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108/124

108:私は好きだよ

 私が部屋に閉じ籠っている間に、約二年もの月日が流れていたらしい。

 しかも、もう一月ということもあり、今更学校に復帰するのもどうかという話になった。

 そこで、中学校から学校に復帰することにした。

 新学期までの二か月間は、叔父さんが問題集を買ってきてくれたので、それを使って小学校の勉強をやり直していた。

 大変だったけど……死にたくないから、文字通り死に物狂いで頑張った。

 おかげで、中学校の入学式の日までには、小学校の勉強の履修を終えることが出来た。


 だから……大丈夫……。

 勉強は付いていけるはずだから……後は……人間関係だけだ……。

 叔父さんの家がある場所の都合により、中学は、知り合いの全くいない近所の学校に行くことになった。

 前の私を知っている人もいないし、二年以上も前のことだから、テレビを見ていた人もいないはずだ。


 見た目のことは、もう仕方が無い。

 その分、コミュニケーション能力で補えば良い。

 大丈夫……なんとかなるはずだ。きっと……。


「すぅ……はぁ……」


 深呼吸をして、私は鞄の持ち手を握り締めた。

 何度も、「大丈夫」と内心で自分に言い聞かせながら、私は校門をくぐる。

 と言っても、制服の上から着たコートのフードを深く被っている為、私の見た目が周りにバレることはない。

 あくまでその場しのぎでしかないことだけど……こうするしか、見つからなかった。

 本当は髪を黒く染めたりしたかったけど……あの女がそんな金を出してくれるとは思わなかったし、私には金を稼ぐ手段も無かったから。

 叔父さんに買ってもらうという方法もあったが、問題集を買うだけでも、あの女は良い顔をしていなかった。

 中学校の学費に加えて、髪を染める金なんて、出してもらえると思えなかった。


 私はフードが脱げないように気を付けながら、人ごみを抜け、学校の玄関前に行く。

 ここで最初にクラスを確認し、まずは教室に行かなければならない。

 出席番号は五十音順みたいなので、や行の私は、下から確認していく。

 ……どうやら、私のクラスは一組みたいだ。

 鞄を肩に掛け直し、私は生徒玄関に入った。

 さて……私のクラスは……っと……。


「っ……」


 自分のクラスの下駄箱に近付いた私は、その前にいる女子生徒を前に、固まってしまう。

 咄嗟に、かぶっていたフードを、さらに深く被り直す。

 大丈夫……フードは脱げていない。


「……? 何ですか?」


 女子生徒が靴を履き替えるのを待つべく、ジッとその場に立ち尽くしていた時、彼女はそう聞いて来た。

 それに、私は自分でも分かるくらいに大袈裟に、肩を震わせた。

 体の筋肉が硬直し、言うことを聞かなくなる。

 けど、何かを言わなければ不審に思われると思い、慌てて口を開いた。


「えっと……私も、ここ……なので……」


 そう答えた声は、かなり震えて弱々しいものだった。

 考えても見れば、家族以外の人間と話すのは、二年以上ぶりだった。

 伸ばし放題だった髪を切りに美容室には行ったが、どう切るかはほとんど理容師さんにお任せだったため、会話はそこまでしなかった。

 そんな私の微かな声に、女子生徒はしばらくキョトンとした後で、パッとその表情を明るくした。


「ここ……って、このクラスってこと? 一組……ってこと?」

「は、はい……」

「じゃあ一緒だぁ!」


 胸の前で手を合わせながら、女子生徒は嬉しそうに言う。

 彼女の言葉に、私は「一緒……?」と聞き返す。

 すると、彼女は「うんっ!」と頷きながら、私の手を握った。


「私、山谷(やまたに) 紅葉(もみじ)! 貴方は?」

「あっ……ゆ、結城神奈、です……」

「結城……って、私の次の出席番号の人だぁ! よろしくね、神奈ちゃん!」


 言いながら、彼女は私の手をブンブンと大きく振った。

 その時の衝撃に釣られて、フードが脱げたのが分かった。


「ヤバッ……!」


 私は、フードを被り直すべく、すぐに取れたフードを手で掴んだ。

 しかし、その手を掴まれる。

 顔を上げるとそこでは、山谷さんが私の顔をジッと見ていた。

 あぁ……終わった……。


「……なんで隠そうとするの?」


 しかし、山谷さんの声は、予想外のものだった。

 咄嗟に顔を上げると、彼女はニコッと笑って続けた。


「隠す必要なんて無いじゃん。可愛い顔してるのに」

「かわッ……!? や、顔以前に、髪とか、変だし……」

「えぇ~? 綺麗な色してるね……?」

「綺麗って……でも、眼帯とか……」

「私は別に気にならないよ?」


 優しく言う山谷さんに、私は「本当?」と聞き返す。

 すると、彼女は「んっ」と笑顔で頷いた。


「だから、別に気にしなくても良いのに……私は好きだよ。神奈ちゃんの見た目」

「……初めて言われた……」


 山谷さんの言葉に、私はそう言いながら、目を逸らした。

 今まで、悪く言われることは少なかったけど……褒められたことは、一度も無かったから。

 皆、触れないようにしていたから……改めて褒められると、なんだか照れ臭い。

 どう返せば良いのか分からず戸惑っていると、握られていた手が、優しく握り直されるのを感じた。


「ホラ、早く教室行こ?」

「……うんっ」


 優しく言う山谷さんに、私は頷く。

 彼女が特別なだけだということは分かっている。

 だけど……それでも良い。

 不安で満たされていた私の心が、少しだけ和らぐのを感じた。

 これからの中学生活も、上手くいくような気がした。

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