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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十一日目:人攫い3

 どうやら、自分はミーヤに懐かれたらしい。

 そう美咲が自覚したのは、アリシャが帰ってくるまでの間、部屋でミーヤの遊び相手をしている時だった。

 現代とは比べ物にならないくらい土地が余っているせいか、宿屋の敷地面積は大きく、今美咲が泊まっている部屋も現代のホテルと比べると、内装の質の差はどうあれ、スイートルーム並の広さがある。

 片時もミーヤは美咲の傍を離れようとはせず、美咲の動きに合わせて、親鳥について回るひな鳥のように、美咲の後ろをついて回った。

 遠慮がちに美咲の服の裾を掴むミーヤの手を取ると、それだけでミーヤは構ってもらえたと嬉しそうに微笑むのだ。

 その笑顔を見るたびに、胸がきゅんきゅんして自分が轟沈したことを自覚する美咲である。


「……何の状況かな、これは」


 用事を終えて帰ってきたアリシャは、自分の見知らぬ幼女と、いつになく穏やかな表情の美咲に毒気を抜かれて呆れた声を上げた。


「あ、アリシャさん。お帰りなさい」


 ミーヤの手を取ったまま立ち上がった美咲は、ミーヤを連れてアリシャに歩み寄ると、事情を説明する。

 話を聞いたアリシャは、額に手を当ててため息をついた。


「何をやってるんだい、君は……」


 漏れるアリシャの声からは呆れが滲んでいる。


「だれ……?」


 知らない人物の登場に、ミーヤは不安そうにしている。


「この人はアリシャさん。私の師匠兼保護者ってところかなぁ」


「誰が保護者だい誰が」


 美咲の説明に、アリシャは呆れた声を出す。

 きょとんとした顔で美咲が振り向いた。


「……違うんですか?」


 否定されると思ってもいない顔である。

 頑なに否定すると、その顔がくしゃりと歪むのが容易に想像できたアリシャは、ため息をついて反論するのを諦めた。


「いや、違わないね。確かに今の私は美咲の保護者みたいなもんだ」


「ですよねですよね!」


 ぱぁっと笑顔を浮かべる美咲につられ、ミーヤも笑顔になった。

 自分や美咲に危害を加えようとするような人間ではないと納得したのだろう。


「というわけで、お夕飯にこの子も連れて行きたいんですけど、いいですか?」


「いいけど。面倒は美咲が見なよ」


「はい、もちろんです!」


 アリシャの許可がもらえて、美咲は飛び上がって喜んだ。ミーヤと一緒にきゃっきゃとはしゃぎまわる。


「今日のお夕飯は、なんですかー!」


「ミーヤ、串焼き食べたい!」


 手を繋いでまるで姉妹のように仲良くなった美咲とミーヤに、アリシャは声を投げかける。


「なら、今日は屋台で適当に買ってこようか」


 振り向いてアリシャを見た美咲は、ミーヤを抱きしめてくるくると回った。


「良かったね、ミーヤちゃん、串焼き食べれるよ!」


「楽しみ楽しみ!」


 幼いミーヤに合わせてか、美咲の言動はかなり子どもっぽくなっている。


「やれやれ……私は保母じゃないんだがねぇ」


 手のかかる子どもが増えたことに、アリシャは微苦笑を浮かべる。


「ほら、行くよ。早く準備してついておいで」


 帰ってきたばかりでいつもの格好のアリシャに対し、美咲は鎧を脱いですっかりリラックスモードだし、ミーヤは裸マントである。

 裸マントである。


「しまった! 先にミーヤちゃんの服買わないと!」


 大事なことを忘れていた美咲であった。



■ □ ■



 いつぞやアリシャに連れて行ってもらった古着店で、美咲はミーヤの当面の衣服を買い揃えた。

 代金はアリシャと美咲の折半である。美咲の手持ちだけでは足りなかったのだ。

 なんだかんだいって美咲に対しては世話を焼く人の良いアリシャであった。

 着替えたミーヤを伴い、美咲とアリシャは露天で適当に夕飯を買い込むと、宿屋に戻った。

 宿屋の美咲の部屋に集まり、備え付けのテーブルに露天の食べ物を広げる。

 露天で買ったのは、大きめの具がごろごろ入ったごった煮スープに、いつか食べた、何かの肉と見た目がネギのような野菜が刺さった串焼き。そして以前食べたことのあるピエラの果実だった。

