十二日目:美咲とミーヤ2
井戸端で洗顔を終えて宿屋に戻ると、待っていたアリシャが美咲に話しかけてきた。
「それじゃあ朝飯だね。何か希望はあるかい? 特に無けりゃ私が決めちまうけど」
しばらく考えた美咲は、ミーヤに話を振った。
「ミーヤちゃんは何か食べたいものある?」
「串焼きが食べたい!」
即答だった。
「昨日食べただろ……他のにしな」
「えー」
頬を膨らませて不満を表すミーヤを見て、却下したアリシャは呆れ顔でため息をついた。
くすりと笑みをこぼした美咲が、ミーヤの頭を撫でる。
「大好きなんだね、串焼き」
「うん! ミーヤね、串焼きだーい好き! パパとママがいた頃にね、よく買ってくれたの!」
暗に今は両親がいないことを示しているミーヤの発言に、美咲は胸が詰まる思いだった。
「串焼きにしましょうよ。いいじゃないですか、二日連続でも」
美咲がミーヤの側についたことで状況不利を察したアリシャは苦笑して、踵を返す。
「君がいいならいいけど……あまり入れ込んでると後が辛いぞ」
振り向かないまま発せられたアリシャの言葉に、美咲はしばらく沈黙した後、呟いた。
「……分かってますよ」
心を許せば許すほど、別れは、身を引き裂くほどの悲しみを生むことを、美咲は知っている。
「ならいいけどね。昨日と同じ店で同じものを買うのもなんだし、今日は別の店にしようか」
ちらりと後ろを振り返ったアリシャは、途中から昨日とは違う道へ足を進めた。
「ここだ。屋台の串焼きも悪くはないが、ここの串焼きは格別に美味いよ」
アリシャが足を止めたのは、一軒の小さな店だった。
「どういうお店なんですか?」
好奇心から美咲が尋ねると、アリシャは店先の看板を指差す。
「看板に何て書いてあるか分かるかい?」
「私、ベルアニアの文字は読めませんよ」
異世界人であることを知っているはずのアリシャに、美咲はジト目を向けた。
「じゃあ今覚えな。あれは串焼き亭って読むんだ。文字通り、串焼きの専門店だね」
「ミーヤ知ってるよ。ヴェリートにもお店があったもん。パパとママに連れて行ってもらったことある。ここにもあるんだね」
美咲の手を握ったまま、ミーヤがぽつりと言った。
「……もしかして、ミーヤちゃん、ヴェリートに住んでたの?」
「うん。最初はママと一緒に逃げたんだけど、後から追いつくから先に行けって言われたの。でも、まだ来ないんだ」
その事実が示すことを知っているのか知らないのか、ミーヤの態度や表情からは美咲は伺い知ることができない。
ただ、ミーヤから両親を引き離した戦争の惨禍を想像して、美咲は遣る瀬無さを感じた。
「両親がいないと、やっぱり寂しい?」
「ううん、今はお姉ちゃんがいるから、大丈夫!」
おずおずと尋ねた美咲に、ミーヤは満面の笑顔で答える。
一見して、ミーヤの言葉に嘘はないように見える。
だが美咲は知っている。今朝目覚めたミーヤは、真っ先に母親の名前を呼んだのだ。
浚われた時も、母親に助けを求め、家を恋しがっていた。
(取り戻して、あげたいな。せめて、家だけでも)
そのためにも、強くならなければならない。
食べて、運動して、体力をつけるのだ。
美咲は気合を入れた。
「よーし、食べるぞー!」
「ミーヤも食べるー!」
「やれやれ……子守りも大変だ」
苦笑するアリシャを最後尾に、美咲とミーヤは店の中に駆け込む。
店内は狭いが、落ち着いた雰囲気だった。
カウンター席しかなく、店主が串焼きを焼くのがすぐ近くで見れる。
串焼きのためであろう網の他に、油が入った鍋らしきものもある。揚げ物も提供しているのだろう。
席に着くと、美咲は店主に声をかけられた。
「らっしゃい。何にします」
おそらく店主は一番に腰掛けたから美咲に尋ねたのだろうが、生憎と美咲は文字が読めないからメニューが読めないし、現物が焼かれているのを見てもそれが何の肉なのか分からない。見た目は牛、豚、鳥に似ている肉もあるが、似ているだけで全く違う名前が帰ってくるのが異世界だ。
「串焼きがいっぱい……お肉がいっぱい……」
助けを求めて視線を彷徨わせた美咲は、ミーヤが今にもよだれを垂らしそうな顔で店主の手元を凝視しているのに気がつく。
店主は次々と串焼きを手馴れた手つきでひっくり返していた。
肉から脂が滴り落ちる様は、それだけで食欲を刺激し、立ち上るタレと焼ける肉が混じった匂いがたまらない。
特に串焼きが特別好きというわけではない美咲ですらそうなのだから、好物であるミーヤは格別だろう。
美咲は最後の頼みの綱とばかりに、アリシャを見つめた。
「砂鳥の串焼きと串揚げに、エンデル芋の串揚げ、バルールの串焼き、グラビリオンの串焼きを人数分頼む」
自分に向けられた視線を知ってか知らずか、アリシャは店主に全員の分を纏めて注文した。
(いくつかは聞き覚えがある……。砂鳥とエンデル芋は、ザラ村でエルナと食べたやつだ)
エルナのことに意識を向けると、反射的に彼女の死に様が脳裏に浮かび、胸が締め付けられたかのように苦しくなった。美咲は意識して深く呼吸をし、乱れそうになった心を落ち着かせ、平常心を保つ。
(バルールとグラビリオンっていうのは、聞いたことないな。どんな動物なんだろう。……虫じゃないよね?)
