ごく普通の魔法少女の話
ある街に魔法少女が好きな少女がいました。
とある日のことです。少女の元にいかにも魔法少女のステッキのようなステッキが入ってきて、言い放ちました。
「ボクと契約して魔法少女になってよ!」
少女は二つ返事で頷きました。
なんとも簡単に少女は魔法少女になりました。
その日から街には怪物が現れるようになりました。魔法少女はその度に街に出て、怪物をやっつけます。
「マジカルシャイニングフレアー!」
「ミラクルブリザードトルネード!」
「トリプルライトニングキーック!」
どんな呪文を唱えても、ピンク色でハート形の光線が出るだけでした。
なんでこれしか出ないの? と尋ねると、小さな声でステッキは答えました。
「予算の都合で……」
怪物はなぜか毎週日曜日の朝に現れました。その様子はテレビに映し出され、多くの人が見ているという話でした。なぜ日曜の朝なのか聞くと、ステッキは早口で熱く語り始めました。
曰くニチアサは世の中の人々にとっての憩いの時間であると。子供たちはその時間を毎日楽しみにしているのだと。大きな子供たちにもまたそれは同様なのであると。録画をしてでも見ようとしている人はたくさんいるのだと。局にもそれで都合がいいのだと。
魔法少女には難しくてよくわかりませんでした。
ずがーんどがーんとハート形の光線が炸裂して怪物を倒していきます。ちなみにずがーんどがーんという音は怪物を貫通した光線がビルを倒していく音です。
ハート型の光線はいつまでたってもハート形の光線のままでした。まだ予算がおりないようです。魔法少女もだんだん飽きてきていました。呪文も、
「プリティーレインボースパークー!」
みたいなものから、
「えっと、はーとびーむ」
のようになって、
「なんかでろ」
果てには、
「…………」
何も言わなくなりました。
怪物が出たという知らせをステッキから受けた時も、
「よぉし! 今日も頑張らないとねっ!」
溌剌とした声で輝くような笑顔を見せていた魔法少女ですが、今はもう面影もありません。
知らせを受けると、それはそれは深く、それはそれは長い溜息をついてから、まるで鉄の塊でも乗っているのではないかというくらい、重そうに腰を上げます。
「めんどくさ……」
呟く様子は、まるでバイト前の大学生のようであったと後にステッキは語ります。
怪物はいつも同じような時間、同じような場所に現れていましたが、なぜか知らせを受けてからでないと向かってはいけないようでした。なぜなのか尋ねると、ステッキはそれを〝お約束〟なのだと言いました。たしかに約束は重要だと魔法少女は思い、それ以上何も聞きませんでした。
同じ場所に出るものですから、その辺りの建物はすべて崩れたり、壊れたり、倒れたりしています。三割ほどは怪物が、残りは魔法少女の光線が貫いた結果でした。
もちろん人が住める状況にはなく、その辺りはまるで廃墟のようになっていました。
律儀に現れる怪物を律儀にやっつけていった魔法少女ですが、ある日、いくつかの〝意見〟が届きました。
それはテレビ局を介してステッキに伝えられ、ステッキから魔法少女に伝えられました。
曰く、光線のバリエーションを増やしてほしい。(十代・女性)
曰く、怪物の種類も増やしてほしい。(八歳・女性)
曰く、建物を壊さないでほしい。(四十代・女性)
曰く、魔法少女にはもうちょっと元気を出してほしい。(三十代・男性)
曰く、初めは楽しんで見ていた子供が最近では怖いと言って泣いてしまう。(三十代・女性)
曰く、怪物に光線を打ち込んだ後、倒壊する建物をバックに無表情で歩く姿は、魔法少女というよりはもはや海外映画の主人公である。(五十代・男性)
魔法少女は無言で、顔色一つ変えないままそれらの話を聞いていました。ステッキが話し終えた後も、黙ったままじっと何かを考え、ぴくりとも動きません。ステッキははらはらと魔法少女を見守っていました。やがて、五分ほどした後、ようやく魔法少女は口を開きました。
「じゃあもうやんない」
そして魔法少女は何もやらなくなりました。
次の日曜日には、街は怪物に破壊されてしまいました。