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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十二日目:初めての負傷5

 アリシャは火を入れた竈の上に水を張った鍋を置き、湯を沸かしているところだった。


「持ってきましたよ」


「来たよー」


「ああ、ご苦労さん。その辺に置いといてくれ。美咲は料理はできるんだっけ?」


 台車で木箱を運んできた美咲とミーヤを労うと、アリシャは美咲に尋ねた。


「一応は。ただ、使っていた調理器具が違うので、前と同じようにできるかは分かりませんよ」


「ある程度形にできるなら構わないさ。どうせ食べるのは私たちだけだからね。肉は私がやるから、野菜の下ごしらえをしておくれ」


 一人だけ何も仕事がないことを不満に思ったのか、ミーヤが話に割り込んできた。


「ミーヤも手伝う! ミーヤにもやらせて!」


 機嫌を損ねずにどう断ろうかと美咲が困っていると、意外なことにアリシャが許可を出した。


「構わんが、なら美咲の指示を仰ぎな。言うことをきちんと聞くんだぞ」


 本当に許されるとはミーヤ自身思っていなかったのか、一瞬きょとんとした顔をすると、ミーヤは嬉しそうにはにかんだ。


「うん。アリシャ、ありがとう」


 美咲に向き直ったミーヤは、期待に満ちた元気な声で尋ねる。


「お姉ちゃん、ミーヤは何すればいい?」


 少し考えた美咲は、あまり危険のない単純作業を言いつけることにした。


「じゃあ、この水桶にもう一度水を汲んできてくれる? 直接水瓶から移していいから」


「分かった! ミーヤ、行ってくるね!」


 水桶を受け取ったミーヤは、跳ねるような足取りで馬車に駆けていく。

 やり取りを見ていたアリシャが忍び笑いをした。


「慕われてるねぇ」


「茶化さないでくださいよ。まあ、悪い気はしませんけど」


「……まあ、美咲がそれでいいなら、私からは何も言わんさ」


 意味ありげなアリシャの台詞に美咲はちょっと気になったものの、それよりも美咲はおもむろにアリシャが懐から取り出したものに目を奪われた。

 同じものを懐からもう一つ取り出したアリシャは、一つを美咲に手渡す。


「材料を切るにはこれを使え。ミーヤの分まではいらないだろ。危なっかしいだろうし」


 手渡されたものをまじまじと眺めた美咲は、感嘆した。


「……前にも思いましたけど、包丁、あるんですね」


「そりゃあるところにはあるさ。普通は料亭の料理人とか、城の料理番とか、そういう専門職でしか扱わないけどね。私はたまたま手に入れたから使ってる。短剣よりも使いやすいから気に入ってるよ」


 アリシャが持っているものも、美咲が渡されたものも、どこからどう見ても包丁だった。それも、職人の技が光る、どちらもしっかりとした作りの包丁だ。現代で安く大量生産されて売られているような包丁とは見た目からして違う。


「ああ、言うまでもないと思うが、間違ってもミーヤには持たすなよ」


「言われるまでもないです。持たせるにはまだ幼すぎますよ」


 当然のように答えた美咲の過保護ぶりにアリシャは苦笑した。


「保護者が板についてきたね」


「別に保護者ってわけじゃないです。ただ、助けたからには、責任があるから。いつか限界が来るまでは、傍にいてあげたいだけです」


「その口ぶりだと、いつかは放り出すつもりなのかい?」


 面白がって揶揄するようなアリシャの茶々に、美咲は不機嫌になってキッとアリシャを睨みつける。


「人聞きの悪いことを言わないでください」


 怒気を篭めてアリシャに抗議した美咲は、次第に視線を下に向けていく。


「できるなら、私がずっと面倒を見たいですけど。さすがに魔王城にまでは連れていけませんから。ヴェリートを奪還して、あの子が一人でも生きていける目処がついたら、お別れです」


 その時、美咲の背後で何かが転がる音と、液体が飛び散る音がした。

 振り向くと、ミーヤが呆けた表情で立っている。ミーヤの足元は濡れていて、傍には空の水桶が転がっている。


「……もしかして、今の話、ミーヤちゃん聞いてた?」


 はっとした顔で我に返ったミーヤは、慌てて水桶を拾うと明るい声でいった。


「何のこと? もしかして、お姉ちゃん、アリシャと内緒話してたの? 終わるまでミーヤ席外してた方がいいかな」


 聞いていなかったかのような台詞だが、ならば何故水桶を落としたのか、美咲には解せない。


「ごめんね、お姉ちゃん。ミーヤおっちょこちょいだから、せっかく汲んできたのにお水こぼしちゃった。また汲んでくるね」


 ミーヤは空の水桶を手に、再び馬車へと戻っていく。

 その背を見送りながら、アリシャがぽつりと言った。


「あれは、聞かれたかな」


「でしょうね」


 美咲は頷く。

 本人は取り繕っているつもりのようだったが、動揺が態度に現れていた。ミーヤは歳の割りにはませているものの、その辺りはまだまだ子どもだ。


「フォローしなくていいのかい? 結構ショックを受けていたようだったが」


 珍しく気遣う様子を見せてくるアリシャに、美咲は唇を噛んで答えた。


「仕方ないんです。元の世界に帰る以上、ずっとあの子の傍にはいられません」


「……君はミーヤを甘やかすようでいて、意外なところで突き放すね」


 じろりと視線を向けてくるアリシャに、美咲は弱弱しく笑った。


「嘘をついても仕方ありませんから。私は元の世界に帰りたい。ミーヤちゃんが望むなら、連れて行きたいとも思います。私だって、本心を言えば途中で放り出したくなんてない。でも、それはきっと、ミーヤちゃんを不幸にさせることだから」