もし虫だったらどうしよう、とまだ出されてもいないうちから心配になる美咲だった。
注文して出来上がるのを待つ間、興味から自然と美咲の視線は店主の手元へと注がれた。店主は既に焼き網の上で転がしていた串焼きのいくつかを選り分けると、脇に積んであった何かの粉がはたかれている生の串焼きをいくつか纏めて掴み、小さな壷に漬け入れる。引き上げると、卵がついていた。卵塗れになった串焼きを台の上に置き、店主は麻袋を取り出して、中の粉を塗し始める。
(もしかして、あれってパン粉かな?)
見れば見るほど、美咲にはそれがパン粉にしか見えなくなった。
興味深く美咲が注視している中、店主は出来上がったパン粉が塗された串焼きを油鍋へと投入する。
じゅわっという音とともに、串焼きが揚げられるいい匂いが立ち上る。
しばらくすると、店主が油から引き上げた串焼きは、こんがりと狐色に揚がった衣がついていた。
出来上がった串揚げを店主は卵の壷とは別の壷に漬け、引き上げると衣には黒い液体が染み込んでいる。
(ふおおおおおおおおお! あれってソースじゃないの!?)
美咲のテンションが爆上がりした。
串揚げを作っている間にも、店主のもう片方の腕は別の生き物のように動いて串焼きを焼いており、同時に出来上がった串焼きをまた違う壷に漬ければ、また先ほどとは違うタレが染み込んでいる。
「へい、お待ち。熱いから気をつけて食べなよ」
出された串揚げに顔を近づけて匂いを嗅げば、少々フルーティだが、それは紛れも無く美咲が知るソースの香りだった。串焼きのタレも、微妙な相違はあるが、美咲に強い違和感を与えるほどではなく、美咲の記憶と大体一致する。
「わーい、串焼き♪ 串焼き♪」
満面の笑顔でミーヤが砂鳥の串焼きを手に取る。鳥なだけあって、見た目は完全に焼き鳥にしか見えない。
ミーヤに倣って美咲もまずは砂鳥の串焼きから食べることにした。
「……美味しい」
昨日食べた串焼きは塩で味付けされていたが、タレが絡んだ串焼きはまたそれとは別の美味しさがある。甘さと辛さのバランスが良く、また深いコクがあり、後味には僅かに酸味があり、すっきりとしていて胸焼けを防いでくれる。
一言で言えば、絶品だった。美咲はそれほど元の世界で焼き鳥を食べた経験があるわけではないが、元の世界で食べた時よりも数段美味しく感じた。向こうでは、食生活で言えばいつも満たされていたし、運動量が比べ物にならないからかもしれない。毎日激しい運動をして適度に腹を空かしていれば、何でも美味しく感じるものだ。
この世界の食材が、元の世界のものに比べればまだまだ食材として洗練されていないことを鑑みると、ここまで美味しくなるというのは相当に凄いことだ。このお店の料理人は、かなりの腕の持ち主らしい。
もちろん、タレなどの助けもあるだろう。もしくは両方かもしれない。
夢中で一串平らげた美咲は、ほうと満足げに息をつく。美味しいものを食べ、美咲の機嫌は上向いた。
続いて美咲の手は串揚げに伸びた。
エンデル芋の串揚げは、見た目からして既に芋フライだった。元の世界で、某所の名物になっているあの芋フライだ。ザラ村で食べたエンデル芋のスープは美咲が知るジャガイモと食感が似ていたので、味にはとても期待できる。美咲の喉がごくりと鳴った。
さくり、と一口。
まず、思った以上の食べやすさに美咲は驚いた。揚げ立ての熱さがソースで中和され、ちょうどいい温度になっている。揚げられたエンデル芋が口の中でほくほくと溶け崩れ、さくさくの衣と口の中で溶け合ってハーモニーを奏でた。
「うん。やっぱりここの串焼きは美味いねぇ。いい腕前だよ、店主」
「ありがとうごぜえやす」
口の中で広げられる食感の演奏に感激している美咲の横で、アリシャが店主を褒めちぎっていた。異国人らしき店主は強面の顔に僅かに笑みを刻むと、残る一人に視線を向ける。
店主に視線を向けられたミーヤは、無言で一心不乱に串焼きを頬張っていた。明らかに目の前の串焼きしか見えていない。小さな形なのに、食べる速度はミーヤが一番速かった。
「……もう無くなっちゃった」
空になった手元の皿を見て、ミーヤががっかりした顔をする。
「足りないなら、これ食べる?」
美咲は何気なさを装い、己の皿から串焼きをいくつかミーヤの皿に移動させた。
「いいの? わーい!」
ミーヤは満面の笑みを浮かべると、譲られた串焼きにかぶりつく。
(よし、得体の知れないものは片付けた!)
さりげなくミーヤに形から敬遠していた串焼きを押し付けることに成功した美咲は、こっそり黒い笑みを浮かべた。
どうしても美咲が食べる気になれなかったのは、グラビリオンの串焼きだった。何せ、形がそのままだったのである。グラビリオンとは、アメリカンドックほどのサイズもある巨大な白い芋虫であった。元々白かったグラビリオンは網の上で散々炙られて茶褐色に変色し、見た目が大変グロテスクになっている。
タレがついていれば少しはマシな見た目になっていたかもしれないが、よりにもよってこの串焼きだけはタレをつけないで食べるものらしい。さすがにこれには美咲も口をつけられなかった。
巨大芋虫の串焼きを喜んで平然と咀嚼するあたりは、ミーヤもさすが現地人といったところか。
なるべくミーヤが食べるグラビリオンを見ないようにして、美咲は残りの串焼きや串揚げに舌鼓を打つのだった。




