10:味方になってくれる人
「先生は、なんで……私にここまでしてくれるんですか?」
「……」
私の問いに、宇佐美先生は目を丸くして固まった。
柔らかい微笑を浮かべたまま、彼女の目だけが、微かに見開く。
それから、彼女はその目をゆっくりと逸らし、「そうね」と口を開く。
「お節介、かもしれないけど……私、結城さんみたいな子、放っておけないの」
「……私、みたいな?」
「えぇ。……私ね、中学生の頃、父親が亡くなって……元々気弱だった性格もあって、クラスで……孤立していたの」
そう言いながら、宇佐美先生は自分の腕を擦る。
……イジメ。
たった三文字の単語が、私の脳裏に過る。
孤立、なんて言葉を使っているけど……もしかしたら……。
「皆から距離を取られて……私自身も、父親の死に重ねてそんなことがあって……かなり傷心していたわ」
「……」
「でもね……一人だけ、味方になってくれる人がいたの。中学二年生の時に転校してきて、私の事情を知らなかった……こともあるんだけど」
そう言う宇佐美先生の頬が、若干赤く染まる。
……あぁ、彼女はきっと、その人のことが好きなんだな……と、なんとなく思った。
先生はしばらく恥ずかしそうに目を泳がせた後、少し深呼吸をしてから、私を見た。
「だから私は、当時の私にとってのあの人みたいに、結城さんの力になりたいって思ったの。……結城さんが孤立しているって決めつけているみたいで、アレかもしれないけど……」
「……いえ、間違ってはいませんから」
私はそう言いながら、目を伏せる。
改めて言葉にするのは何だけど、私は中学時代からずっと、孤立している。
一応、今は如月さんが自分から話しかけてきたりはするけど……それでも、孤立してることには変わり無い。
如月さんは色々な人に囲まれているし、私に話しかけてくれるのも、皆平等に接する優しさからだと思うけど。
「だから……結城さんが良ければ、これからは悩みがあったら私に話して欲しいの。私が忙しい時は……保健室の相良先生もいるし……ね?」
「……ありがとうございます」
優しく言ってくれる宇佐美先生に、私は小さくお礼を言った。
ここまで親身になってくれる先生は、本当に初めてだ。
お節介……なんて言葉を使っていたが、とんでもない。
彼女の優しさが、私には十分嬉しかった。
……私が、ここにいても良いんだって、思えるから。
「えっと……だから、ね? 悩みがあったら、何でも言って頂戴? 些細なことでも良いから、何でも」
しかし、安堵する私を他所に、宇佐美先生がさらに食い気味にそう尋ねてきた。
彼女の言葉に、私は頬を引きつらせて「はい?」と聞き返す。
今のところは、特に悩みなんて……強いて言うならレイやナギサ関連のことしか無いんだけど……。
聞き返す私に、宇佐美先生は身を乗り出して、真剣な顔で続けた。
「結城さん。先生は貴方の味方だから、あまり思い詰めないで」
「ちょっ、せ、先生……何なんですか?」
あまりにも鬼気迫る気迫に、私は若干体を仰け反らせる。
すると、先生は少し迷う素振りをしてから、口を開いた。
「だって、結城さん……今日の昼休憩、屋上で、一人で何か話していたから……」
「……」
「幻覚を見るくらい思い詰めているんだって……凄く心配になって……」
そう言って俯く宇佐美先生に、私はつい遠い目をした。
あぁ……あの時の物音、宇佐美先生かぁ……。
やっぱりあれは気のせいなんかじゃなくて、本当に誰かいたんだ。
そりゃあ、基本的に施錠されていて出入り禁止の屋上に近付く人なんて、私が屋上に出入りしていることを知っている人間に他ならない。
そしてそれを知っているのは、如月さんと教師一同くらいだ。
教師の中で、特にこのことに関して理解しているのは宇佐美先生だし、そりゃ様子見くらいには来るよねぇ……。
さて、事情は分かったことだし、何と答えれば良いものか。
正直に言う……? 宇佐美先生はある程度の理解はありそうだけど……下手したら素敵な精神科をオススメされ兼ねない。
中二病を患っているフリをして、私には見えないものが見えてしまうんだ的なことを宣う? 正直に言うことと何も変わらない。
つまり、なんとかして誤魔化すしか無い。
私はしばらく考えて、口を開いた。
「で……電話していたんです! 家族と!」
「……家族と?」
「はいっ! ホラ、私ってこういう見た目ですし、学校で上手くいっているか気になったみたいで……すみません。学校内ではスマートフォン使用禁止なのに」
「いや、それは良いんだけど……そっかぁ」
私の説明に、宇佐美先生は脱力した様子でソファに体重を預けた。
かなり安堵した様子で、彼女は大きく溜息をつく。
「ごめんなさい。ややこしい真似をしてしまって」
「ううん。私の方こそ、勝手に勘違いしてごめんなさい。……じゃあ、今は特に、悩みは無いのかな?」
「えぇ。大丈夫です」
大きく頷いて見せると、宇佐美先生は「良いわよ」と言って微笑んだ。
まぁ、今のところ悩みはあまり無いかもしれない。
強いていくつか挙げるとしても、中学時代からの、どうしようもない悩みばかりだし。
こればかりは、宇佐美先生に話しても、彼女を困らせるだけだ。
「結城さんは……――……でね」
その時、宇佐美先生がポツリと、何かを呟いた。
彼女の言葉に、私は顔を上げた。
「え?」
「……あ、ううん。何でも無いの。じゃあ、話も済んだし、そろそろ帰りましょうか」
そう言って、先生は立ち上がる。
彼女の言葉に、私は「は、はい」と頷き、カバンを持って立ち上がる。
……今の言葉は……どういう意味だったのだろうか……。
聞き間違いでなければ、彼女はさっき、こう言ったんだ。
――結城さんは、雨宮さんみたいにはならないでね――
……雨宮さんとは……誰のことだろうか……。
分からないし、あまり気にする必要も無いはずだ。
それなのになぜか、その名前は、頭の中からしばらく離れなかった。