13:高嶺の花みたいな存在
「はぁぁ……」
二時間目の後の、休憩時間。
洋式トイレの個室に入った私は、洋式便器に腰かけて溜息をついた。
なんていうか……有栖川さんと上手くやっていける自信が、面白いくらい湧かない。
一時間目の後の休憩時間になると、有栖川さんはまるで嵐の如く私の前に現れた。
そして、十分間の業間休憩の間、それは熱心に話しかけられましたとも。
途中で如月さんが仲裁に入ったりもしてくれたけど……疲れた……。
疲れないようにするねって言ったのが嘘だったのかと思うくらいグイグイ来た……もうやだ……。
……にしても、如月さんは本当に良い人だよなぁ……。
私を気にして、わざわざ助けに来たりしてくれる。
宇佐美先生と言い、如月さんと言い、ここの学校には良い人が多いな。ホント、中学の頃とは大違い。
折角なら如月さんとは仲良くなりたいところだけど……人気者だし、難しそう。
彼女のことだから、きっと友達とかも多いんだろうな。
「……したら、自分から二人の間に入りに行ってさぁ」
「マジで?」
そろそろトイレから出ようかと思っていた時、二人くらいの女子生徒が入ってくるのが分かった。
ここのトイレの個室は三つくらい。その内の一つを独占していると、迷惑をかけてしまうかもしれない。
まず、三つの内で唯一の洋式便所だし。
別に用を足しに来たわけではないし、さっさと出てしまおう。
そう思って、私はすぐに立ち上がり個室から出ようとした。その時だった。
「ホント、如月さんは結城さんのこと、すごい気に掛けてるよねぇ」
まさか名前が出るとは思っていなかったので、私はドアノブに掛けた手を止めた。
驚いている間に、二人は会話を続ける。
「そうなんだよねぇ……私、如月さんとは同じ中学だったんだけど、一人の子をあんなに気に掛けてるのは初めて見たかも」
「うーん……でも、結城さんってあんな見た目だし……優しい如月さんが気にするのは納得じゃない?」
うっ……私の話をされている……。
しかも微妙に見た目を馬鹿にされたような気もして、出るに出られない。
今出たら絶対気まずくなる自信がある。
仕方が無いので、私は扉に凭れ掛かり、二人が出て行くのを待つ。
二人の会話は続く。
「うーん……どうなんだろう……」
「なんで?」
「いや……私の学年には車椅子の子がいてさ。もちろん如月さんは気に掛けていたけど……結城さん程じゃないっていうか」
「そうなの?」
……え、そうなの?
如月さんが他のクラスメイトにどんな風に接しているかなんて、今までちゃんと見たこと無かった。
てっきり、私と同じくらいに他の人とも仲良くしているもんだと思っていたんだけど……違うの?
「うん……というか、広く浅くっていうのかな。基本的には皆と仲良いんだけど、深入りしないっていうか……クラスメイト以上にはならない感じ?」
「あー、なんか分かるかも。如月さんって、人に囲まれてる印象はあるけど、自分から誰かに声を掛けることって事務連絡以外では無いかも」
「そうそう」
……そうなの?
いや、私は何回か話しかけられてるし、屋上にもやって来たり……私が特別なのか……?
こういう意味での特別扱いは今までされたことが無いので、実感が湧かない。
二人の勘違いなんじゃないかなぁ……。
「そういうことを考えると、ホント、結城さんには凄く話しかけてるよねぇ……何なんだろ?」
「さぁねぇ」
そこ! さぁねぇで流さないで! 私にとってはかなり重要な問題なんだから!
「私の学校では、高嶺の花みたいな存在でもあったんだけどなぁ……如月さんは」
「うーん……まぁ、綺麗だしねぇ」
「そうそう。綺麗だし、やっぱ誰とも深く関わらない辺りとかね。後は……如月神社の巫女さんって噂もあるし」
「え、如月神社って……この学校の近くの?」
結局、如月さんが私を特別扱いする件に関しては分からず仕舞いか。
気になるけど、本人に聞くしか無いのかなぁ……。
それにしても、神社の巫女? 何じゃそりゃ。
「そうそう。何でも、あの神社を両親が管理していて、よくお手伝いで巫女さんをしているみたい。中学の時にクラスの子が見かけて、確認したら認めたらしいよ」
「へぇぇ、凄い。そんな凄い人が、なんで結城さんなんかに」
「さぁ?」
なんかっておい……気持ちは分かるけどさ……。
しかし、如月さんって凄い人だったんだなぁ。
神社の巫女さんに……こうして噂されるくらいの人気者。
そんな凄い人が私みたいな中二病感満載な見た目の奴に話しかけたら、そりゃあ気になるよね。
私だって気になる。如月さんはなんで、私に構うのだろうか……。
それから少し雑談をした後で、二人はトイレを後にした。
私はソッと個室から抜け出して、一応手を洗い、微かに残った二人の香りを追いかけるようにトイレから出た。
雑談をしながらカチャカチャと何かを構う音がしていたし、多分あの二人は、トイレに化粧直しでもしに来ていたのだろう。
先生に見つからない程度に化粧をしている人は割といるから、多分その内の二人。
「……あっ、結城さん!」
歩いて教室に向かっていた時、如月さんが私の名前を呼びながら、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。
それに、私は足を止め、「如月さん」と名前を呼ぶ。
すると、彼女は私の前まで来て立ち止まり、微笑んだ。
「どこに行ってたの? もう授業始まっちゃうよ?」
「あぁ、ごめん……トイレ行ってた」
「十分間ずっと?」
「う、うん……居心地が良くて」
「フフッ、何それ」
適当に誤魔化してみると、如月さんは楽しそうに笑いながらそんなことを言った。
それから彼女は当たり前のように私の隣に並び、教室に向かって歩く。
「……如月さんは、さ……」
「うん?」
「なんで、その……私のこと、こんなに気に掛けてくれるの?」
なんとなく気になって、私は聞いてしまった。
急にこんな質問変だと思うだろうけど……なんだか、凄く気になったから。
そんな私の質問に、如月さんは不思議そうに私を見て、ニコッと笑った。
「……結城さんと仲良くなりたいから」
「……へっ?」
「それとも、もしかして……結城さんは私のこと、嫌い?」
「ぜ、全然! そんなことじゃなくて!」
咄嗟に否定すると、如月さんはクスッと笑って、私の手を取った。
突然手を握られ、私は挙動不審になってしまう。
「うぇ……えっと……あの……」
「じゃあ、これからもよろしくね? 結城ちゃん」
笑顔で言う如月さんに、私は少しだけ、固まった。
それから私も笑い返し、「うんっ」と言って、彼女の手を握り返した。