表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
99/521

十三日目:再び、ゴブリンの巣へ1

 それから一レンディアが経っても、タティマたちは戻ってこなかった。


「これはいよいよ、中で何か起こったでござるかな」


 腕組みをするタゴサクは、難しい表情で考え込んでいる。

 セザリーがさりげなくタゴサクの隣に立ってタゴサクに囁いた。


「私たちを浚った人身売買組織と鉢合わせたのかもしれません。私たちがここにいるということは、彼らも近くにいるということでしょうから」


 思わず後ずさるタゴサクに合わせ、つつつとさらに擦り寄るセザリーに生温い視線を送りながらテナが言った。


「ここは隠れるのにうってつけだもんね。しばらくはゴブリンが住み着いてたらしいから使えなかったけど、今はそうじゃないみたいだし」


「そもそも、美咲さんたちはこの洞窟に何しに来たんですかぁ?」


 テナの背後から頭半分だけ出して尋ねたイルマの台詞に、美咲はミーヤとタゴサクと顔を見合わせた。

 そういえば、色々打ち明けはしたが、肝心の今回のクエストについて詳しい事情を話していない。


「拙者らは冒険者ギルドの依頼を受けてきたでござる。内容は、洞窟内の地図作成と、生存者の調査。要は、前のゴブリン討伐の後始末でござるな」


 タゴサクがセザリー、テナ、イルマに事情を語って聞かせた。


「そういうわけですか。なら、私たちも役に立てそうですね」


 にこにことタゴサクの横でセザリーは笑っている。


「問題は、拙者らはまだ洞窟内に入っていない故、詳細な地図を作れていないということでござるな。これでは最悪、タティマたちが何者かに襲われたと仮定した場合、二の舞になりかねないでござる」


「あの、地図なら、あります」


 美咲は道具袋から、ゴブリンのグモに作ってもらった地図を出して広げてみせた。

 興味深そうな顔をしたタゴサクが、美咲が持つ地図を覗き込む。


「どれどれ……」


 その目が見開かれ、表情が驚愕に彩られていく。

 無理もない。

 洞窟内の地理ほぼ全てが網羅され、あまつさえゴブリン語で注釈すら入っている地図なのだ。そんなものを見せられて、驚かない方がどうかしている。

 例えゴブリン語が読めなくとも、見る者が見ればこの地図の有用性を理解できるだろう。


「こ、これは……美咲殿は、これほどの詳細な地図を、どうやって手に入れたでござるか?」


「私、以前のゴブリン討伐にも参加していたんです。その時に手に入れました」


「戦利品、というわけでござるな。だが、ゴブリンどもに地図を使う頭があるとは思えぬでござる」


「上位種がいましたから」


 端的な美咲の言葉に、タゴサクは一際大きな唸り声を上げた。

 美咲は洞窟内での出来事を思い出すと、今でも大きな感情の波に襲われる。

 それを押し隠して、努めて冷静に事実を告げた。


「ゴブリンの群れは、上位種であるゴブリンマジシャンとゴブリンロードに率いられていました。おそらくは、彼らが地図の重要性を熟知していたのだと思います。ただのゴブリンと比べて、かなり理性的で知性があるように見えましたから」


「待ってください。それでは、まるで、美咲さんが実際にそのゴブリンの上位種たちと戦ったように聞こえるのですが」


 セザリーが遠慮がちに口を挟んでくる。その表情は半信半疑といった面持ちで、戸惑っているのがありありと伝わってくる。


「戦いましたよ。ゴブリンロードには最後まで遭いませんでしたが、シャーマンとは何度か。眠りの魔法を使ってくる強敵でした。一緒に洞窟に潜った人たちも、ほとんどが眠らされて殺されてしまって……。魔法が効かない体質でなければ、私も死んでいたでしょう」


 あの洞窟で、多くの冒険者たちが命を落とした。

 ルフィミアの仲間であるエドワード、ディック、ピューミたちに始まり、その日に顔を合わせた冒険者たち。ルアンもまた、この洞窟で美咲とルフィミアを逃がし、ゴブリンの群れと絶望的な戦いに身を投じたきり、行方が分からない。

