触れられたことも、ほとんど無くて……だから……こういうの慣れてなくて……」
「……こんな見た目って?」
私の言葉に、如月さんはそう言って首を傾げる。
……あれ、何か変なこと言った?
不思議に思っていると、如月さんは私の手を引き、顔を近付けてくる。
「わ……!?」
「結城さんの見た目って……何か変?」
……この人、本当に目付いてるの?
一瞬、正気を疑うような質問だった。
言葉を失っていると、如月さんは空いている方の手で私の頬を撫でた。
「へっ?」
「結城さんは、結城さんでしょう? ……何も変な所なんて無いよ」
そう言って、如月さんは笑む。
……こんなこと言う人……初めてだ……。
私のことを、見た目だけで忌避しないのも……宇佐美先生や有栖川さんでも、私の見た目をどこかしら特別視していたのに……この人は……。
「……何泣いてるの?」
気付いたら、私は泣いてしまっていた。
呆れたように笑う如月さんに、私は何も言えない。
気付いたら人気のない所に来ていたようで、周りには誰もいなかった。
……今なら泣いても、誰にも見られない。
私は慌てて右目から流れる涙を拭い、笑って見せた。
「ごめん……そんなこと言ってくれた人、初めてだったから」
「……そんなこと?」
「えっと……如月さんから見たら違ってもさ、私の見た目って……結構目立つんだ。髪の色とか、眼帯とか……他の人と違うから」
そう言いながら、私は眼帯に掛かる前髪に触れ、その奥にある眼帯に触れる。
指の感触を眼帯越しに感じながら、私は続ける。
「だから、嬉しいんだ。如月さんが仲良くしてくれて……本当にありがとう」
「……結城さん……」
私のお礼に、如月さんは目を丸くしたまま呟く。
そこで、私はハッと我に返り、顔の前でパタパタと手を振る。
「ご、ごめんね! 急に変なこと言って……わす」
忘れて、と言おうとする前に、如月さんは私の手を引いた。
驚いている間に、近くにあった空き教室に引き込まれる。
私を教室の中に引き込むと、如月さんは後ろ手に扉を閉める。
「如月さん? 急にどうしたの?」
「……」
私の問いに、如月さんは答えない。
彼女は振り向き、こちらを見つめてくる。
その目に、私は反射的に黙ってしまう。
しばらくして、彼女はゆっくりと、口を開いた。
「急にごめんね? でも、人に聞かれたくない話かなって、思ったから」
「……それってどういう……」
「結城さんってさ」
私の言葉を遮るように、如月さんは言う。
それに、反射的に黙ってしまう。
すると、彼女は続けた。
「……幽霊、見えるよね?」