幻想の少女
──幻想の少女──
────あれから1年の月日がたった。
だが、状況に余り進展は無い。
変化が無いわけがないのだ。
なのに、なにも変わっていない。
少女は来客用のベッドで寝息をたてている。
着ていたワンピースはそっと脱がして洗濯しておいたが、その時にちょっとした天使と悪魔の戦いがあったことは言うまでもないだろう。
高校生くらいだろうか、とても華奢で触れれば折れてしまいそうなくらい細い。
今まで、1度も起きること無く。
ご飯も水も取らずに1年間。
眠ったまま生き続けている。
もちろん警察や救急にも急いで連絡した。
だが、俺以外の人からは、彼女は見えなかった。
見えないどころか触れることすら叶わなかった。
ベッドも沈んでいない。
だが俺は見る事も触れる事も出来る。
俺だけが、この少女の存在を認識出来る。
俺は自分の頭がおかしくなって幻覚と幻聴を患ってしまったのかと思った。
精神科にも行き、適切な処置も受けた。
だが、彼女は消えない。
まず、触れるって時点でおかしいだろ。
幻覚や幻聴ならまだ分かる、だけど触れるってなんだ?触覚までおかしくなっているのか?
でもそれならなぜ仕事に支障をきたさない、なぜ日常生活で障害が出ない。
何もかもが分からなかった。
今も変わらず俺はボロボロになり、夜遅くに帰り夕食を手に取る。
最初こそ怖かったものの、次第にこんな風に考えるようになってきた。
これはいつまでも彼女が出来ない童貞の俺に、神様がくれた贈り物なのかな、と。
だが事を実行へと移した事はまだ無い。
なんとも情けない、勇気すらもボロボロになってしまったのか。
いや、勇気と言えるのかどうかは分からないが…。
それにしても、彼女はとても美しく、俺にとっては見てるだけでも疲れを癒してくれる観葉植物のような存在だった。
夕食を食べ終え、たまにはと、来客用のベッドへと向かう。
少女はまだ眠ったままだろうか、恐らくそうだろうな。
ほんの少しだけ、微かな期待と緊張を手首に込めてドアの取っ手を回す。
この時、初めての大きな変化があった。
少女は寝ているわけでも起きているわけでもなく、【いなかった】。
わざとらしく目を擦り、もう1度見てみるがやはりいない。
ならば何処に行ったのか、まさか、押入れの中に隠れていて、奇襲をはかっているのだろうか。
今更ながらに恐怖を感じる。
とりあえず逃げようか?
でも相手は少女だ。
凶器などを持って無い限りこちらが力負けすることはまず無いはずだ、……多分。
それより、俺はビビりなんだ。
いきなり押入れから出てこられたりしたら心臓が止まってしまうかもしれない。
そっちの方がよっぽど恐ろしい。
思考に潰された時間が過去へと消えていく。
いつまでたっても変化は訪れない。
勇気を出して押入れを開けてみるべきだろうか。
このまま何もせずに寝るなんて絶対出来ない。
眠気などとっくにさめている。
それか、もしかしたらあれか。
今までの私が幻覚を見ていただけで、彼女はやはり幻想だったのかもしれないな。
そう思うといくらか心が軽くなった。
とりあえず何か行動に移すべきだろうか、迷った末に俺は少女に呼びかけることにした。
「お、おーい!い、いないのか?」
改めて考えてみるとなんともダサいセリフだと思う。
だが、これぐらいしか今の私には言えなかった。
……反応は無い。
本当に消えてしまったのだろうか…………
「……ね、お兄さん…?」
「ほわっっ!!!!!?」
心臓が止まるとこだった。
うん、驚いてコケて気絶くらいで済んでよかった。