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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十二日目:美咲とミーヤ4

 次にアリシャが足を向けたのは道具屋だ。

 以前に美咲がルアンと訪れたのと同じ道具屋で薬草や魔法薬などの消耗品を買い揃えると、アリシャは美咲とミーヤを連れ宿屋へ戻る。

 アリシャの馬車は、宿屋の傍に停められていた。


「わー! 馬車だー! 大きいねー!」


 初めてアリシャの馬車を見たミーヤは目を丸くして興味深々な様子だった。

 ミーヤが驚くのも無理もない。アリシャの馬車は、ラーダンの街中を走る多くの馬車と違って、物々しい外観をしている。

 木製の部分は内装の一部分だけで、車軸などの重要な部分や馬車の壁面などは鉄で補強されている。

 当然重量もそれなりにあるが、馬車を引く馬は馬に似ているだけで、実際はワルナークという名前の魔物だ。草食動物に見えて実は肉も食べる雑食で、馬の癖して牙が生えている。大柄で力強く、重さをものともせずに進むのを、美咲はラーダンまでアリシャと同行した道のりで既に知っていた。

 ワルナークを繋いでいた宿屋の壁面の金具から縄を解くと、アリシャの馬もといワルナークは己の主人に鼻面を押し付けて甘え始めた。どうやらアリシャは馬車のワルナークに相当懐かれているらしい。美咲が盗もうとした時頑として動かなかったのも、これだけ懐いているなら納得できる。

 鼻面を撫でてやりながら、アリシャは振り返って美咲に頼みごとをした。


「馬車の中に飼い葉を保存してある木箱があるから、飼い葉桶に入れて持ってきてくれるかい」


「分かりました」


 美咲が頷いて馬車の後部に回ると、ミーヤが笑顔で駆け寄ってくる。


「お姉ちゃん、ミーヤもやりたい!」


「それじゃあ、一緒にやろうか」


 にっこり微笑んでミーヤを迎え入れると、美咲は先に馬車に乗り込んで手を差し出し、ミーヤを引き入れてやる。


「わー、木箱がいっぱいある」


 馬車の中を見回したミーヤは、好奇心で目を輝かせた。


「見て見て、お姉ちゃん、武器があるよ!」


 壁の両側に設置されたアリシャの獲物を見つけたミーヤが小さな足を動かして走り寄っていく。


「おっきいねー」


 ミーヤの背丈を越えるアリシャの大剣を、ミーヤは口を開けて見つめている。


「大きさで言えばこっちも大きいよ」


 反対側の壁に固定されている鉄槍を美咲は指差した。

 壁には他にも美咲も見覚えがあるいつぞやの弓や、短剣といった武器が設置されている。木箱などに安置されていないのは、不足の事態に備えすぐ手に取って行動できるようにしているからだろう。武器はどれも、馬車の出入り口に程近い後方や、御者席に近い前方の壁に安置されている。


「これなら、魔物に襲われても怖くないね!」


 幼くても旅をする危険を知っているのか、ミーヤは安心したように微笑んだ。


「さて。ミーヤちゃん、もたもたしてるとアリシャさんに怒られちゃうから、そろそろ飼い葉を捜そう。私は左の木箱から確認するから、ミーヤちゃんは一番右の木箱から確認してくれる?」


「うん! ミーヤ、頑張るよ!」


 大きな声で返事をして、ミーヤは美咲がお願いした通りに一番右の木箱を確認しようと歩き出す。

 その後姿を見送った美咲は、自分も宣言した通りに左の木箱から順番に中身を改め始める。

 似たような大きさの木箱が多く、何か書いてあるわけでもないので実際に見てみないと美咲には木箱の中身が分からない。


(木箱に何を入れてるか書いておけば判別が楽なのに。どうしてやらないんだろう?)


