12:仲良くなりたいもん
「私! 有栖川薫! よろしくね、神奈ちゃん!」
満面の笑みを浮かべながら言う有栖川さんに、私はこれからどうしようか考える。
正直言って関わりたくない……。
今までずっと休学していたのに復帰してきた有栖川さんは、ただでさえ目立つ。
それが無くても、この明るさとうるささに加えて、見た目は超美少女だ。
目立つ。嫌でも視線を浴びる。
きっと皆彼女と話したいなぁ、とか考えているのかもしれないけど……有栖川さんが熱烈アピールしている相手が私だ。
話しかけにくいこと、この上ないだろう。
結果として、先程まで有栖川さんと話していた人は、遠巻きにこちらの様子を窺っている。
そのせいで、それなりの視線を私は受けているのだ。
早く有栖川さんを適当にあしらってくれないかなぁ、とか思っているのかもしれない。
正直、私だってそうしたい。けど、それが出来るなら今こうして苦労していないよ。
「ねぇねぇ、神奈ちゃんの髪って染めてるの? それとも地毛?」
彼女をどうしようか考えていた時、突然、そんな質問をしてきた。
……おいおい……いきなり私の地雷を踏み抜いてくるな……。
ヤバい、この子確実に私の苦手な人種だ。
どうしよう。
「えっと……じ、地毛……」
「そうなんだぁ! カッコいい~」
「……」
キラキラした目で言う有栖川さんに、私は無言で目を伏せた。
あぁ、どうしよう……何とか出来れば良いのだが……。
そんな風に思っていると、教室に如月さんが入ってくるのが見えた。
彼女はクラスメイトに挨拶しながら、自分の席に向かう。
するとこちらの様子に気付いたのか、顔を上げた。
そして、僅かに目を丸くした。
助けて~! 如月さ~ん!
視線で助けを乞うと、彼女は、荷物を自分の席に置いてこちらに近付いて来た。
「おはよう、結城さん。……と、貴方は?」
さりげなく私と有栖川さんの間に入るようにしながら、如月さんは言う。
すると、有栖川さんはキョトンとした後で、ニコッと笑った。
「有栖川薫、だよ」
「そう。……見ない顔だけど、他のクラス?」
「ううん、ずっと休んでいただけ」
「ふぅん……」
小さく呟きながら、如月さんは目を細める。
それから私を一度見て、再度有栖川さんを見る。
「……で、有栖川さん。結城さんには何の用?」
「え? ただお喋りしてただけだよー? ねっ、神奈ちゃん!」
「えっ? うん……」
突然聞かれたので驚きつつも、私は頷く。
有栖川さんのハイテンションに流される感じだったけど……まぁ、お喋りしていたことには変わりない。
頷く私を見て、如月さんは小さく息をつき、有栖川さんを見た。
「でも……結城さんは、疲れているみたいだけど?」
如月さんの言葉に、私は心の中で大きく頷く。
疲れてる。めっちゃ疲れてる。だから如月さんに助けを求めたんだよ。
すると、有栖川さんは目を丸くして私を見た。
「えっ、神奈ちゃん、本当?」
「う、うん……ちょっと……」
「……結城さんは大人しい性格だから、有栖川さんみたいな賑やかな性格には、ちょっと合わないんじゃないかな」
優しく、諭すように言う如月さん。
彼女の言葉に、私は内心で「確かに」と頷く。
有栖川さんみたいなテンションが高いタイプは、合わないというか……話していて疲れる。
「そっかぁ……」
如月さんの説明に、有栖川さんは落胆した様子で私を見る。
な、何だろう……捨てられた子犬のような目をしている気が……。
突然湧き上がった罪悪感に戸惑っていると、彼女は「そうだ」と言って胸の前で手を打った。
「じゃあ、これからは頑張って神奈ちゃんが疲れないようにするね!」
ちょっと待て。
「……えっと……」
「んー。でも、もしかしたらまた疲れさせちゃうかもしれないから……もし何か嫌なことがあったら、正直に言ってね?」
「……また話しかけるつもりなの?」
私の気持ちを代弁するように、如月さんが言う。
彼女の言葉に、有栖川さんは「当たり前だよ!」と言って拳を握り締めた。
……当たり前なんだ……。
「だって、神奈ちゃんと仲良くなりたいもん!」
しかし、続いた言葉に、私は少しだけ嬉しい気持ちになる。
……チョロいなぁ……私って……。
自分でも分かってるけど……そんなことを言われた経験が、今までに無さ過ぎるから。
だから、こういう何気ない一言が、無性に嬉しく思えるのだ。
しかし、有栖川さんと私は、確実に相性が悪い。
仲良くなっても私が疲れるだけな気がする。だから、正直かなり微妙な気持ちになる。
「……私も……」
その時、如月さんが何かを言おうとした。
しかしそれを遮るように、朝のHR開始のチャイムが鳴った。
「あっ……じゃあ、またね」
「神奈ちゃん。次の休憩時間も話そうねー」
如月さんと有栖川さんはそう言いながら自分の席に戻っていく。
私はそれを見送ってから、ようやく自分の席につく。
そこでようやく、こちらがかなり注目されていたことに気付く。
二人が離れたことで、その視線も私から離れて行く。
……しかし、改めて考えると、凄いメンバーと話していたよなぁ……。
学級委員長で人望が厚く、男女問わず高い人気を誇る如月さん。
しばらく休んでいたけど今日登校してきた、明るく天真爛漫な有栖川さん。
漏れなくどちらも超美少女。
ま、如月さんはクラスメイト皆に分け隔てなく接しているし、その一環だとは思うけど。
でも……他の子と平等に扱って貰えるだけで、私は嬉しいから。
ソッ……と、左目部分に付けた眼帯に触れる。
今まで……と言うか、私が“こう”なってから……一度も、平等に扱ってもらったことなんてなかった。
だから、二人には何てこと無くても、私はこうしてごく普通に接してもらえるだけで、すごく嬉しいんだ。
……有栖川さんの方は……ちょっと微妙だけど……。
でも……。
「……ありがとう」
誰にも聴こえないくらいの声で、私は呟いた。