11:嫌いになるわけないじゃないですか
翌日。
私はいつもより一本早い電車に乗って、学校にやって来た。
理由は……レイとナギサに謝るためだ。
流石に約束をドタキャンするのは申し訳なさ過ぎて、帰ってから、罪悪感で胸が締め付けられていた。
特にレイなんて、少し私が屋上に行かなかっただけでも落ち込むからなぁ……。
嫌われていないか不安だったこともあり、私はすぐに職員室で鍵を借りて、屋上に上がった。
「レイ、ナギサ! おは――ッ!?」
ひとまず挨拶をしながら屋上に出た私は、扉を開けた体勢のまま固まった。
なぜならそこには、負のオーラを撒き散らしながら隅っこで落ち込んでいるレイがいた。
えっと……。
「……レイ……」
「……? あぁ、ナギサさん……私、ついに幻が見えるようになってしまったかもしれません。こんな時間に結城さんが屋上に来ている光景が見えます」
「いや、あれは幻じゃないと思うけど……本物の神奈ちゃん、だよね?」
レイの暗い声での呟きに、ナギサはそう言いながら私を見た。
彼女の言葉に、私は頷いた。
「えぇ、本物の結城神奈ですよ。えっと……レイ、大丈夫ですか?」
「……結城さん?」
私の言葉に、レイはそう呟いて顔を上げた。
目が合うと、彼女の目は徐々にキラキラと輝き、パッと立ち上がった。
「結城さん!」
「えっと……昨日はごめんなさい!」
とにかく謝るべきだと判断した私は、すぐにそう言って頭を下げた。
相手が幽霊とは言っても、私が彼女等の約束を破った事実は変わらない。
だからこうして、誠心誠意謝らなければならない。
「ちょっ、神奈ちゃん顔上げなって」
「そうですよ! ……何か事情があったんですよね?」
ナギサとレイの言葉に、私は顔を上げた。
すると、レイは心配そうに私を見ていて、ナギサは呆れたような笑みを浮かべていた。
「レイの言う通り。……何かあったの?」
「……実は……」
促され、私は昨日の出来事を話した。
包み隠さず全て話すと、ナギサはすぐに口を開いた。
「なるほど……つまり、先生に呼び出されて来れなかった、と」
「断ろうとは思ったのですが、断れなくて……申し訳ないです」
「いやいや、神奈ちゃんが謝ることじゃないでしょ。先生の呼び出しじゃしょうがないよ」
「……すみません」
優しく言うナギサに、私は謝ることしか出来なかった。
本当に申し訳ない……謝っても消えない罪悪感に、私は唇を噛みしめた。
すると、彼女は「良いよ良いよ」と言って笑った。
「まー、あたしはそこまで気にしてないし。……レイは分かんないけど」
「わッ……たし、は……えっと……」
ナギサに話を振られ、レイは驚きながら目を泳がせ、モゴモゴと口の中で何かを言う。
髪の先を指で弄り、オロオロと視線を泳がせながら、私は口を開いた。
「私は……結城さんに、嫌われた、わけじゃなくて……安心、しました……」
「……嫌いになるわけないじゃないですか」
レイの呟きに、私はそんなことを口から零した。
私がレイを嫌いになるなんて……よっぽどのことが無い限りあり得ない気がする。
そんな私の呟きに、レイはパァッと目を輝かせて「本当ですか!?」と聞いた。
「えっ? う、うん……」
「そ、そうですか……良かった……」
頷く私に、彼女はそう言って嬉しそうにはにかんだ。
ただでさえ整った綺麗な顔立ちだと言うのに、はにかむと物凄く可愛い。
クシャッと綺麗な顔は綻び、頬には可愛らしいえくぼが出来る。
「……可愛い……」
「……はいッ?」
つい零れた言葉に、レイは不思議そうに聞き返してくる。
彼女の言葉に、私はハッと我に返り、慌てて訂正した。
「い、いやッ! 何も言ってない!」
「神奈ちゃんはねー、レイちゃんを見て可愛いって言ったんだよー?」
「ちょっ、ナギサッ!」
あっさりばらすナギサに、私は咄嗟に怒鳴る。
すると、レイは少しポカンとした後で、カァッと顔を赤くした。
「そ、そんな……結城さんの方が可愛いのに……」
「なッ……レイの方が……!」
「……アンタ等って付き合いたてのカップルか何か?」
私とレイのやり取りを見て、ナギサがジト目でそんなことを言ってきた。
彼女の言葉に、私とレイは顔を見合わせた。
言われてみれば、確かに。
なんか早く別れるカップルみたいなやり取りだったような……。
「……でも、レイが可愛いのは事実だしなぁ……」
「なッ……! ゆ、ゆゆ結城さんの方こそ……!」
「神奈ちゃんオーバーキルするねぇ……レイちゃんをそれ以上照れさせてどうする気?」
どうする気、と言われても……事実を述べただけなんだけど……。
というか、そろそろ教室に戻った方が良い頃な気がする。
私は少し考えて、口を開いた。
「えっと……もうそろそろ時間になるので、今は教室に帰ります」
「えっ!?」
「また昼休憩に出直しますね」
驚くレイを無視して私はそう言ってから、踵を返し、扉の方に歩いて行く。
見なくても、レイが落ち込んでいるのが分かった。
でも……しょうがないじゃないか。
これ以上ここにいたら……恥ずかしすぎて、また冷やかされてしまう。
歩きながら火照った顔を冷まし、教室棟に着く頃には、すっかり平常に戻っていた。
いつも通り目立たないように、後ろの扉から教室に入る。
「……?」
そこで、教室に見覚えのない顔があることに気付いた。
教室の廊下側の席の、一番前の席。
出席番号で言うと、一番に当たる、ずっと空席だったあの席。
そこに……一人の少女がいた。
色素の薄い、茶色に近い髪色。
童顔で、同い年とは思えない幼い顔立ちをしている。
クリクリした大きな目に、可愛らしい顔立ち。
背も低く、彼女を囲んでいる人ごみよりも頭一つ分くらい低く感じる。
……あの席の人、不登校じゃなかったのか。
単純に体調が悪かっただけか? と思いつつ、自分の席に向かう。
すると、少女を囲んでいる人の数名が、こちらに気付いたのが分かった。
自分と話している人達の様子に、少女もこちらに振り向く。
あぁ、やだやだ……また変に注目されてしまう。
私は溜息をつき、鞄を机に置いた。
その時だった。
「……カッコいい……!」
「……え?」
全く予想もしていなかった言葉に、私はつい、聞き返す。
すると、少女は大股でこちらまで歩いて来て、キラキラした目で私の顔を見上げた。
「な、名前! 名前、何て言うの!?」
「えっ……ゆ、結城、神奈……です」
「結城……神奈……」
私の名前を復唱しつつ、少女はキラキラした目で私を見つめる。
おいおい、何だこの状況……。
向けられ慣れていない目に困惑し、私は顔を背けつつ、顔を隠すように両腕を上げた。
すると、右手をガシッと両手で捕まれた。
「へぁッ!?」
「私! 有栖川 薫! よろしくね、神奈ちゃん!」
そう言って、有栖川さんはニコッと明るい笑みを浮かべた。