14:嬉しかったです
昼休憩になった。
私は鞄から弁当が入った袋を取り出し、それを片手に早速屋上に向かう。
「神奈ちゃん?」
……しかし、背後から声を掛けられた。
それに私は足を止め、振り返る。
するとそこには、弁当を持った有栖川さんがいた。
……うわぁ……。
「……何でしょう?」
「えっとね、一緒にお昼ご飯食べたいなぁ、と思ったんだけど」
聞き返す私に、有栖川さんはそう言いながら手に持った弁当箱を笑顔で持ち上げる。
……さぁて、どう誤魔化したものか……。
すでに一度二人との約束をドタキャンしている為、出来れば屋上に行く方を優先したい。
あと、有栖川さんと一緒にいると疲れるし……。
引きつった笑顔のまま固まっていると、有栖川さんは私の腕に自分の腕を絡めてきた。
んなッ!?
「ちょ、ちょっと……」
「ね、良いでしょ? ダメ?」
そう言って、上目遣いでこちらを見上げてくる有栖川さん。
ぐッ……すっごい美少女……。
腕を抱きしめられたまま、私は目を逸らす。
すると、有栖川さんは逃がさないと言わんばかりに顔を近付けてきた。
ち、近い、近い……。
「何してるの?」
すると、ちょうど近くにやって来た如月さんが、そんな風に声を掛けてきた。
ちょうどいいところに来てくれた! 救世主!
救世主と書いて如月さんと読むよ! マジで!
「き、如月さん……」
「あのね、神奈ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べようと思って、誘っている所だったの」
有栖川さんの説明に、如月さんは「ふぅん」と声を漏らす。
何とかして有栖川さんをあしらってくれ~! と、無言の念を送る。
届け、私の気持ち。
「ちょうど良かった。私も結城さんを誘おうと思っていたんだ」
しかし、私の期待は外れる。
如月さんは満面の笑みを浮かべながら、弁当を持ち上げる。
馬鹿ぁぁぁぁ! 如月さんからのお誘いは滅茶苦茶嬉しいけど今はちがぁう!
脳内で嘆いていると、如月さんが私の腕を優しく握る。
へっ?
「だから……結城さん。一緒に食べよ?」
んー……何だこの状況。
美少女に取り合われている……訳が分からん。
しかし、私は屋上に行きたいんだ。
……仕方が無い。自力で断るしかない。
「えっ、と……ごめん。今日は、ちょっと……」
私はそう言いながら、如月さんの手に自分の手を添え、なんとか外させようと試みる。
……固いな、おい。
「なんで? 食べれないの?」
「いや、あの……先約が、入っていて……本当にごめん」
私の言葉に、如月さんは私の手を握る力を緩める。
その表情は明らかに落ち込んでいて、罪悪感が半端ない。
隣を見れば、有栖川さんがこちらを見上げていた。
「……先約って……お友達?」
「う、うん……」
「……一緒に食べたり、とかは?」
「えっと……人見知りの激しい子だから、難しいんじゃないかなぁ」
私はそう言いながら、視線を背ける。
ま、間違ったことは言っていない……心を許した相手以外には見えなくなる魔法を持った女の子二人です。
「そ……っか……」
すると、有栖川さんは小さく呟き、私の手を離す。
……あれ、意外と素直に引き下がったな。
今までテンションに気圧されて何も言えずに流されていたが、ちゃんと話したら、実は物分かりの良い子なのかもしれない。
いや、今はそれどころじゃない。
「じゃ、じゃあ、私はここで……ホントごめんね?」
手を合わせて謝りつつ、私は教室を後にした。
……緊張したぁぁぁ。
二人相手にちゃんと話すなんて、生まれて初めてかもしれない。
しかし、有栖川さんはともかく、如月さん相手に断ってしまったのは罪悪感がヤバい。
ていうか普通に考えれば、よく分からない幽霊二人と生身の友達のどちらを優先するかなんて、考える間でも無いんだよなぁ。
咄嗟のことで思考力が鈍っていたか……でも……――
「あれ、神奈ちゃん遅かったね。どうしたの?」
屋上に出る扉を開けると、ナギサがそう言って笑みを浮かべる。
隣では、レイがパァァと明るく笑いながら、こちらを見ている。
「すみません。ちょっとクラスメイトに絡まれていて……」
「ふーん……大丈夫?」
「えぇ、まぁ」
「結城さんに何かあったのかと思って、私心配しちゃいましたよ~」
そう言って朗らかに笑うレイを見ていると、心が安らぐ。
……確かに、普通に考えれば、こんな幽霊なんかよりも生身のクラスメイトを優先するべきだと思うかもしれない。
でも……――この二人は、初めて出来た、ちゃんとした友達だから。
生きてるか死んでるかなんて、関係ない。
二人は私の、大切な友達なんだ。
「フフッ……心配してくれて、ありがとうございます」
私はそう言いながら、レイの頭に手を伸ばす。
フワリ……と、優しく彼女の頭を撫でてみた。
当然、私の手はすり抜けて、微妙に掌が頭に陥没しているように見えなくもないけど。
「……ッ」
直後、レイの顔がボッと真っ赤に染まった。
白い頬が、まるで絵の具をぶちまけたかのように、真っ赤になる。
……そこまで反応されるとは思っていなかった。
「ぁ……えっと……あの……」
「いや、これには深い意味は無くて、ただちょっと撫でたかったから、と言うか……」
何かを言おうとするレイに、咄嗟に私は言い訳をしてしまう。
しかし、それでもレイの頭を撫でたことには変わり無いわけでして、言い訳をしても無駄なわけでして。
脳内で色々な感情がグルグルと回って、交錯する。
「あ、ぁあのッ!」
しかし、ブツブツと言い訳をする私を遮るように、レイは叫んだ。
突然のことに、私はビクッと肩を震わせて沈黙した。
すると、レイはまだ赤らんだ顔で私を見て、小さく口を開いた。
「あ……ありがとう、ございます……その……嬉しかったです……」
「……うん……」
レイの言葉に、私は頷くことしか出来なかった。
すると、ずっと傍観していたナギサが、頬杖をついて口を開いた。
「ところで神奈ちゃん……お昼ご飯食べなくて良いの?」
「あっ、そうだった」
ナギサの言葉に、私は我に返る。
早く食べないと、次の時間に遅れてしまう。
私は適当な段差に腰かけ、弁当を開いた。