表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/124

10:味方になってくれる人

「先生は、なんで……私にここまでしてくれるんですか?」

「……」


 私の問いに、宇佐美先生は目を丸くして固まった。

 柔らかい微笑を浮かべたまま、彼女の目だけが、微かに見開く。

 それから、彼女はその目をゆっくりと逸らし、「そうね」と口を開く。


「お節介、かもしれないけど……私、結城さんみたいな子、放っておけないの」

「……私、みたいな?」

「えぇ。……私ね、中学生の頃、父親が亡くなって……元々気弱だった性格もあって、クラスで……孤立していたの」


 そう言いながら、宇佐美先生は自分の腕を擦る。

 ……イジメ。

 たった三文字の単語が、私の脳裏に過る。

 孤立、なんて言葉を使っているけど……もしかしたら……。


「皆から距離を取られて……私自身も、父親の死に重ねてそんなことがあって……かなり傷心していたわ」

「……」

「でもね……一人だけ、味方になってくれる人がいたの。中学二年生の時に転校してきて、私の事情を知らなかった……こともあるんだけど」


 そう言う宇佐美先生の頬が、若干赤く染まる。

 ……あぁ、彼女はきっと、その人のことが好きなんだな……と、なんとなく思った。

 先生はしばらく恥ずかしそうに目を泳がせた後、少し深呼吸をしてから、私を見た。


「だから私は、当時の私にとってのあの人みたいに、結城さんの力になりたいって思ったの。……結城さんが孤立しているって決めつけているみたいで、アレかもしれないけど……」

「……いえ、間違ってはいませんから」


 私はそう言いながら、目を伏せる。

 改めて言葉にするのは何だけど、私は中学時代からずっと、孤立している。

 一応、今は如月さんが自分から話しかけてきたりはするけど……それでも、孤立してることには変わり無い。

 如月さんは色々な人に囲まれているし、私に話しかけてくれるのも、皆平等に接する優しさからだと思うけど。


「だから……結城さんが良ければ、これからは悩みがあったら私に話して欲しいの。私が忙しい時は……保健室の相良(さがら)先生もいるし……ね?」

「……ありがとうございます」


 優しく言ってくれる宇佐美先生に、私は小さくお礼を言った。

 ここまで親身になってくれる先生は、本当に初めてだ。

 お節介……なんて言葉を使っていたが、とんでもない。

 彼女の優しさが、私には十分嬉しかった。

 ……私が、ここにいても良いんだって、思えるから。


「えっと……だから、ね? 悩みがあったら、何でも言って頂戴? 些細なことでも良いから、何でも」


 しかし、安堵する私を他所に、宇佐美先生がさらに食い気味にそう尋ねてきた。

 彼女の言葉に、私は頬を引きつらせて「はい?」と聞き返す。

 今のところは、特に悩みなんて……強いて言うならレイやナギサ関連のことしか無いんだけど……。

 聞き返す私に、宇佐美先生は身を乗り出して、真剣な顔で続けた。


「結城さん。先生は貴方の味方だから、あまり思い詰めないで」

「ちょっ、せ、先生……何なんですか?」


 あまりにも鬼気迫る気迫に、私は若干体を仰け反らせる。

 すると、先生は少し迷う素振りをしてから、口を開いた。


「だって、結城さん……今日の昼休憩、屋上で、一人で何か話していたから……」

「……」

「幻覚を見るくらい思い詰めているんだって……凄く心配になって……」


 そう言って俯く宇佐美先生に、私はつい遠い目をした。

 あぁ……あの時の物音、宇佐美先生かぁ……。

 やっぱりあれは気のせいなんかじゃなくて、本当に誰かいたんだ。

 そりゃあ、基本的に施錠されていて出入り禁止の屋上に近付く人なんて、私が屋上に出入りしていることを知っている人間に他ならない。

 そしてそれを知っているのは、如月さんと教師一同くらいだ。

 教師の中で、特にこのことに関して理解しているのは宇佐美先生だし、そりゃ様子見くらいには来るよねぇ……。


 さて、事情は分かったことだし、何と答えれば良いものか。

 正直に言う……? 宇佐美先生はある程度の理解はありそうだけど……下手したら素敵な精神科をオススメされ兼ねない。

 中二病を患っているフリをして、私には見えないものが見えてしまうんだ的なことを宣う? 正直に言うことと何も変わらない。

 つまり、なんとかして誤魔化すしか無い。

 私はしばらく考えて、口を開いた。


「で……電話していたんです! 家族と!」

「……家族と?」

「はいっ! ホラ、私ってこういう見た目ですし、学校で上手くいっているか気になったみたいで……すみません。学校内ではスマートフォン使用禁止なのに」

「いや、それは良いんだけど……そっかぁ」


 私の説明に、宇佐美先生は脱力した様子でソファに体重を預けた。

 かなり安堵した様子で、彼女は大きく溜息をつく。


「ごめんなさい。ややこしい真似をしてしまって」

「ううん。私の方こそ、勝手に勘違いしてごめんなさい。……じゃあ、今は特に、悩みは無いのかな?」

「えぇ。大丈夫です」


 大きく頷いて見せると、宇佐美先生は「良いわよ」と言って微笑んだ。

 まぁ、今のところ悩みはあまり無いかもしれない。

 強いていくつか挙げるとしても、中学時代からの、どうしようもない悩みばかりだし。

 こればかりは、宇佐美先生に話しても、彼女を困らせるだけだ。


「結城さんは……――……でね」


 その時、宇佐美先生がポツリと、何かを呟いた。

 彼女の言葉に、私は顔を上げた。


「え?」

「……あ、ううん。何でも無いの。じゃあ、話も済んだし、そろそろ帰りましょうか」


 そう言って、先生は立ち上がる。

 彼女の言葉に、私は「は、はい」と頷き、カバンを持って立ち上がる。

 ……今の言葉は……どういう意味だったのだろうか……。

 聞き間違いでなければ、彼女はさっき、こう言ったんだ。


 ――結城さんは、雨宮さんみたいにはならないでね――


 ……雨宮さんとは……誰のことだろうか……。

 分からないし、あまり気にする必要も無いはずだ。

 それなのになぜか、その名前は、頭の中からしばらく離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