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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十一日目:人攫い1

 古着屋を出たアリシャは、美咲を連れて広場へと戻ってきた。

 アリシャは自分の道具袋から木で出来たカップを取り出すと、人差し指を中に垂らす。


「デェアオィトォイヌゥオミィ(大地の恵みを)エガァウモゥ ヌゥオモォイモザ(飲み水に)ァウノ」


 魔族語が紡がれると同時に、アリシャの人差し指から水道の蛇口を捻ったかのように水が溢れ出て、カップに溜まっていく。

 ある程度まで溜まりアリシャが人差し指を戻すと、水が止まった。

 水がなみなみと注がれたカップを、アリシャは美咲に差し出した。


「魔法で出した水だ。飲めるかい?」


「え……と……無理みたいです」


 受け取って水を飲み干そうとした美咲だったが、口に含んだ瞬間に水が跡形も無く蒸発したかのように消えてしまい、首を横に振った。


「となると、生活系の魔法はやっぱり無理か。……よし、美咲、今日の修行はここで切り上げて休め。明日は森に入るぞ」


「……あの、前後の文脈が繋がらないんですけど」


 首を傾げる美咲に、説明不足に気付いたアリシャは補足説明をした。


「美咲は治癒系統の魔法も生活系統の魔法も体質のせいででほとんど使えないから、代わりに魔法に頼らない方法を教えてやる。その場合は森でやった方が効率が良いんだ。教材が豊富だからね」


「そういうことなら。じゃあ、今日の残りの時間は自主鍛錬ですね」


 さっそく勇者の剣を構えて素振りをしようとする美咲を、アリシャは嗜める。


「今日はもう終わりだって言っただろ。しっかり休むのも修行のうちだよ。なんなら夜になるまで、観光でもしてくるといい」


「……分かりました」


 アリシャに止められては仕方ない。不承不承、美咲は自主錬を取り止めた。確かに、森にはゲオルベルという魔物が出ると以前美咲はアリシャから聞いたことがあったので、今日無理して疲れを明日に持ち越したくないという気持ちもあった。


「私はちょっと用があるから、行っておいで。ほら、小遣いだ」


「小遣いって、私もうそんな歳じゃないんですけど……」


 大銅貨を五枚握らされた美咲はふくれっ面になった。

 現代ではまだまだ小遣いを貰ってもおかしくはないし、美咲自身も当たり前だと思っていたが、色々な経験を経て美咲の精神が成熟した今は、子ども扱いされるのは抵抗がある。


「私にとっちゃまだまだ子どもさ。尻に殻をつけたままの雛同然だ。危なっかしくて見ていられないよ」


 くつくつと笑うアリシャを、美咲は口を尖らせて睨んだ。


「……子どもじゃないです」


 無意識に、美咲は両の拳を固く握り締めた。

 大事な人々との死別を経験した今。

 もう、子どものように、無邪気ではいられない。



■ □ ■



 広場を出てアリシャと別れた美咲は、残った時間をどう過ごそうか考える。

 観光と一口にいっても、具体的に何をするかで内容は大分変わってくる。


(まあ、散歩でもしようかな)


 とりあえず、歩きながら考えることにした。

 大通りは相変わらず広さの割りに混み合っていたが、以前に比べて巡回の兵士が増えているように美咲は感じた。

 それと同じように、冒険者によく似たいでたちの、傭兵たちの姿もちらほら見かける。

 傭兵の姿が増えているのは、ヴェリートが落とされたせいで、一番最前線に近い街がこのラーダンになったからだろう。

 一度ヴェリートの街並みを見たことがある美咲は、ヴェリートで暮らしていた人々が今どうなっているのか、気になって仕方なかった。

 もっとも、ヴェリートの現状を知っても美咲にできることなんて無いに等しい。それが分かっているからこそ、美咲は無力感に苛まれる。


(……焦っちゃダメって、分かってるんだけどな)


 もとより強さなど、一朝一夕に身につくものではない。それを考えれば、アリシャに鍛えられている美咲の成長ペースは極めて早く、異常とも言える速度なのだが、それでも美咲にとってはもどかしさを感じる速度なのだ。

 何しろ、美咲に残された時間は、あと十九日しかない。


(この世界に召喚されてから、今日で十一日目、かあ)


 もう十一日も経ったと見るべきか、それともまだ十一日しか経っていないと見るべきか。

 どちらが正しいかは美咲には分からないが、美咲の感覚としては、前者の方が現在の認識に近い。


「お花、買ってくれませんか? 綺麗なお花、あります」


 美咲は大通りの一角で、一際小さな姿が懸命に動いているのを見つけた。


(小さな、女の子……?)


 それは幼女だった。

 どうみても、美咲よりも幼い幼女。少女とすら呼べない年齢の女の子だ。この世界の人間は境遇や人種の違いで、日本人よりも遥かに大人びて見えるものなのに、幼女としか形容出来ないくらい幼い見た目をしている。

 少女は着たきりの服に身を包み、ボロボロの籠から小さな花を一輪取り出して、人々に見せている。

 だが、適当に道端に咲いていたものを摘んだであろう野草の花に目を向ける人物などいなかった。むしろ、あまり清潔とはいえない姿の幼女に、目を背ける人々の方が多い。

 富裕層が多いラーダンの住民としては、当然の反応だった。

 しばらく花を差し出しては無視されることを繰り返していた少女は、やがて諦めたのか項垂れると、手に持っていた花をじっと見つめ、思い切ったかのように口に入れ、不味そうに顔を顰めるとぺっと吐き出した。

