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118/124

118:スッキリすると思いますよ

 久々に、心の底から安心して眠れたような気がする。

 それこそ、両親を失って以来の、約六年ぶりの安眠だと思う。

 夢も……悪夢も見ないほどに、意識が闇に落ちたにも等しい眠りだった。

 寝て起きたら朝になっていたような感覚だ。

 ……そして、見事に寝坊をした。


「……やっば……」


 スマホで時間を確認した私は、小さく呟いた。

 いや、寝坊と言っても、今の時間は朝の六時だ。

 普通に朝の準備をすれば、電車の時間には余裕で間に合う。

 問題は、弁当を作る時間が無いことだ。

 ……コンビニで昼食を買うしかないか……。


「ふぅ……」


 小さく息をつき、私は体を起こした。

 すると、同じ部屋にいたレイが、私の顔を覗き込んできた。


「結城さん。今日はゆっくりですね?」

「……はは……見事に寝過ごした……」

「えっ……電車の時間、大丈夫なんですか?」

「あー……時間は大丈夫だけど、弁当作る時間が無い……まぁ、コンビニで買っていくから良いけど……」

「……でも、寝てる時の結城さん、すっごく可愛かったですよ」


 どこか冗談めかすような口調で言うレイに、私は「うっさい」と言い返す。

 私だけ寝顔を見られているのは、何だか悔しい。

 幽霊は眠る必要が無いとはいえ、レイの寝顔だって見てやりたい。

 ……レイが元の体に戻ったら、何が何でも見てやる。


 とはいえ、今はそれよりも朝の用意が先決だ。

 私はすぐにベッドを下り、朝食を食べるべく、一階に下りた。

 もちろん、レイには自室で待機してもらっている。

 幽霊が見えることは話して、納得してもらっているとはいえ、それでも何もない空間に話しかけている姪をずっと見ているのは流石に辛いだろうし。

 一階に下りてリビングに行くと、そこでは……テーブルに、朝食が用意されていた。


「……おぉ……」

「おはよう、神奈ちゃん」


 小さく溜息をついていると、叔母さんがそう言ってくる。

 それに、私は咄嗟に「おはようございますっ」と答えた。


 ……昨日の出来事は、やっぱり夢じゃなかったんだ。

 他の人からすれば、日常的なごく普通のやり取りだ。

 でも、私は……この、普通に憧れた。


 私は席につき、早速朝食を食べ始めた。

 自分の為に作られた朝食を食べることが、すごく幸せだった。

 いつも自分で作る食事よりも美味しく感じて、あっという間に食べ終わってしまった。


「……ごちそうさまでした」


 綺麗になった皿を前に、私は手を合わせ、小さく挨拶をする。

 昨日のカレーと言い、叔母さんの料理は美味しい。是非習いたいものだ。

 一人しみじみとしつつ、皿を片付けようとした時だった。


「神奈ちゃん。これ……」


 叔母さんに声を掛けられ、私は顔を上げる。

 するとそこには……私が普段使っている、弁当袋があった。


「……これって……」

「お弁当……作ったん、だけど……いる?」


 自信無さそうにしながら、叔母さんは私に弁当箱を差し出してくる。

 それに、私は言葉よりも先に、手が出てしまった。

 すぐに両手を出し、咄嗟に受け取ってしまう。

 両手の中にすっぽりと弁当袋が収まっているのを見て、私は、なぜか笑ってしまった。


「あははっ……ありがとうございます」


 笑う私に、叔母さんは、どこか安心したように笑った。

 まだぎこちないけれど……焦る必要は無い。

 今まで、スタートラインにすら立てていなかったのだから。

 少しずつで良い。ゆっくりで良いから……家族になっていけばいいのだ。


 私はすぐに朝の準備を終え、叔母さんが作ってくれた弁当を持って、家を出た。

 駅までの道を歩いていると、レイが口を開いた。


「結城さん、弁当を作る時間無いって言ってませんでしたか?」

「あぁ……叔母さんが、作ってくれたんですよ」


 私の言葉に、レイは少し間をおいてから、どこか安堵したような笑みを浮かべた。


「……良かった。仲直り……したんですね」

「……まぁ……はい」

「ふふっ……結城さん、すごく嬉しそう」


 レイの言葉に、私は、反射的に頬に手を当てた。

 言われてみれば、大分口元が緩んでいたような気がする。

 そんな私を見て、レイはクスクスと楽しそうに笑った。


「……私も……いつか、結城さんみたいに笑える日が、来ますかね」


 その声色は、私に話しかけているというよりは、独り言に近いように感じた。

 ……恐らく、荻原先輩とのことを言っているのだろう。

 私は少し考えて、「はい」と答えた。


「私には、荻原先輩の気持ちなんてわからないです。でも、きっと……結果がどうであれ、スッキリすると思いますよ」

「……それは良いですね」


 私の言葉に、レイはへにゃっと、弱々しく笑いながら言った。

 例え、荻原先輩の本心が酷いものだったとしても……いつかきっと、レイは笑える日が来る。

 今のレイには……私が付いているから。

 絶対に、支えてみせる。


 そんなことを考えている間に、電車が来たのが分かった。

 私は、すぐに電車に乗った。

 ひとまず、今日は学校に着いたら、宇佐美先生のところに行こう。

 先生に頼んで、レイの入院している病院を聞いてみよう。

 タダでは教えてくれないと思うけど、絶対に聞き出してみせる。

 宇佐美先生がダメだったら、奈緒美先生だっているわけだし。

 それから、レイが元の体に戻れば……荻原先輩と話すことが出来る。


 大丈夫。きっと、大丈夫だ。

 私でも上手くいったのだから……レイだって、きっと成功する。

 けど、どれだけ自分に言い聞かせても、やっぱり緊張する。

 私はあくまで、サポートすることが出来ない。

 結局最後は、見ていることしかできない。

 そう考えると、自分の無力さを見せつけられて……嫌になる。

 自分に辟易としていた時、次の駅に着いたのか、電車が大きく揺れた。

 つり革に掴まっていた為に転ぶことは無かったが、大分慣性が働いた感覚があった。

 転ぶかと思った……と一人驚いていた時、電車の扉が開く。


「……あっ」


 ……声を出してしまった。

 レイに対する問題だとか、諸々な悩みで頭の中がいっぱいだったから、細かいところまで気が回らなかったんだと思う。

 そのせいで……目が合ってしまった。

 私の存在に、気付かれてしまった。


「……」


 私を見て、荻原先輩は、特に表情を崩さなかった。

 多分、私と話した時のことを無かったことにしたかったんだと思う。

 だからこそ、私の顔を見ても、すぐに目を逸らした。

 確かに、彼女にとっては、私は二度と関わりたくない存在かもしれない。

 ……でも……。


「……澪ちゃん……」


 ……ここには、レイがいる。

 彼女は顔を青ざめさせ、目を見開いて荻原先輩を見ていた。

 ……今は、どうしようもない。

 レイが幽霊のままでは話も出来ないし、こうしてレイが目の前にいる状況で気付いていない辺り、多分霊感が無い体質なのだろう。

 レイの心理状況を考えても、一度退いた方が良い。


「レイ。別の車両に行こう」

「みッ……澪ちゃんッ……! 澪ちゃんッ!」


 私の言葉が聴こえていないのか、レイは必死の形相で荻原先輩を呼んでいる。

 完全に冷静さを失っているな……と、辟易とした時だった。


「……怜……?」


 掠れたような声で呟きながら、荻原先輩は顔を上げた。

 それに、私は動きを止め、荻原先輩を見つめた。

 ……もしかして……声が、聴こえている……?

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