十二日目:美咲とミーヤ3
串焼き屋を出るとアリシャが美咲に向き直る。
横ではミーヤが満腹になった腹を押さえて満足そうにゲップしていた。
「今日は冒険者ギルドで依頼を受けて、森に入るよ。戦闘について実地でみっちり叩き込んでやる」
にやぁとアリシャが人の悪い笑みを浮かべるので、美咲は全力で遠慮したい衝動に駆られる。必要なことであるのは理解しているので、美咲は辛うじて衝動を堪えた。
「お手柔らかにお願いします……」
ただ、答える美咲の声は掠れ、顔も引き攣っていたが。
「でも、ミーヤちゃんはどうするんです? 一人にさせておくのは心配だし……」
「宿屋で待たせておけばいい。一日くらい大丈夫だろう」
アリシャはそういうが、美咲の不安は晴れない。自覚はないが、ミーヤに対して美咲は少々過保護になっていた。
「今日は午前中だけにしておきませんか? やっぱり一日中放置しておくのは良くないと思います。小さな子なんだし」
「まあ、それで君がいいならいいけど。時間が有限だってことは、君が一番理解しているんじゃないのかい?」
呆れた顔のアリシャに指摘され、美咲は押し黙る。
死出の呪刻が身体に刻まれている限り、タイムリミットは明確に存在している。時間を浪費する余裕はない。そんなことくらい、美咲だって知っている。
それでも、目を離している隙に何かあったらと、美咲は思わずにいられなかった。
「とりあえず、今日は半日で様子を見ます。何も無かったら、明日は一日みっちりやりましょう」
「分かった。美咲がそうしたいなら、私から言うことは何もないさ」
美咲がアリシャと話し込んでいると、くいくいと美咲の服の裾が引っ張られた。
視線を下げると、ミーヤがきょとんとした顔で美咲を見上げている。
「お姉ちゃん、お出かけするの?」
しゃがんでミーヤに視線を合わせると、美咲はにっこり微笑んで答えた。
「お昼には帰ってくるから、それまで宿屋でいい子にお留守番しててね」
「やだ! ミーヤも行く!」
離れたくないのか、ミーヤは美咲の服を掴んだまま離さなくなってしまった。
「遊びに行くんじゃないから、着いてきても楽しくないよ?」
「ミーヤも行くのー!」
小さな手が白くなるまで力を篭めて美咲の服を掴むミーヤは必死だった。
置いていかれたら帰ってこないかもしれないと思ったのかもしれない。
「……どうしましょう」
困りきった美咲は、アリシャに助けを求める。
「私に聞くな。君が拾ったんだろ。自分で何とか説得するんだね。第一、私は子どもの扱いが苦手なんだ」
視線に気付いていながら、アリシャはばっさり断った。良く見ると、アリシャの目が泳いでいる。どうやら本当に、ミーヤのような幼い子どもが苦手らしい。数少ないアリシャの弱点を発見した美咲だったが、状況が状況なので全く嬉しくない。
「絶対にお昼前には帰ってくるから、ね?」
「やーだー!」
駄々をこねるミーヤに、美咲の顔が段々引き攣っていく。
本当なら一日かけたいところを、ミーヤのために半日で切り上げるとまで言っているのに、どうして分かってくれないのかと、美咲は怒りがこみ上げてくるのを感じた。
いけないと思いつつも、一度湧き上がったイライラは中々収まらない。
思わず怒鳴りつけようとした美咲を、アリシャが制した。
「なら、森までは馬車で移動するから、そこで待つかい。どうせ半日なら森に入るのは短時間になるし、その程度なら魔物避けの結界を馬車の回りに張っときゃ安全さ。何より言い合いしている間の時間が惜しい」
我に返った美咲は、子ども相手に本気で怒りかけていた自分が情けなくなった。
(馬鹿だな、私。ミーヤの気持ちも考えてあげなきゃいけないのに)
両親を失ったミーヤが、美咲と離れるのを嫌がる理由を察するのは、そう難しいことではない。
「……一緒に、行こうか」
「うん! ミーヤも行く!」
苦笑を浮かべ、自己嫌悪を押し隠して問いかけた美咲に、ミーヤは目を輝かせて答えた。
■ □ ■
それから一行は、宿に戻る前に冒険者ギルドに向かった。
何でもアリシャが言うことには、ギルドの依頼で森に棲む魔物の討伐や森に自生する植物の採取などのクエストが張り出されている場合があるのだそうだ。
どうせ森に向かうのだから、ついでにそれらを受けてしまおうということである。
まだ早朝なので、先に依頼が取られる可能性は少ない。それどころか、まだ貼り出されていない可能性すらある。