 そこまで見て、美咲は幼女が酷く痩せていることに気付く。


(飢えてるんだ……。親がいるようにも見えないし、もしかして、戦災孤児とかなのかな)


 そう思った途端居ても立ってもいられなくなった美咲は、急かされるように早足で少女に近付いていく。


「お花、売ってくれないかな? どんなお花があるの?」


 声をかけられた少女は吃驚したかのように一瞬身体を震わせると、振り返って美咲を見た。

 最初美咲の姿を見てぽかんとした少女は、慌てて手に持った籠をまさぐると、様々な花を差し出してきた。


「あ、はい。いっぱいあります」


 色取り取りと表現すれば聞こえがいいが、籠一杯に押し込められた野草の花は、雑多と表現する方が相応しく、購買意欲をそそるものではない。

 しかも少女はそれらの花の名前を知らないらしく、懸命に見せてはくるものの、それだけだ。



「これで買えるだけ、売ってもらえるかな?」


 美咲は懐の巾着からアリシャから貰った大銅貨を三枚取り出すと、少女に差し出す。

 差し出された大銅貨を食い入るように見つめた少女は、手に持った籠ごと花を全て美咲に押し付けてきた。


「えっ!? 全部!?」


 驚く美咲を他所に、少女は美咲の手のひらに乗った大銅貨に手を伸ばし、しっかりと握ると、ほっと安心したように笑った。

 見た目相応に幼い表情に思わず目が釘付けになった美咲を他所に、握り締めた大銅貨を片手にわき目も振らず、駆けていく。

 どうするのか気になった美咲は、慌ててその後を追った。

 少女は同じ大通りの隅にある串焼き屋台の前で立ち止まると、握っていた手のひらを開いて、三枚の大銅貨を凝視し、一枚を思い切ったかのように店主に差し出した。


「串焼き十本ください!」


 薄汚れた少女が持つには似つかない大銅貨を、三枚も衆目の目に晒していることに気付かない少女に眉を顰めながらも、店主は大銅貨を一枚受け取ると、慣れた手つきで串焼きを十本紙に包み、少女に渡した。

 少女は温かい串焼きの包みに満面の笑みを浮かべると、落ち着く場所で食べようと思ったのか、辺りを見回して路地裏へと駆けていく。

 その後ろを、一部始終を見ていた人相の悪い男たちがつけていくのを見て、美咲は顔を青褪めさせた。

 明らかに危険な雰囲気である。

 状況は違えど、エルナを喪った夜と、成り行きがとてもよく似ていた。真相は闇の中とはいえ、エルナは美咲に荷物を盗んだ相手を追った末に死んだのだ。

 今回は追う者と追われる物の役割が逆だ。でも、その未来は酷似しているといってもいいかもしれない。


「やめときな」


 思わず駆け出そうとした美咲は、店主に声をかけられて足を止めた。


「あの子はもう駄目だ。お嬢ちゃんが行ったところで、巻き込まれるだけだぞ」


 他人事のように語る店主に、美咲は憤慨する。


「あなたは、今の状況を見て何も思わないんですか!?」


「あの歳にあのなりで分不相応に大銅貨を三枚も持ちながら、警戒してなかったあの子が悪い。それとも、あんたがあの子にあの大銅貨を恵みでもしたのか」


 図星を突かれ、美咲は押し黙る。


「当たりか。迂闊な真似をしちまったな。代償を支払うのが自分でなくて良かったな」


 店主の言葉は皮肉となって、痛烈に美咲の胸に突き刺さる。


(そんなつもりでやったんじゃない……!)


 美咲は泣きそうになりながら、後を追いかけて路地裏へと走っていく。

 追い付いた時、状況はまさに間一髪だった。

 地面には少女が食べようとしていた串焼きが散乱し、少女は男たちに捕らえられてもがいている。


「何をしているの! その子を離しなさい!」


 少女に向いていた男たちの意識が、美咲の声を聞いて他に向き、美咲を認識した。

 男の一人が、美咲の姿を舐めるように見つめて、口笛を吹く。


「何かと思ったら、女じゃねえか。しかも上玉だ」


「団長、こいつも捕らえて売っちまいましょうぜ」


「そうだな。ヴェリートでの損失も、これでいくらか取り戻せるだろう。負け戦で貧乏籤を引いちまったが、天はまだ俺たちを見放してはいないらしい」


「あんたたち、傭兵なの!?」


 驚く美咲に、団長と呼ばれた男がにやりと笑った。


「ああ。先のヴェリートでの戦で団員の半数が死に、挙句に依頼主には逃げられて大損こいたのさ。もう解散するしかないと腹を括っていたが、お前たちのおかげで立て直すことが出来そうだ。感謝するぞ」


 のこのこやってきた美咲を見る男の目は、言葉とは裏腹に明らかに美咲を嘲笑っていた。


「人間を浚って売り買いするなんて、最低……!」


「何とでも言え。これが一番利益が出るし、手っ取り早いんだよ」


 男たちは少女を仲間の一人に任せ、美咲を確保しようとじりじりと間合いを詰めようとしている。


(こうなったら……!)


 美咲が戦う決意をした瞬間、後頭部に衝撃が走る。


「えっ?」


 揺れてぐらりと傾く視界の中、捕らえられた少女が、見開いた目一杯に涙を溜めて美咲を見つめているのが見えた。


(いったい、何が──)


 意識が薄れていく中、美咲は辛うじて背後に立つ別の男を認識する。


(何だ。もう一人、いたってことなのね……)


 魔法が効かない美咲も、物理攻撃は防ぎようが無い。

 地面に倒れ伏した頃には、美咲は気絶していた。


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