116:向き合ってみるべき
レイを元の体に戻す算段は……ハッキリ言うと無い。
幽霊に関しての知識はほとんど無いし、沙希に頼るのは……出来れば避けたい。
だが、今意識不明状態になっているレイの体を見に行けば、もしかしたら何かわかるかもしれない。
運頼みではあるが、ひとまず明日レイが入院している病院に行ってみて、また考えようという話になった。
もう夜も遅いので、この話は一旦置いといて、私の家に行くことにした。
「……あれ?」
家の前に立った私は、玄関の電気が点いているのを見て、疑問の声を口にした。
いつもなら、この時間は二人とも帰ってきていて、私の在宅に関わらず電気は消えているはずだが……。
驚いていると、レイは私の顔を覗き込んできた。
「結城さん? どうかしましたか?」
「あっ……いや、なんでもない」
不思議そうに尋ねてくるレイにそう答えつつ、私は玄関の扉を開けた。
中に入ると、晩御飯の良い匂いが漂ってくる。
……おかしい。
今の時間なら、もう晩御飯は食べ終わっている時間なのに。
オマケに二人の話し声すらしないのも、違和感がある。
……まぁ、私には関係の無いことだ。
あの二人を心配する義理も無いからと、私は視線を逸らし、自室に向かって歩を進めた。
「結城さん、待って下さい」
その時、レイに呼び止められた。
反射的に足を止めて振り向くと、彼女は私とリビングを何度か交互に見てから、続けた。
「……結城さんは……あの二人に向き合わないんですか?」
突然の言葉に、私は「えっ……?」と聞き返した。
あの二人……とは、叔父さんと奥さんのことか?
でも、あの二人に向き合うなんて……。
何も言えずにいると、レイは続けた。
「私が澪ちゃんと向き合うことを恐れたように……結城さんも、あの二人と向き合うことを酷く怖がっているように見えるんです」
「……そんなことは……」
「結城さんの話を聞いていると……あの二人に、真正面から向き合ったこと無いですよね? ……このまま顔を背けたままじゃ、苦しいだけですよ?」
どこか不安そうに言うレイに、私は目を逸らす。
……私は……怖がっていたのだろうか……。
気味が悪いと罵った奥さんの気持ちを、真正面から受け止めることを。
幽霊なんて見えるわけがないと私への理解を拒んだ叔父さんに、私の気持ちをぶつけることを。
……怖がっていた……。
「私も……澪ちゃんと向き合うのは、怖いです。でも、澪ちゃんのことを何も知らないまま終わりたくないって……思ったんです」
「……レイ……」
「だから、私は結城さんも、あの二人にちゃんと向き合ってほしいです! あの二人のこと……何も知らないままなんて、ダメだと思うんです!」
「でもッ、あの二人が荻原先輩みたいに良い人かもしれない保証は無いじゃないですかッ!」
反射的に、私は言い返す。
リビングにいる二人に聞かれているかもしれないという気持ちはあったが、こみ上げてくる感情を止めることは出来なかった。
私は続ける。
「特にあの女はッ! 私の顔は気味が悪いって……死ねば良かったのにって言ったんだよッ! あれは本心からの言葉だったッ! あの女と向き合っても、現状が変わるわけがないッ!」
「ゆ、結城さん……」
「叔父さんだってそうだッ! あいつは私の話を一切聞きやしなかったッ! 上辺優しくしておいて、私の幽霊が見えるって話は全く信用しなかったッ! あの二人が、私と真正面から向き合うことを拒むんだよッ! 今更私が歩み寄ろうとしたところでッ、何の意味も無いッ!」
感情に任せて、私は言い切った。
矢継ぎ早に大声で喋ったからか、呼吸が乱れる。
肩で息をしながら、私はレイを見つめ返した。
「……神奈ちゃん……?」
その時、名前を呼ばれた。
レイ……ではない。
だが、聞き慣れた声だった。
私は嫌な予感を抱きながら、ゆっくりと振り返った。
「……叔母さん……」
「一人で……何を喋っているの……?」
怪訝そうに言う奥さんの言葉に、私は何も言えない。
……やはり、聞かれてしまっていたか……。
何と言えば良いか分からず沈黙を貫いていると、彼女はふぅ、と一息ついた。
「……さっきの言葉が……貴方の本心……?」
「……私は……」
「……初めて……本音で喋ってくれたわね」
小さく呟く奥さんに、私は口ごもることしか出来なかった。
そこで、一つの違和に気づき、私は続けた。
「あの……叔父さんは……?」
「……今日は残業で遅くなるらしいわ」
「そうなんだ……」
だから玄関の電気が点いていたり、晩御飯の準備がまだしてあったりしたのか。
一人納得していると、叔母さんは静かに私を一瞥して、口を開いた。
「……貴方は……ご飯は食べてきたの?」
「いや、まだだけど……」
「……今日は多めに作っていたし……食べれば?」
予想だにしなかった言葉に、私は何も言えずに、ポカンと口を開けて固まった。
呆けた状態で奥さんを見返していると、彼女は私に背を向けて、台所の方に歩いていく。
茫然と立ち尽くしていると、レイが私の背中に触れた。
「……行って下さい。結城さん」
「……レイ……」
「……向き合ってみるべき、ですよ」
小さく笑みを浮かべながら言うレイに、私は少し間を置いてから、「はいっ」と頷いた。
それから、すぐにリビングに行き、晩御飯を温めなおす奥さんのお手伝いをした。