美咲は何度か既に冒険者ギルドへは行ったことがあるので、見知った道のりだった。ルアンと一緒に行ったこともあるし、アリシャと一緒に行ったこともある。
ルアンのことを思い出して、美咲の呼吸がまたしても早まった。ゴブリンの洞窟での出来事は、美咲にとって今でもトラウマだ。エルナのことといい、ルアンのことといい、ルフィミアのことといい、トラウマばかりが増えていく。
「どうかしたかい?」
「……いえ、なんでもないです」
平常心、平常心と心の中で唱えつつ、美咲はアリシャの問いかけに答える。隣では手を繋いだミーヤが不思議そうな顔で美咲を見上げている。いらぬ心配をかけるわけにはいかない。
(お葬式、いつなんだろう)
未だに音沙汰が無いというのは、まだ生死の確認が取れていないということでもある。
それならそれで救いがあるのだろうかと、美咲は埒も無いことを考える。
最後にルアンを見たのは、ヴェリート側への出口付近だ。
死んだ姿を見たわけではないから、もしかしたら美咲が知らないだけで、まだどこかで生きているのかもしれない。
今ゴブリンたちは魔族軍に加わり、ヴェリートを占領している。洞窟はもぬけの空のはずだ。残っているとしても少数だろう。確認するのは難しくない。それでも見つからないのはあの状況で生き延びることができたか、それともゴブリンによって死体を片付けられてしまったか。
ゴブリンの洞窟では多くの人間が死んだ。ルフィミアの仲間も、あの洞窟で果てた。
(そういえば、あの人たちの死体はどうなったんだろう)
悪い人たちではなかった。むしろいい人たちで、美咲にも気さくに接してくれた。
彼らが死んで、彼らより弱い美咲が生き残っているというのもおかしな話だ。世の無常さを感じさせる。
(……止めよう。こんなことばかり考えてたら、気が滅入っちゃう)
ただでさえ、落ち込むようなことばかりなのだ。
気持ちを切り替えて歩き続けると、ようやく冒険者ギルドの建物の前に着いた。
中に入ると、早朝だというのに、制服を着たギルド職員や、依頼を出しに来た一般人の他に、冒険者らしい物々しい装備の男女の姿をちらほらと見かけた。おそらくは、張り出される依頼を待っているのだろう。
「なんだか、凄いところだねー」
さっそく、きょろきょろとおのぼりさんのようにミーヤが口を開けて回りを見回していた。
「ヴェリートではこういうところに来たこと無かったの? 冒険者ギルドじゃないけど、傭兵ギルドはあったよね?」
美咲が尋ねると、ミーヤはこくりと頷く。
「うん。でも、パパとママが、子どもが来るようなところじゃないから、近付いちゃいけないって言ってたの」
「そうなんだ……」
目を離せば好奇心に釣られてふらふらと歩き出しそうなミーヤを手を握って引き止めつつ、美咲は相槌を打つ。
「そういえば、ラーダンの冒険者ギルドとヴェリートの傭兵ギルドには両方とも顔を出したことがあるけど、子どもの姿は無かったなぁ」
独り言のように漏らした美咲の言葉に答えたのはアリシャだった。
振り返った美咲に、アリシャは微笑を浮かべてみせる。
「まあ、傭兵と同じで、冒険者の中にも柄の悪い奴はいるからね。そもそも両方兼業してる場合も多い。戦がある時は傭兵で稼いで、平和な時は冒険者として稼ぐなんてことは、よくあることさ」
「アリシャさんも、冒険者として働いたことがあるんですか?」
「まあね。ただ、私が昔所属していた傭兵団では依頼は大物の討伐依頼ばかり受けてたから、そもそも頻度は高くなかったけど。解散してからは魔族との戦争が始まってたから、食い扶持にも困らなかったし、数えるほどだよ」
「採集とか繰り返してた下積み時代が、アリシャさんにもあったっていうことですか?」
歴戦の戦士の風格があるアリシャにも、ぺーぺーのひよっこだった期間があったはずだ。アリシャがいつか美咲自身がやっていたように、黙々と薬草を摘み続ける様を想像して、美咲は漏れそうになる笑いを堪えた。
「いや、それはない。でも、下積みは傭兵稼業でちゃんと積んだよ。傭兵団の雑事、炊事洗濯とか、何でもやったね。懐かしいな」
残念ながら美咲の予想は外れたが、きちんとアリシャにも下積み時代があったらしい。当たり前である。出会った時からアリシャはとても強かったので、美咲には弱い頃のアリシャというものが、どうにも想像し切れない。何せ美咲のイメージのアリシャは、不敵な笑みを浮かべながら大剣を振り回す筋骨隆々の美女だ。