 不思議がる美咲だったが、仮に何か書いてあっても文字が読めない美咲ではどうしようもないことを、美咲は失念している。


(あ、これ……)


 最初の木箱に入っていたのは、アリシャがいつも魔物の解体に使っている道具一式だった。綺麗に磨かれ、油を注されて鈍い光沢を放っている。壁に安置されている武器もそうだが、アリシャは丹念に手入れをする性質のようだ。何度も使っているだろうに、錆び一つ浮いていない。

 最も、武器防具の手入れを丹念に行うのは美咲も同じではあるが。何しろ、文字通り命に関わる。手入れを怠った挙句に死ぬのでは、死ぬに死に切れない。美咲は死にたくない一心で魔王を倒そうと旅をしているのだから、当然手を抜くという考えは無かった。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん、こっちに来て!」


「何? 見つかった?」


 自分を呼ぶ声に振り返った美咲は、ミーヤの元へ歩み寄り、その手元を覗き込む。

 除きこんだ美咲の表情は微妙だった。


「ミーヤちゃん、これ……」


 除きこんだ木箱の中には、果物、パン、肉などといった、食料が詰め込まれていた。

 おそらくはアリシャが用意したのだろう。長旅の予定ではないからか、日持ちがしないものが多い。


「凄いよお姉ちゃん! 食べ物がいっぱいある!」


 てっきり飼い葉が見つかったのかと思った美咲は、よだれを垂らさんばかりに木箱の中身を凝視しているミーヤを半眼で見つめた。


「そうだね……。いっぱいあるね。でも、今は飼い葉を捜そう。ね?」


 説得の甲斐あり、美咲は何とかミーヤの興味を食料の木箱から引き離すことに成功する。


「ねえ、お姉ちゃん、これじゃないかな?」


 今度こそ、ミーヤが見つけたようだ。

 美咲がミーヤの傍に歩み寄ると、ミーヤは振り向き、一つの木箱を指差した。

 木箱の中には干草がたっぷり詰まっている。

 飼い葉だ。


「これだね。じゃあ、次は飼い葉桶を捜そうか。ミーヤちゃん、競争だよ」


「競争だー!」


 跳ねるようにはしゃいだミーヤは、やる気満々で木箱をかきわけ、飼い葉桶を探し始める。小さな身体を生かして器用に木箱と木箱の間をすり抜け、首をきょろきょろと動かして目的のものを探している。


(さてと。私も探さなくちゃ)


 さすがに二度も探し物で巻けるのは、年上としてどうなのかと思わないでもないので、美咲はむんと気を入れて飼い葉桶を探す。

 桶なのだから、木箱に入るほど小さくはないだろう。多分そのままの状態で保管されているはずだ。


「お姉ちゃん見つけたよー!」


「……おおう」


 美咲が探し始めていくらもしないうちに、ミーヤが顔を上げて美咲を呼んだ。

 ミーヤに近寄ると、確かに傍には飼い葉桶らしき桶がある。

 あっさりとどちらもミーヤが見つけたことに、美咲は密かにショックを受けた。


(私、もしかして、探し物下手なのかな……)


 別に美咲は自分が探し物上手だと思ったことはないが、子どもに負けるのは地味に凹む。


(まあ、仕方ないよね。誰にだっても向き不向きはあるし、うん)


 自分で自分を慰めて、美咲は気を取り直し、ミーヤに声をかける。


「凄いね。偉いよ、ミーヤちゃん」


「むふー」


 褒められたミーヤはどうだと言わんばかりに鼻の穴を膨らませると、自慢げに小さな胸を張った。


「じゃあ、飼い葉桶に飼い葉を移そうか」


「ミーヤもやるー!」


 好奇心で目を輝かせるミーヤと一緒に、美咲は飼い葉を飼い葉桶に移した。


「よっと……。あ、意外に軽い」


 飼い葉がいっぱいに詰まった飼い葉桶は、重そうな見た目に反し美咲でも軽々と持ち上げることができた。

 予想以上に飼い葉桶や飼い葉が軽いのか、それとも美咲が成長している証か。


(……少しは、強くなれたのかな)