 辛うじて生き延びたルフィミアも、ヴェリートの攻防戦で美咲を逃がし、消息不明になっている。

 旅に出たばかりの頃は、ただ美咲自身が死にたくないから、帰りたいからというのが魔王を倒す理由だった。

 今でもそれは変わっていないけれど、美咲の中で願望から義務感へと魔王に対する感情は変化しつつあった。

 絶対に、魔王を倒さなければならない。そうでなければ、美咲を守ってくれたルアンやルフィミアに申し訳が立たないではないか。


「美咲は異世界人だもんね」


 うんうんとテナが重々しい表情で頷いた。

 表情は真剣だが、彼女はそんな態度でもどこかコミカルな印象を見る相手に与える。


「ちょっと待ってください。ゴブリンたちが洞窟に戻ってきている、という可能性はありませんか……?」


 おずおずと遠慮がちに意見を述べたのはイルマだった。

 イルマの意見をタゴサクが否定する。


「それは無いでござろう。この洞窟はゴブリンたちにとって既に放棄した場所でござる。それに、今ゴブリンたちは魔族軍と合流し、ヴェリートという、洞窟よりも遥かに過ごし易く守り易い拠点を手に入れているでござる。今更こんな洞窟に戻ってくるとは考えられぬでござるよ」


 ずっと黙り込んでいたミーヤが、ふと思いつきを口にした。


「そういえば、ゴブリンさんたちが住む前は、この洞窟には誰が住んでたのかなぁ。お姉ちゃん、知ってる?」


「……ミーヤちゃん、関係ない話で話の腰を折るのはやめようか」


 嗜めようとした美咲を、タゴサクが制止した。


「待つでござる。ミーヤ殿の言っていることは、あながち無関係とは言い切れぬでござるよ」


 続いて、セザリーがはっとした表情で顔を上げた。


「そういえば、噂を聞いたことがあります」


「噂、ですか?」


 聞き返した美咲に、答えたのはタゴサクだった。


「おお、セザリー殿も知っていたでござるか」


 おそるおそる、イルマも手を挙げた。


「私も、知っています」


 はいはいはーい! と元気良くテナが掛け声つきで挙手する。


「私も知ってるよ!」


 しょんぼりとミーヤが項垂れた。


「ミーヤ、知らない……」


 結局、美咲とミーヤ以外の全員がその噂について知っているようだった。

 美咲は異世界人だし、ミーヤはヴェリートから流れてきたばかりだ。つまり、ラーダン出身者か、ラーダンを根城にしている冒険者なら知っていてもおかしくない噂なのだろう。


(……あれ? でも、ルアンは別にそんなこと言ってなかったような気が)


 ルアンはラーダンに居を構える貴族の一族の人間だ。そんな噂が流れているのなら、知らないはずがない。


「洞窟の一部が、奴隷商人と結託する貴族の屋敷に隠し通路で繋がっていて、人攫いの根城になっているという噂でござる。荒唐無稽故、誰も信じていなかったでござるがな。それに、ゴブリンに占拠されても何も無かった故、噂はすぐ立ち消えになったでござる。だが、美咲殿とミーヤ殿が浚われたことといい、セザリー殿、テナ殿、イルマ殿がこの洞窟にいたことといい、繋ぎ合わせて考えると、嘘ではなかったようでござるな」


 思わぬところで話が繋がり、美咲は混乱しながら情報を整理する。


「えっとつまり、この洞窟は元から人攫いの隠れ場所になっていて、ゴブリンに占拠されてからは居なくなっていたけれど、そのゴブリンが消えたので戻ってきた、ということでしょうか」


「その認識で間違いないでござるよ。ゴブリンたちがラーダンに攻め込んでいないことから見ても、ゴブリンたちもこの洞窟からラーダンの屋敷に通じる隠し通路には気付かなかったのでござろう。気付いていたなら、今頃はヴェリートだけではなくラーダンまで落とされているはずでござる」