しばらくして、ギルド職員が紙束を抱えて掲示板前にやってきた。依頼を張り出しに来たのだ。
掲示板前に集まり始める冒険者たちを眺めながらも、アリシャは動こうとせず、美咲に顎をしゃくった。
「よし、美咲、行って来い。師匠命令だ」
「ええ!? いいですけど、私、文字読めませんよ」
ぎょっとして美咲がアリシャに答えると、ミーヤが手を挙げてぴょんぴょんと飛び跳ねて自己主張する。
「ミーヤ、読めるよ!」
「……なら、ミーヤも連れて行け」
意外にミーヤは教養があったらしい。美咲の世界でも、ミーヤくらいの年齢で文字を読めるのは凄いというのに。もしかしたら、いい所のお嬢さんだったのだろうか。
文字が読めるというミーヤを連れて、美咲は掲示板の前にできた列に並んだ。
最初に話し合っていたためか、最前列ではない。美咲とミーヤよりも前に並ぶ冒険者たちが、次々に掲示板の紙をはがしていく。
やはり少女と幼女の二人組みは珍しいのか、待っている間美咲たちには好奇の視線が注がれていた。
その中には悪意が乗ったねっとりとしたものもあって、あまり気持ちのいいものではなかった。
やがて自分たちの番が来て、美咲とミーヤは掲示板に貼られた依頼を吟味する。
「……うん。やっぱり読めない。さっぱりだわ」
一応美咲も努力をしていないわけではないのだが、たかが数日かそこらで読めるようになるわけがなかった。
「大丈夫! ミーヤが読んであげる! どれがいいの?」
ようやく美咲の役に立てると思ったのか、いつになくミーヤは張り切っている。
期待に満ちた表情で自分を見上げてくるミーヤに、美咲は笑顔でお願いした。
「じゃあ、森で出来そうな依頼って、あるかな?」
「ねえ、お姉ちゃん。森って何ができるの?」
掲示板に張り出された依頼に伸ばした手を彷徨わせたミーヤは、美咲を振り返って首を傾げる。
「え?」
「え?」
美咲とミーヤはきょとんとして顔を見合わせた。
そういえば、どちらも具体的に森で取れる採集対象の植物や、動物について全く知らないのだ。
「……もしかして、ミーヤ、役に立ってない?」
じわりとミーヤの目に涙が浮かぶ。
「そそそそんなことないよ! ミーヤちゃんは役に立ってるよ!」
慌てて美咲はミーヤの機嫌を取った。
「ほんとう?」
「本当本当!」
「どの辺りが?」
「うっ」
思わず言葉に詰まる美咲だった。
「やっぱり、ミーヤ役立たずなんだ……。居ない方がいいんだ……」
「そんなことないよ! ミーヤちゃんが居てくれて、凄い助かってるんだから!」
「ミーヤ、一緒に居ていいの……?」
まだ半信半疑のミーヤに、美咲は己の心情を吐露することにした。少々恥ずかしいが、ミーヤのためだ。
「むしろ居てくれないと困るよ。寂しいとき、悲しいときにミーヤちゃんの顔を見るとね、頑張るぞって気になれるの。ミーヤちゃんは、傍に居てくれるだけで、私に元気をくれるのよ」
ミーヤは驚いた顔で美咲を見た。やがて、その顔がゆっくりと幸せそうに綻んでいく。
「お姉ちゃん、ママみたい」
「そ、そう?」
美咲は少し照れた。今の発言は、母親のように慕ってくれていると捉えていいのだろうかと、少し思い悩む。
「吃驚しちゃった。ママと同じこと言うんだもん」
無邪気に笑うミーヤの目の端は、少し赤い。
そんな美咲とミーヤの背後から、だみ声がかけられた。
「感動的なやり取りの最中悪いんだが、早くしてくれんかね」
振り向けば、困った顔のおっさんがいる。そしてその背後には、いかにもイライラしていそうな、荒くれ者の冒険者たちが、足踏みをしたり舌打ちをしたりして自分の番が来るのを待っていた。
「何してるんだい。ほら、さっさと選ぶよ」
おっとり刀でやってきたアリシャが、ひょいひょいと依頼の紙を数枚剥がす。
「ゲオルベルの討伐に、蔓金草の採取、痺れ茸の採取、プラングーの捕獲。森で出来そうなのはこれくらいかな」
依頼の紙を剥がすアリシャの手つきには迷いが無かった。
考えてみれば当たり前だ。
幼いミーヤよりも、異世界人である美咲よりも、この世界の人間で、しかも大人であるアリシャが詳しくないわけがない。
(最初からアリシャさんが選べば良かったのでは……?)
なんだか釈然としない美咲だった。