 できれば後者であって欲しいと願う美咲だった。


「ミーヤが運ぶのー!」


「はいはい、ちょっと待ってね」


 感傷に浸る暇もなくミーヤに飛び付かれた美咲は、苦笑しながら飼い葉桶を馬車の床に置く。


「持てる? 転んだりしないように、気をつけて」


 床に置かれた飼い葉桶を、ミーヤがむんずと掴んだ。


「むむむむー」


 顔を真っ赤にして力むミーヤはとても可愛らしいが、残念ながら飼い葉桶はぴくりとも動かなかった。

 どうやら美咲には持ち上げられる重さも、まだ幼いミーヤには重過ぎるようだ。


「持てないよぅ……」


 口をへの字に曲げてぐすんと鼻を啜るミーヤの手は、それでも諦め切れないのか飼い葉桶の取っ手に伸びている。

 美咲はさりげなく、飼い葉桶の取っ手に伸ばされたミーヤの手に、己の手を重ねた。

 きょとんとした顔で美咲は見上げるミーヤに、美咲はにっこりと微笑む。


「それじゃあ、一緒に持とうか」


「──うん!」


 せーの、と掛け声を合わせて、美咲とミーヤは取っ手を掴んで飼い葉桶を持ち上げた。

 ただ提げている美咲に比べ、身長の関係で飼い葉桶の取っ手はミーヤの胸の辺りに位置している。そのため元々少ないミーヤの力は全くといっていいほど飼い葉桶を掴む手に伝わらず、その荷重のほとんどが美咲の手にかかっているが、ミーヤがとっても嬉しそうにしているので美咲も気にしない。

 先に馬車から降りると、下から飼い葉桶を支え、美咲はミーヤに注意を促す。


「段差があるから、気をつけて降りてね」


「うん!」


 元気よく返事をしたミーヤは、そろり、そろりと慎重に馬車から降りた。

 馬車の前に戻ると、馬の傍で待っていたアリシャが声をかけてくる。


「持ってきてくれたか。ありがとう。飼い葉桶をこっちに寄越してくれ」


「はーい。ミーヤちゃん、行こうか」


「お仕事完遂だよ!」


 歩幅が小さいミーヤに合わせ、美咲はミーヤが小走りにならないように調節して歩き、アリシャの傍に飼い葉桶を置いた。


「二人ともご苦労様。どうせなら、少しこの子に触ってみるかい?」


 美咲とミーヤを労ったアリシャは、飼い葉桶から飼い葉を取り出して食べさせてやりながら、二人に問いかける。飼い葉を食べているワルナークの姿は、口元から覗く牙にさえ目を瞑れば、馬にしか見えない。


「いいんですか?」


「触るー!」


 遠慮がちに、しかし好奇心を押さえきれずに目を輝かせる美咲とは対照的に、ミーヤは飛び跳ねんばかりに喜んでいる。


「驚かせないように優しく撫でておくれ。特にミーヤ」


 子どもの無遠慮さを危惧したのか、アリシャはミーヤを名指しで注意した。


「ミーヤ、優しくできるもん」


 信用されてないことにむくれたミーヤは、それでも目の前のワルナークに機嫌を直したようで、ゆっくりと手を伸ばす。

 触れた瞬間ワルナークが飼い葉を食べるのを止めて振り向いたのでミーヤは一瞬びくっと動きを止めたが、しばらく硬直したミーヤを眺めていたワルナークは尻尾を一振りすると、再びアリシャに向き直り、手のひらの飼い葉をむしゃむしゃ食べ始めた。


「び、びっくりしたぁ……」


 胸を撫で下ろしたミーヤは、慎重な手つきで馬を撫でた。

 美咲も近寄って撫でると、ワルナークは目を細める。

 それが気持ちよさを感じているような態度に見えて、美咲は少し嬉しくなった。


「……食べさせてみる?」


 やがて撫でるのに飽きたのか、ミーヤの視線が自分の手元に注がれ始めたのに気付いたアリシャが、ミーヤを手招きする。

 ぱあっと顔を輝かせたミーヤが、アリシャに駆け寄っていった。

 その様子を眺めながら、美咲は感慨に耽る。


(少し、気持ちが軽くなった気がする。……ミーヤちゃんのおかげかな)


 相変わらずエルナのことを思い出すときりきりと胸が痛むし、ルアンやルフィミアのことを思い浮かべて不意に涙腺が決壊することもある。夜になったら夜になったで郷愁の念に駆られる美咲であったが、今は不思議と気分が凪いでいた。

 気付けば、美咲が感慨に耽っている間に、飼い葉桶の中身は空になっていた。

 ぼうっとしている間に飼い葉桶も片付けられたようで、飼い葉桶も見当たらない。


「何突っ立ってるんだい。ミーヤはもう乗り込んでるよ。美咲も早く乗りな」


「お姉ちゃん、早く早くー!」


 ミーヤが御者席の後ろから身を乗り出して美咲に手を振っている。


「ごめんなさい、今行きます!」


 頭を振ってこぼれそうになった涙を振り払った美咲は、笑顔を浮かべて馬車に乗り込んだ。


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