 タゴサクの発言をセザリーが捕捉した。


「地図自体は正確そうですから、タゴサクさんの仲間たちが見つからない場合、この地図を頼りに、隠し通路が無いか探すことになりそうね」


「最初から隠し通路を探したほうが早いかもよ? 何しろ、洞窟っていっても広いし」


 テナの発言を聞いて、ふと思い出した美咲はタゴサクに尋ねた。


「そういえば、他の入り口から突入した人たちはどうなっているんでしょうか」


「分からぬでござる。何か様子を探れる手立てがあればいいでござるが……」


 役に立てることを敏感に察したミーヤが胸を張った。


「様子なら、ミーヤがペリ丸に頼んで探ってきてあげる!」


 何しろ、ペリトンというのは食肉になるくらい、弱いくせして繁殖力が強い魔物なのだ。環境にも適応しやすく、優れた嗅覚で餌となる食べ物を探し当てるのも得意なため、ベルアニア以外の地域にも広く分布している。戦闘能力は大して期待出来ないが、戦闘以外では役に立つことも多い。

 特にペリ丸はこの地域に住むペリトンたちのボス的存在だったのか、群れのリーダーとして他のペリトンを従えているので、こういう時には打って付けだ。

 というわけで、ペリトンの群れを斥候に放つことになった。



■ □ ■



 ペリ丸にペリトンの群れを使って調査してもらった結果は、緊急事態を告げるには十分なものだった。


「他のパーティは揃いも揃って行方不明、でござるか……」


 明らかに異常な状況に、適当な倒木を椅子代わりにして考え込んでいるタゴサクも、さすがに方針を決めあぐねているようだ。

 ミーヤに抱かれているペリ丸が、盛んに鳴いて何かを伝えようとしている。


「ぷぷうぷっぷーぷぷぷ(でも、地面に何かが激しく争った形跡があったよ)」


 困った表情で胸元に抱いたペリ丸を見下ろしたミーヤが、美咲のマントの袖を引っ張った。


「うー。ペリ丸が何言ってるのか分からないよ。お姉ちゃん、教えて」


 翻訳サークレットで唯一ペリ丸と意思疎通ができる美咲が、鳴き声を翻訳して伝える。


「えっと……。人は居なかったけど、戦闘の痕跡があったみたいです。もしかしたら、向こうでも襲撃があったのかもしれません」


「なるほど。そういえば、いなくなった御者は見つかったでござるか?」


「いいえ、影も形も見当たらないままです」


「これだけ経っても姿が見えないとなると、意図的に姿を隠した可能性も出てくるでござるな。いよいよきな臭くなってきたでござる」


「冒険者ギルドが手配した馬車の御者ですよ。そんなことがあるんでしょうか」


「ギルドが手配したといっても、馬車やその御者がギルドに所属しているというわけではないでござる。街馬車や貴族が所有する馬車を御者ごと借り受けることがほとんどでござるよ」