 何かを我慢するように、立ったまま両の拳を握る美咲に、アリシャは続きを促す。


「続けてみな」


 俯いたまま、美咲は話す。


「この世界に召喚されたとき、訳が分からなくって混乱しました。初めての夜は一人ぼっちで、とても心細かった。帰りたいのに帰れないのは辛いです。ミーヤちゃんを向こうに連れて行くっていうことは、ミーヤちゃんをこの世界の私と同じ境遇に置くこと。ミーヤちゃんには、私と同じ悲しみを背負わせたくない。……だって、想うだけで、胸が締め付けられて泣きそうになるんですから。こんな経験、しなくて済むのならしない方がいいんです」


「美咲。私には、君が一つ思い違いをしているように思える」


 心情を吐露する美咲を不意にアリシャが遮った。

 きょとんとした顔で美咲はアリシャを見上げる。


「ミーヤは故郷を失っているんだよ。家族だって、どうなっているか分からない。むしろ、おそらくもう死んでいる可能性が高い。故郷に戻りたくても戻れないのも、家族に会いたくても会えないのも、ミーヤだって同じだ。今は君がいるからミーヤは孤独じゃないが、君と離れれば一人ぼっちに戻っちまう。第一、何が幸せか、その定義を決めるのはミーヤ自身だ。他人が押し付けていいものじゃない。それを忘れてないかい?」


 指摘された美咲は、ハッとした顔でミーヤの姿を探した。

 馬車の中にいるのか、見える範囲に姿は見えない。

 近くにミーヤがいないことを確認した美咲は、落ち込んだ様子でアリシャに尋ねる。


「なら、どうしろって言うんですか? 私ですら、生きて帰れるかどうか分からないのに。連れて行くのは、あの子を死地に送り込むことと同じことになりかねない。そんなこと、私はしたくない」


 アリシャはぼりぼりと頭をかいた。

 続いて頬をかき、目を逸らしてそっけなく言う。


「乗りかかった船だ。私がお前のついでに鍛えてやるよ」


 らしくないアリシャに、美咲は唖然とした顔をした。


「どういう風の吹き回しですか?」


「別に。気が向いただけさ。それと、ちょっとだけ私も情が移ったかな」


「鍛えるっていったって、あの子は幼すぎますよ」


 幼子に何をするつもりなのかと慄く美咲の様子を見て、くっ、と声を殺してアリシャが笑う。


「別に肉体的に鍛えるわけじゃないさ。こいつをくれてやる。美咲からミーヤに渡してくれ」


 懐から何かを取り出したアリシャは、美咲にそれを投げ渡してきた。

 両手で慌てて受け取った美咲は、まじまじと渡されたものを凝視する。


「……笛、ですか?」


「魔物使いの笛だ。そいつを使えば、魔物を手懐けることができる」


 ぎょっとした顔で美咲がアリシャを見た。


「なんでそんなもの持ってるんですか!?」


「魔族との戦争で手に入れたんだよ。殺した魔族が持ってたんだ。まあ、戦利品ってやつだね。こいつなら、戦闘は手懐けた魔物に任せられるから、ミーヤでも安全に戦える」


 戸惑いながらも、美咲はアリシャから魔物使いの笛を受け取った。

 シンプルな作りの横笛だが、美咲にはよく分からない材質で出来ている。金属のようだが、美咲が知る金属とは違うようだ。


「使い方は簡単だ。そいつを吹き鳴らせば、相性が良い魔物が寄ってくる。手懐けられないような魔物は寄ってこないから、後は餌でもやればいい。それで手懐けられる」


「詳しいですね……。使ったことがあるんですか?」


「まあね。何匹か手懐けたよ」


「……で、今はその魔物はどこに?」


「良い値段がついたんで、見世物小屋に売り飛ばした」


 にやりと笑ったアリシャに、美咲は開いた口が塞がらなかった。アリシャらしいといえばらしいが、魔物とはいえ、不憫すぎる。


「私を売ったりしないでくださいね?」


 警戒して若干距離を取る美咲の様子を、アリシャはニヤニヤしながら見つめる。


「安心しろ。美咲が私に誠実である限り、私だって誠実に接するさ」


 美咲は胡乱な目でアリシャを見つめた。誠実とか、どの口がいうのか。しかも、結局アリシャは質問に答えていない。

 本気で怯え始めた美咲に、慌てた様子でアリシャは弁解する。


「すまなかった。からかって悪かったよ。いくら私でも、魔物と人間を同列に扱ったりはしない」


「……こんなからかい方は、正直、酷いと想います」


 唇を尖らせて文句を言う美咲に、アリシャは苦笑を浮かべる。


「ごめんってば。ほら、ここは私がやっとくから、美咲はミーヤのところに行っておいで。さっきのこと、きちんとフォローしないと後でこじれるよ」


 もっともなことを言われ、美咲はこれ以上の追及を諦める。今はミーヤの方が先決だ。


「分かりました。行ってきます」


 そうして、美咲は踵を返してミーヤを探しに馬車に向かった。


「ああ、ついでに食器も持ってきてくれ」


 後ろから、アリシャの声が投げかけられた。


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