108:私は好きだよ
私が部屋に閉じ籠っている間に、約二年もの月日が流れていたらしい。
しかも、もう一月ということもあり、今更学校に復帰するのもどうかという話になった。
そこで、中学校から学校に復帰することにした。
新学期までの二か月間は、叔父さんが問題集を買ってきてくれたので、それを使って小学校の勉強をやり直していた。
大変だったけど……死にたくないから、文字通り死に物狂いで頑張った。
おかげで、中学校の入学式の日までには、小学校の勉強の履修を終えることが出来た。
だから……大丈夫……。
勉強は付いていけるはずだから……後は……人間関係だけだ……。
叔父さんの家がある場所の都合により、中学は、知り合いの全くいない近所の学校に行くことになった。
前の私を知っている人もいないし、二年以上も前のことだから、テレビを見ていた人もいないはずだ。
見た目のことは、もう仕方が無い。
その分、コミュニケーション能力で補えば良い。
大丈夫……なんとかなるはずだ。きっと……。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸をして、私は鞄の持ち手を握り締めた。
何度も、「大丈夫」と内心で自分に言い聞かせながら、私は校門をくぐる。
と言っても、制服の上から着たコートのフードを深く被っている為、私の見た目が周りにバレることはない。
あくまでその場しのぎでしかないことだけど……こうするしか、見つからなかった。
本当は髪を黒く染めたりしたかったけど……あの女がそんな金を出してくれるとは思わなかったし、私には金を稼ぐ手段も無かったから。
叔父さんに買ってもらうという方法もあったが、問題集を買うだけでも、あの女は良い顔をしていなかった。
中学校の学費に加えて、髪を染める金なんて、出してもらえると思えなかった。
私はフードが脱げないように気を付けながら、人ごみを抜け、学校の玄関前に行く。
ここで最初にクラスを確認し、まずは教室に行かなければならない。
出席番号は五十音順みたいなので、や行の私は、下から確認していく。
……どうやら、私のクラスは一組みたいだ。
鞄を肩に掛け直し、私は生徒玄関に入った。
さて……私のクラスは……っと……。
「っ……」
自分のクラスの下駄箱に近付いた私は、その前にいる女子生徒を前に、固まってしまう。
咄嗟に、かぶっていたフードを、さらに深く被り直す。
大丈夫……フードは脱げていない。
「……? 何ですか?」
女子生徒が靴を履き替えるのを待つべく、ジッとその場に立ち尽くしていた時、彼女はそう聞いて来た。
それに、私は自分でも分かるくらいに大袈裟に、肩を震わせた。
体の筋肉が硬直し、言うことを聞かなくなる。
けど、何かを言わなければ不審に思われると思い、慌てて口を開いた。
「えっと……私も、ここ……なので……」
そう答えた声は、かなり震えて弱々しいものだった。
考えても見れば、家族以外の人間と話すのは、二年以上ぶりだった。
伸ばし放題だった髪を切りに美容室には行ったが、どう切るかはほとんど理容師さんにお任せだったため、会話はそこまでしなかった。
そんな私の微かな声に、女子生徒はしばらくキョトンとした後で、パッとその表情を明るくした。
「ここ……って、このクラスってこと? 一組……ってこと?」
「は、はい……」
「じゃあ一緒だぁ!」
胸の前で手を合わせながら、女子生徒は嬉しそうに言う。
彼女の言葉に、私は「一緒……?」と聞き返す。
すると、彼女は「うんっ!」と頷きながら、私の手を握った。
「私、山谷 紅葉! 貴方は?」
「あっ……ゆ、結城神奈、です……」
「結城……って、私の次の出席番号の人だぁ! よろしくね、神奈ちゃん!」
言いながら、彼女は私の手をブンブンと大きく振った。
その時の衝撃に釣られて、フードが脱げたのが分かった。
「ヤバッ……!」
私は、フードを被り直すべく、すぐに取れたフードを手で掴んだ。
しかし、その手を掴まれる。
顔を上げるとそこでは、山谷さんが私の顔をジッと見ていた。
あぁ……終わった……。
「……なんで隠そうとするの?」
しかし、山谷さんの声は、予想外のものだった。
咄嗟に顔を上げると、彼女はニコッと笑って続けた。
「隠す必要なんて無いじゃん。可愛い顔してるのに」
「かわッ……!? や、顔以前に、髪とか、変だし……」
「えぇ~? 綺麗な色してるね……?」
「綺麗って……でも、眼帯とか……」
「私は別に気にならないよ?」
優しく言う山谷さんに、私は「本当?」と聞き返す。
すると、彼女は「んっ」と笑顔で頷いた。
「だから、別に気にしなくても良いのに……私は好きだよ。神奈ちゃんの見た目」
「……初めて言われた……」
山谷さんの言葉に、私はそう言いながら、目を逸らした。
今まで、悪く言われることは少なかったけど……褒められたことは、一度も無かったから。
皆、触れないようにしていたから……改めて褒められると、なんだか照れ臭い。
どう返せば良いのか分からず戸惑っていると、握られていた手が、優しく握り直されるのを感じた。
「ホラ、早く教室行こ?」
「……うんっ」
優しく言う山谷さんに、私は頷く。
彼女が特別なだけだということは分かっている。
だけど……それでも良い。
不安で満たされていた私の心が、少しだけ和らぐのを感じた。
これからの中学生活も、上手くいくような気がした。