最後の犯罪
1.
秋津正昭は、取り壊しの決まった宮藤荘の前にいた。
古いコーポの階段は、何度もペンキで補修した跡があり、あちこちの鉄部が錆び付いてボロボロになっている。
秋津は、駐車場に停めたレクサスに乗ると家路に就いた。
翌日朝、8:05
東所沢にある秋津正昭の屋敷の前には、パトカーが停められ、刑事や現場検証にやってきた鑑識班が出入りしていた。
秋になって涼しい季節には気の早いコート姿の男が、電子タバコをくわえて現れた。
若い刑事が、ハッとした表情で敬礼する。
「どんな風だ?」
「はいっ!ガイシャは、この家の主人で今朝がた来た家政婦が、発見。風呂場でぐったりしてるところを通報したものであります」と緊張した面持ちで、訥々と報告した。
「フム」
男は、口に電子タバコをくわえたまま首肯うなづいた。
半白のもみあげを、指で撫で付ける。
邸内は、広々としたリビング以外生活臭がなく、キッチンに置かれたスーパーの袋が寒々しく感じられた。家政婦が買ってきたものだろう。
ガイシャは、この広い邸内に一人暮らしだったようだ。
不動産業で成功し、何不自由なく暮らしていた……。
遺体は、既に遺体検案で運び去られていたが、風呂場の浴槽では、鑑識の係員がいた。
コート姿の男と目が合うとニヤリと笑う。
「禁煙かい?」
「電子タバコさ」
「どんなだ?」
「最悪さ」とニヤリとした。いかつい顔が綻ぶ。
鑑識の主任鯨井だった。男とは同期だ。変り者警部と揶揄される男と鯨井とは、数少ない気の置けない仲なのだ。
どちらも血液型は、B型だ。
取っつきは悪いが、二人とも、子供がそのまま警察官になったかのようなタイプである。
鯨井が、一通り風呂場の作業を終えて、ふと見ると、男がじっと何かを見ていた。
つづく