 美咲の元の食生活を思えば比べるべくもないが、それでも三人分だとかなりの量があり、それなりに値段もする。具体的には全て合わせて五十ペラダもした。日本円に換算して、五千円である。高い。


「串焼き! 串焼き! わーい!」


 ミーヤは前回食べ損ねたからか、真っ先に肉が刺さった串焼きに飛びついた。

 アリシャが不満そうな顔なので、美咲はアリシャに声をかけた。


「何かありました?」


「ああ、美咲はまだ分からないか。ヴェリートが落ちたせいか、食料品全般の値上がりがここラーダンにまで波及してきてる。以前なら同じ値段でもう少し変えたんだがなぁ」


 どうやら、アリシャは買い込んだ食糧の量に不満らしい。美咲にとっては三等分でも十分な量なのだが、アリシャにとっては少ないようだ。身体をよく動かす職業についているから、燃費も悪いのだろうか。


「ということは、そのうちヴェリートみたいに物価が上がっちゃうんでしょうか」


 ヴェリートでルフィミアと一緒に食べた、ターネと呼ばれるタマネギのような野菜の切れ端が僅かに入っていただけのスープを思い出し、美咲は微妙な表情をする。

 香辛料も不足していたのか、あのターネのスープは美咲にとってはあまり美味しくない味付けだった。というか、薄味過ぎて素材の野性味が悪い意味で自己主張していた。

 品種改良が繰り返されていた美咲の世界の野菜に比べ、この世界の野菜は素材の味で誤魔化せないほど、まだまだ野生種に近い。

 美味しく食べるには、現代の野菜以上に手間を掛ける必要があるのだ。そんな食材でも工夫を凝らして美味しい料理にしてしまう料理人には、頭が下がる思いである。


「まだ市場全体に影響は広がってないけど、時間の問題だね。ヴェリート陥落の報が正式に発表されれば、物価の上昇は一気に加速するはずだ。軍だけでなく、民間人も万が一を考えて備蓄しようとするだろうから」


 要は、災害時に水などが不足するのと同じである。

 大きな災害が起きれば、壊滅的な被害を被った地域はもちろん、比較的軽微で済んだ地域でさえ、物資が不足することがある。

 需要が増すのに対し、道路の状況などの影響で供給が減るためだ。

 今回もそれと同じことがいえる。

 今までは交通の要であるラーダンで大量の物資を積み込みヴェリートに運ぶことが出来たが、ヴェリートが落ちたせいで戦争の最前線がラーダン付近にまで後退し、今までのようにラーダンに物資を集積させておくことができなくなった。

 最前線から近すぎると、焼き討ちなどで補給元を断たれる可能性があるからだ。

 今までも輸送中の馬車が被害を受ける時はあったが、馬車と都市そのものでは、被害の程度は段違いである。

 よって物資の集積地を別の都市や村に分けて移転せざるを得なくなったが、そもそも物資の補給拠点として立地条件が一番整っている都市はラーダンであるから、どうしても効率は低下するし、王都を除けばラーダンよりも大きな都市や村はない。かといって、王都からはるばる運ぶには遠すぎて食料などの生ものは腐ってしまうので、保存が利く干物などに加工する必要がある。そして移動する距離が長い分、馬車の護衛などでかかる費用は嵩む。


