120:大好きだったよ
<雨宮怜視点>
まさか、元の体に戻るより前に澪ちゃんと話すことになるとは思わなかった。
……結城さんが如月さんから聞いた話では、二人のように霊感が無くとも、幽霊が見えることはあるらしい。
それは、その幽霊と前世で深い関わりがあったこと。
二人程ハッキリと見える程の霊感が無くても、ある程度あれば、幽霊が見えることはあるらしい。
一番可能性が高いのは血縁者らしいけど……血縁者ではなくても、深い関係があれば見えるらしい。
……確かに、澪ちゃんは、私にとっては凄く深い関係がある。
彼女の存在は私にとって大きかったし……それほど大切な存在じゃなければ、自殺なんてしていない。
でも……幽霊が見える程の深い関係って、どういう基準なんだろう。
私が深い関係だと思っていても……澪ちゃんがどう思っているのかが分からない。
片方が深い関係だと思っていれば幽霊は見えたりするのか……それとも……。
「今、怜はどこにいるの?」
澪ちゃんの声に、私はハッと顔を上げた。
現在は場所を移動し、いつもの屋上に来ている。
辺りを見渡しながら怪訝そうにする澪ちゃんに、近くに立っていた結城さんは私を手で示して「ここですよ」と答えた。
それに澪ちゃんは私がいる方に視線を向けて、少し目を細めた。
「……ここに……怜が……」
「……では、私はもう行くので……あとは……二人で、どうぞ……」
結城さんはそう言うと、軽く会釈をして、屋上を出て行った。
二人きりになると、途端に昔のことを思い出してしまい、良く分からない感情に苛まれる。
嬉しいような、苦しいような……悲しいような……。
何とも言えない感情に困惑していた時だった。
「……久しぶり……だね」
小さく、澪ちゃんは呟いた。
彼女の言葉に、私はビクッと自分の肩が大きく震えるのを感じた。
明らかに挙動不審な態度を取ってしまったことに困惑していた時、澪ちゃんはポリポリと頬を掻いた。
「えっと……何も言わないと……恥ずかしい、んだけど……」
「……ひさし……ぶり……」
小さく、私は答える。
すると、澪ちゃんは少し目を丸くした後で、「ん」と頷いた。
「……怜……あのさ、私……」
「……」
何かを言おうとする澪ちゃんの言葉に、私は静かに目を伏せた。
彼女の言葉を聞くのが、凄く怖かった。
鼓動の音が徐々に大きくなっていくのを聞きながら、私は拳を強く握り締めた。
「……ごめんなさい」
……ふと、私は澪ちゃんに視線を戻した。
そこには、こちらに向かって頭を下げる澪ちゃんの姿があった。
彼女の言葉に反応出来ずにいると、下がっていた頭がゆっくりと上がって、私と澪ちゃんの目が合った……気がした。
「許して欲しいなんて言わない。でも……私には、謝ることしか出来ない」
「……澪ちゃん……」
「本当にごめんなさいッ! 怜の気持ちに応えられなかったどころか……傷つけるようなことをして……あの時、救えなくて……本当に、ごめんなさい……」
また頭を下げる澪ちゃんに、私は慌てて「ちょ、ちょっと澪ちゃん!」と、慌てて澪ちゃんを窘めた。
まさかここまで誠心誠意に謝られるとは思っていなかったので、正直かなり驚いている。
ひとまず顔を上げて欲しい。けど、触れられないので、無理矢理顔を上げさせることも出来ない。
「……本当は、怜の告白……受けるつもりだった……」
一人オロオロと慌てていた時、澪ちゃんは、小さくそう言った。
彼女の言葉に、私は「え……?」と聞き返した。
すると、彼女は顔を下げたまま続けた。
「でも……怜に告白されたことを友達に話したら……なんだか、皆が怜の悪口を言い始めて……私が止めなきゃいけなかったのに、止められなかった……! 怜みたいに、私もいじめられたらって思ったら、怖くて……怜を無視して、傷つけた……! 皆に合わせることしか、出来なかった……! 本当に……ごめんなさい……ッ」
俯いたまま、まるで神に懺悔でもするかのように一人で言い切る澪ちゃんの言葉に、私は何も言えなかった。
こちらの姿が見えないのだから、私は何か言うしかないって分かっているのに……言葉が出てこなかった。
……告白……受けてくれる、つもりだったんだ……。
それが、私にとって、一番大きな衝撃だった。
結城さんに出会うまでの私だったら、きっと、この場で飛び跳ねて喜んでいただろう。
……でも……。
「……ありがとう、澪ちゃん……」
私は、小さく続けながら、澪ちゃんの頭に触れた。
もちろん、彼女に触れることは出来なくて、手は擦り抜けるだけなんだけど。
それに、彼女は顔を上げない。
仕方が無いので、私は続けた。
「確かに……謝られても、澪ちゃんを許すことは……出来ない……。どんな理由があっても……傷付いたのは、事実だから、さ」
「……」
「でも……やり直すことは出来るんじゃないかなって……思うんだ」
その言葉に、澪ちゃんはハッと顔を上げた。
私がどんな表情を浮かべても、彼女には見えない。
だから、私は表情を変えることなく、続けた。
「今の私には……澪ちゃんよりも、大切な人がいる。この人と一緒に添い遂げたいって思える人がいる」
「……あの、結城さんって言う子?」
聞き返す澪ちゃんに、私は「うん」と頷いた。
すると、彼女はしばらく呆けた後で「ぷはっ」と息を吐くように笑った。
「確かに、あの子なら納得できるわ」
「……澪ちゃん……?」
「両想いなんでしょ? 彼女と」
突然の言葉に、私は「へっ?」と間抜けな声を返す。
すると、彼女は「やっぱり」と言って、ケラケラと笑った。
「あの子凄いもん。初対面なのに、好きな人のことを知るために追いかけてきて……好きな人の為にあそこまで出来る人、そんなにいないよ」
「……」
「……自分の身が可愛くて、好きな人を見捨てた私とは大違い」
どこか自虐的に笑いながら言う澪ちゃんに、私は何も言えなかった。
……どれだけ頑張っても、彼女がやったことは変わらない。
……でも……。
「それでも……澪ちゃんは、私にとって大切な人だよ」
「……怜……」
「澪ちゃんがいたから……私、凄く楽しかった。この世界のこと、好きになれた」
私はそう言いながら、澪ちゃんの手を取る。
もちろん触れないけれど、今は関係ない。
彼女の手に触れながら、私は澪ちゃんに視線を合わせ、続けた。
「……ありがとう、澪ちゃん。……大好きだったよ」
「……私も……大好きだよ、怜」
泣きそうな顔で笑う澪ちゃんに、私も笑い返す。
……結城さんの言う通り、澪ちゃんと向き合って良かった。
おかげで、決心が出来た。
なんだかんだ、私は……元の体に戻ることが、怖かったから。
あの教室に帰る決意が、出来ずにいたから。
でも……もう大丈夫。
今の私なら……抵抗できる。
だって、今の私は、もう……一人じゃないから。