 美咲とタゴサクのやり取りを見ていたセザリーが、話に加わってくる。


「ということは、全てが組織的に仕組まれていた、という可能性は低いのでは?」


 興味深そうに話を聞いていたテナも、自らの意見を述べた。


「少なくとも、冒険者ギルドは関係ないと思うわよ? 信用問題になるし、さすがにリスクが高過ぎるもの」


 テナの背後から顔を覗かせたイルマが、おずおずと上目遣いで言った。


「むしろ、馬車の持ち主の方が怪しい気がしますぅ」


 タゴサクが立ち上がり、美咲、ミーヤ、セザリー、テナ、イルマを順繰りに見回した。


「……これは本格的に、タティマたちの安否が気になるでござるな。拙者は洞窟に突入するでござる。危険が予想される故、着いて来いとは言わぬ。拙者一人で行くでござるよ」


「いいえ、私もお供いたします。一度浚われた身としては、元を断たないと安心できませんもの」


 弓を片手にタゴサクの横に並んだセザリーを、タゴサクは思い止まらせようとする。


「しかし、セザリー殿。人間と殺し合いになるかもしれぬでござるよ。魔物と戦うのとは訳が違うでござる」


 いつもの飄々とした態度が崩れてしどろもどろになるタゴサクがおかしかったのか、テナがくすりと笑った。その手には、やはり弓が握られている。彼女もやる気のようだ。


「説得しようったってムリムリ。セザリーってこう見えても頑固なのよ。一度こうと決めたらもう梃子でも動かないんだから」


「セザリーちゃんとテナちゃんが行くなら、私も行きますぅ」


 普段小さな声を絞り出したのはイルマだった。彼女も弓を手に、不安は隠せないのか顔色を蒼白にしながらも、はっきりと同行を告げた。


「……くそ、揃いも揃って頑固者ばかりでござるな! 美咲殿も説得を手伝って欲しいでござるよ!」


 とうとう美咲に助けを求め始めたタゴサクに、美咲は苦笑した。

 ミーヤを見ると、彼女もやる気のようで、ペリ丸に頼んで馬車の見張りをペリトンに変え、マク太郎を呼び戻そうとしていた。


「諦めた方がいいですよ、タゴサクさん。皆、同じ意見みたいですから。それに、残るといっても、この中で馬車の御者ができる人、います?」


 美咲の質問に、タゴサクが押し黙った。

 本人が以前言っていた通り、タゴサクはあくまで戦闘要員だ。戦うのは得意だが、それ以外の特技には秀でていない。御者を務めるのは不可能である。

 モットレーなら御者ができるが、生憎彼はタティマたちと一緒に行方不明だ。

 セザリー、テナ、イルマの三人は元々がただの街娘なので、言うまでも無く御者など出来ない。弓の扱いは洗脳の影響か身体が覚えているようだが、近接戦闘も駄目だろう。つまり完全なる援護要員だ。

 残るは美咲とミーヤだが、どちらも論外である。片や馬車など見ることも稀な異世界人に、幼女と言ってもいい年齢のミーヤ。御者などできるわけがない。幸い、タゴサクの見たところ美咲は以前ルアンと一緒に居た時に見かけた時とは違い、ある程度戦えそうではある。ミーヤもマク太郎を呼び戻すなら本人の危険はかなり軽減されるだろう。

 タゴサクはため息をついて、思い止まらせるのを諦めた。


「仕方ないでござるな。馬車が使えない以上、徒歩で帰るのは無謀でござる。むしろ、隠し通路を見つけた方が早いやも知れぬ。だが、常々注意するでござるよ。何が起きるか、拙者にも分からぬ故」


 重々しいタゴサクの言葉に、美咲、ミーヤ、せざりー、テナ、イルマの五人は神妙な表情で頷く。

 間を置かずに、草むらからマク太郎が姿を表した。


「あ、マク太郎!」


 顔を輝かせたミーヤが美咲のマントを掴んだままマク太郎に駆け寄っていく。

 振り払うわけにもいかず、美咲もその後に続いた。


「クマ? クマ?(どうしたの? 何かあった?)」


 まさかマクレーアに話しかけられているとは思わないので、ミーヤと美咲以外はマク太郎の鳴き声に反応しない。

 ただ一人、例外で美咲だけが鳴き声に篭められた意思を理解でき、また言葉をマクレーアに伝えることができる。

 翻訳サークレットの力だ。


「ちょっと事情が変わって、洞窟の中に今から入ることになったの。だから、ミーヤちゃんのこと、守ってあげて」


「クマ。クマクマ(いいよ。退屈だったし)」


 マク太郎が快諾してくれたので、美咲はホッとした。


(翻訳サークレットがあって本当に良かった……。まぁ、召喚されたことを考えると凄い複雑だけど。こういうのを、不幸中の幸いって言うのかな)


 無意識に、美咲の左手が左腰の鞘を掴む。勇者の剣を振るうようになってからすっかり身についた美咲の癖だ。そのうち、右手がすぐ柄に伸びるようになる日も遠くないかもしれない。


「それじゃあ、作戦を練るでござるよ」


「えっ、今すぐ入らないんですか?」


 再びどっかりと腰を据えたタゴサクに、美咲は吃驚して問いかけた。てっきり、勢いに任せて突入すると思っていたのだ。


「そうしたいのはやまやまでござるがな。決めるべきことを決めておかないと、後で後悔するでござるよ。せめて、洞窟内での役割分担くらいは決めておくべきでござる」


 まったくもってその通りであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