117:やり直そう
今日の夕食は、カレーとサラダだった。
普段自分の夕食にカレーなど作らないので、目の前にあるそれらを見ていると、なんだか信じられないような気分になった。
「……いただきます」
手を合わせながら言った私に、向かい側に座る奥さんは答えない。
私はひとまずスプーンを持ち、カレーの米とルーが半々になるように掬って、口に含んだ。
「……どう?」
私が一口食べたのを見て、奥さんはそう聞いてくる。
……どう? と聞かれても、まだ食べたばかりなのでよく分からない。
しばらく咀嚼した私は、ゆっくりとそれを飲み込み、口を開いた。
「……美味しい……です……」
「……良かった」
私の感想に、奥さんはそう呟く。
……本音を言えば、気まずすぎて味がしない。
けど、気にしないフリをして、私は続けてカレーを食べる。
味はしないけど……なぜか、もっと食べたいと感じた。
パクパクと食べている間に、いつの間にかカレーは無くなっていた。
レタスとトマトのサラダも食べ終え、私はスプーンを置いて、手を合わせた。
「ご、ごちそうさまでした」
「……」
私の言葉に、奥さんは答えない。
……これ以上、何を話せば良いと言うんだ……。
いや……待ってばかりじゃ、ダメだ。
私から……歩み寄らなければならない。
でも、何を言えば良いのだろうか……。
「……叔母さんは……今でも、私を殺したいと考えていますか?」
考えた挙句に出てきたのは、そんな言葉だった。
……アホか。
ただでさえ重たかった空気が、余計に重くなるのを感じる。
明らかに、言葉の選択を誤った。
慌てて訂正するべきなのかと悩んでいると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……別に」
……端的な、素っ気ない答え。
でも……その答えは、私の胸に強く響いたような感覚がした。
驚いている間に、彼女は続ける。
「あの時は……貴方は部屋に閉じこもって、私や健一を頼ろうとしなかった。……何を考えているのかも分からないし……頼ってくれないから、分かろうとすることも出来なかった」
「……それは……」
「折角家族になったんだから……頼って欲しかった」
小さく呟いた奥さんの言葉に、私は顔を上げた。
すると、彼女は私を見つめて、すぐにその目を逸らした。
「大人げないでしょう? でも……子供が出来ない体だと言われて、諦めていたところに、新しく家族が出来て……期待してしまったの。娘のように大切にしよう、って。普通の家族みたいに、娘の力になって、幸せになろうって。でも、貴方は私達に頼ろうともせずに、部屋の中に閉じ籠ってしまった」
「……あっ……」
奥さんの言葉に、私は自分の行動を思い出す。
言われてみれば、私は……二人に頼るという選択肢は、無いに等しかった。
両親を失った悲しみに苛まれ、視野が狭くなっていた。
今では二人が両親の代わりなんて……思いもしなかった。
「貴方の母親になれない自分が嫌で……その原因を、貴方に押し付けようとしてしまっていた。……あの事故で貴方が死んでいたら、こうして悩まなくて済んだのに、って……願ってしまった」
「……」
「……あの時の言葉は許されるものじゃないし、今までの貴方への態度も大人げなかった。謝って許されるものじゃないけれど……ごめんなさい」
言いながら、奥さんは私に頭を下げてきた。
彼女の言葉に、私は答えられない。
確かに、彼女の言ったことや、やったことを許せるわけではないが……私自身にも、非があるから。
私は、彼女達を……家族を、信じられなかった。
新しく出来た家族の存在に気付けず、自分で自分を追い込んで、一人で心を閉ざしていた。
「……私の方こそ、ごめんなさい」
だから、私は頭を下げた。
今まで、ちゃんと向き合おうとしなくてごめんなさい。
私は結局、逃げてばかりで……大切な物すら、見失っていた。
「私も、もっと、家族を信じてみれば良かった。……誰かに、頼ってみれば良かった」
「神奈ちゃん……」
驚いた様子で名前を呼ぶ奥さんに、私は何も答えない。
ゆっくりと顔を上げると、何とも言えないような表情でこちらを見つめる奥さんがいた。
彼女はしばらく私を見つめた後で、優しく微笑んだ。
「……やり直そう?」
優しい声で、彼女は言う。
それに、私は、声が詰まるような感触を覚えた。
彼女は続ける。
「今更、都合が良いかもしれない。でも……折角、家族になれたんだから、やり直したい。家族としての関係を……また、一から……」
神奈ちゃんが良ければ、だけど……と、彼女は弱々しい声で言った。
……やり直す……か……。
もう、二度と手に入らないと思っていた、家族の温もりを……また掴むことが出来るなら……。
「……はい」
考える時間は、少ないものだった。
ほぼ迷いなく頷く私に、奥さんは……叔母さんは、どこか安堵の表情を浮かべた。
それから程なくして、叔父さんが帰ってきた。
叔父さんにも叔母さんとのやり取りについて話し、それから二人に……幽霊が見えることを話した。
あの時は真っ向から否定した叔父さんも、叔母さんも、今回は真面目に私の話を聞いてくれた。
最初は半信半疑だったが、レイの話をしていく内に、徐々に納得してくれた。
流石に、レイとの交際については伏せたが……彼女についての諸々の事情が解決したら、いつか二人にも紹介したいな、と思った。