「でも、今はまだ結構食べ物だって豊富にありますよね。そんなにすぐに切れちゃうんですか?」


 食べ物を売る露天が軒を連ねていた光景を思い出し、美咲は質問する。


「ラーダンは栄えてる分、消費量だって他とは違うからねぇ。個人の消費も馬鹿にならない」


「じゃあ、食料難になる危険性もあるんですね」


「可能性ではね。でも見たところ、まだ少しは余裕があるみたいだから、軍に買い叩かれる前に大目に買っておいて保存食にするのもいいかもしれないね」


 アリシャはそういうと、喉を鳴らしてスープを豪快にがぶりと飲み、具をスプーンでかきこんだ。女性らしくない豪快な食べ方だが、ある意味アリシャらしいと言えるか。

 一方ミーヤは串焼きを片手にご満悦である。


「ミーヤね、メノバのお肉、大好きなの!」


 主張するミーヤには悪いが、メノバという動物がどんな動物なのか、美咲にはちっとも分からない。


(せめて牛、豚、鳥のどれかに近かったら私も安心して食べられるんだけどな……)


 思わず美咲はたそがれてしまう。何しろ異世界なだけあって、名前だけでは想像もできないような動物は普通にいるし、食べられもする。もちろん美咲の常識ではゲテモノに属するものがこの世界の人間の間ではポピュラーな食べ物である場合もあり、そういうものは普通に食卓に並ぶのだ。たとえば虫食などはいい例である。

 元の世界でも食べられないことはないが、小数派であることは間違いないはずだが、この世界では虫は貴重な食べ物なのである。アリシャ曰く、おいしそうな虫を見つけるのも傭兵や冒険者の必須技能らしい。

 そんな技能欲しくないと美咲は本気で思った。

 だが、いつか自分に必要になるであろうことも、美咲は薄々理解している。できれば永遠にその時が来ないことを祈る美咲であった。

 食事を終えれば、後は寝るだけだ。

 同じ宿屋に自分の部屋を確保しているアリシャとは違い、ミーヤは宿無しだ。なので、美咲はミーヤを自分のベッドに招き入れることにする。


「いいの? お姉ちゃん」


 初めのうちは遠慮していたミーヤだったが、視線は度々羨ましそうに部屋のベッドに向いている。

 出会った頃の状態を見るに、親の庇護を失ってから、まともな場所で休んでいないのは想像に容易い。


「うん。おいで。一緒に寝よう」


「……ありがとう」


 温かい布団の誘惑には勝てなかったのだろう。おそるおそる近寄ってきたミーヤは、美咲が端に寄って作ったスペースに潜り込むと、嬉しそうな顔をする。


「温かいね」


「そうだね。ミーヤちゃんの体温を感じる」


 多少狭くなったスペースを節約するためと、身体を冷やして体調を崩すのを防ぐために、美咲とミーヤはぴったりと寄り添って寝た。

 美咲の胸に身を預けるミーヤの耳に、とくん、とくんと規則正しい心音が聞こえ、優しく眠りへと誘う。

 やがて寝息を立て始めたミーヤを微笑ましそうに眺めていた美咲は、自分も眠る前に今日の出来事を思い返した。

 多少なりとも、魔法を使えるようになった。

 発火の魔法と、強風の魔法。

 自分で使ったことはないが、目の前で発動するのを見て、詠唱を暗記した魔法もいくつかある。同じ威力になるとは思えないが、練習すれば多少は形になるだろう。

 それにいざとなったらルフィミアから教えてもらった魔法もある。まずは試しに使ってみなければ威力の程は分からないが、ルフィミアのお墨付きなのだ。きっと美咲の役に立つだろう。

 魔王討伐に少し光明が見えてきた。


(この子を、守りたい。そのためにも、もっと強くならなくちゃ)


 もう誰かを失うのは御免だった。

 ルアンやルフィミアたちと別れた時の記憶は、今もトラウマとなって美咲の胸にこびりついている。

 今や、美咲が魔王を倒したいと願う理由は、自分のためだけではなかった。

 もちろん元の世界に帰りたいという気持ちは変わらず強い。

 だが、このミーヤや、美咲に戦い方を教えてくれたアリシャ、そして美咲を守るために今もなお消息不明になっているルアンやルフィミアたちのためにも、美咲に良くしてくれた全ての人々のためにも、魔王を倒したいと思った。

 それは、小さな勇気の発露。

 やがて、美咲はまどろみの中へ落ちていった。


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