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110/124

110:私が守るよ

 あの後、私は保健室に駆け込み、精神が落ち着くまで寝かせてもらうことになった。

 授業が始まる時間だったが、私は授業に復帰する気にもなれず、保健室の先生の優しさに甘えることにした。

 というか、過呼吸になってしまい、授業どころじゃなかったのだ。

 しばらくベッドに横になっている内に過呼吸は治まったが、ベッドから出る気になれず、掛け布団に包まったままぼんやりと虚空を眺めていた。


 ……やっぱり……無理なのかな……。

 普通に生きることすら……ただ、友達と笑い合うことすら……私には許されないのだろうか。

 彼氏が欲しいとか、モテたいとか、そんな大それた願いは抱かない。

 ただ……私は……――。


「失礼します」


 保健室の扉の方から聴こえた声に、私はハッと顔を上げた。

 どれくらい時間が経っていたのか、イマイチ理解出来ない。

 二年もの引きこもり生活で、時間の感覚が未だに狂ったままだ。

 けど、今はそんなこと関係無い。


 驚いている間に、声の主はどこか覚束ない足取りで、こちらに近付いて来る。

 先程の声は……知っている声だった。

 私は動揺を隠せず、足音の主を待つことしか出来ない。

 しかし、足音が大分近くまで来たのが分かった時、

 咄嗟に掛け布団で顔を隠した時、ベッドを囲むカーテンが開いた。


「……神奈ちゃん……」


 名前を呼ばれ、私は右目だけなんとか覗かせ、声の主に視線を向けた。

 そこに立っていたのは……山谷さんだった。


「……や……山谷さん……」

「神奈ちゃん、大丈夫? 急に教室出て行ったから……心配で……」


 そう言いながら、山谷さんはベッドに腰かけ、私を見つめる。

 彼女の言葉に、私は顔を隠す掛け布団を握り締める。

 ……分かってるくせに……。

 そんなひねくれた言葉を、内心で吐き捨てる。

 山谷さんは悪くない。頭ではそう理解はしているが、イマイチ心が付いてこない。

 何より……顔を見られた事実が、私の胸を締め付ける。

 折角私のことを許容してくれた彼女が離れていくのが、酷く恐ろしかった。


「……はい」


 その時、山谷さんが何かを差し出してきた。

 私はそれを見て、目を丸くした。


「……これ……」

「本当は、授業が始まるまでに持って来たかったんだけど……ごめんね? 遅くなっちゃって」


 申し訳なさそうに言う山谷さんに、私はマジマジと差し出されたそれを見つめる。

 それは、私の付けていた眼帯だった。

 あの騒動の影響か、少し汚れていたりはするけど……私のものであることに変わりはない。

 私は、左目で掛け布団を顔の左側に当てつつ、右手を伸ばしてそれを受け取る。

 すると、山谷さんは上目遣いで私を見ながら、オズオズと続けた。


「えっと……私は、例え何があっても、神奈ちゃんの味方だから……」

「……山谷さん……」

「だッ、男子が変なこと言ってきても、私が守るよ! だから……授業……行こ?」


 そう言って微笑みながら、山谷さんは私に手を差し出してくる。

 彼女の言葉は嬉しい。

 けど、その手を易々と取ることは出来なかった。


「……山谷さんは……私の顔……」

「ん?」


 キョトンと首を傾げる山谷さんに、私はそれ以上言葉を続けられなくなる。

 山谷さんは、私の顔……気持ち悪いと思わなかったの?

 そう聞くことが……なんだか、無性に怖かった。

 言葉に詰まっていると、山谷さんはフッと微笑み、私の手を握った。


「ホラ、早く行こう? そろそろ次の授業が始まっちゃうよ」

「あ、ちょっと!」


 制止する私を無視して、山谷さんは私の手を引いて保健室を後にする。

 私は引っ張られながらも、何とか片手で眼帯を装着した。

 それから山谷さんに連れられて教室に戻ると……途端に、視線を集めた。


「ッ……」


 一気に視線が自分に集中するのを感じ、私はその場で蹈鞴を踏む。

 左目に激しい痛みが走り、呼吸が詰まる。

 今すぐ踵を返し、この場所から逃げ出したい欲求に苛まれる。

 ダラダラと体中から噴き出してくる冷や汗を感じていた時……右手が強く握られるのを感じた。


「……え……?」

「大丈夫だよ。神奈ちゃん」


 優しい声がして、私は顔を上げる。

 そこには……――


「行こう?」


 ――優しく微笑む、山谷さんがいた。

 彼女の顔を見た瞬間、私の胸中を覆っていた靄のようなものが、全て晴れていくのを感じる。

 微笑みながら手を引かれれば、あれほど強張っていた足が、前に進み始める。

 気付けば私は自分の席に座っており、前の席には山谷さんがいた。


 ……確かに、普通の生活がしたかった。

 このクラスの人達のように、当たり前のようにクラスメイトと笑い合い、普通に授業を受ける生活がしたかった。

 だけど……これはこれで、悪くないと思う自分がいる。

 確かに苦しいし、惨めな人生だけど……本当に信じられる友達がいる。

 私なんかを大切にしてくれる、優しい人に出会えた。


 見た目のことはどうしようもないし、これ以上なんて望まない。

 多くは望まないから……今ある幸せを、大切にしたい。

 山谷さんがいれば、それでいい。……それだけでいい。

 数少ない幸せを……大切にしたい。

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