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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十一日目:美咲の修行7

 風の魔法を一応使えるようになった美咲は、次に火を起こす魔法を教わった。


「これは前にも見せたことがあったよね。ホォイユ(火よ)ゥ ツゥオム(点れ)リィ」


 アリシャが魔族語で呟くと、その手に持った木の枝の先端が燃え上がる。


「はいこれ」


 そのままアリシャが何気なく差し出してきた燃え盛る枝を、美咲はきょとんとしてそのまま見つめた。


「不思議そうな顔してないで、さっさと握る」


 急かされるが、美咲が握れる箇所は現在進行形で燃えている。


「……燃えてる中に手を突っ込めと?」


 半眼になる美咲に、アリシャはにんまりと笑った。


「そうだ。ほら、早く」


「できるわけないじゃないですか! 火傷しますよ!」


「異世界人なら大丈夫だよ……多分」


「多分って何ですか多分って!」


「ああもう面倒くさいな……そら」


 早くも痺れを切らしたアリシャは、美咲の胸元に無造作に燃え盛る木の枝を押し込んだ。


「何するんですかああああああ!」


 慌てて払い落とした美咲だが、時既に遅く、美咲の肌と服に火が引火していた。


「熱い! 痛い! 死ぬ! 死んじゃいますぅ!」


「少し落ち着け」


「はい」


 拳骨を落とされた美咲は我に返り、激しく燃えている割には痛みが無く熱も感じず、自分の服と肌に何の損傷もないことに気がつく。


「こんな風に、異世界人は魔法から概念的に隔離されてるから、いくら魔法を受けても無傷で済む」


「不思議です。……身体はともかく、燃えてるのに制服も無傷なんですね」


 火は胸元から顔を包み、今や全身に広がっているが、炎の中で美咲は平然としている。まるで赤いオーラを纏っているようだった。


「美咲と同じように異世界からやってきた物品だからだよ。防具としては使えないけど、希少性が高いから好事家に高く売れるんだ」


 もう既に売り飛ばす算段を立てているアリシャを、美咲は半笑いで見つめた。さすがアリシャ、いっそ清清しい態度である。


「じゃあ消火するよ。モォイザァ(水よ)ウユゥ」


 アリシャの呟きとともに美咲の頭上に大きな水の球が生まれ、燃える美咲を包み込んで鎮火させる。

 それが済むと何本か枝を用意していたアリシャは、一本ずつ美咲に手渡し、魔族語で火をつけるように命じた。


「服がびしょびしょなんですけど」


「でも魔法で生み出した水だから、冷たくはないだろ。それに、火をつければ乾かせるさ」


 濡れ鼠になった美咲は、今までの経験からアリシャに抗議しても不毛なだけだと気付き、諦めた。

 それに、確かにアリシャの言う通り、身体や服が濡れる感触はあっても、それによって体温が下がって体が冷えるという感じはない。


「えーと、ホォイユ(火よ)ゥ ツオムゥリィ(とぅおもうれ)


 枝は燃えない。


「後半の発音がおかしくなってるぞ。|ツゥオム(点れ)リィだ。分からないならその都度サークレットを外して聞いてみな」


「分かりました。ホォイユ(火よ)ゥ ツゥオム(点れ)リィ」


 言われた通り、意識して発音すると、今度はきちんと枝の先端に指先ほどの小さな火が点った。


「……小さいですね」


 松明のように激しく燃えていたアリシャの枝と比べると、その差は歴然である。


「これもさっきの風の魔法と同じだね。発動はしたけど、まだまだ発音が正確じゃない。要練習だ」


「……この火で服、乾きますかね?」


「……無理だろうね。ちょうどいいから、代わりの服を買ってやるよ」


 そういうことで、修行を一時中断して買い物に行くことになった。



■ □ ■



 アリシャが美咲を連れて足を運んだのは、一軒の古着屋だった。


「……新品じゃないんですね」


「贅沢言わない。新しい服っていうのはそれだけで高いんだ。それに比べて、古着なら使えるものでも安く買える」


 現代っ子である美咲は、アリシャの言い分は分かるものの、やはり古着を着る、というのは抵抗があった。


(でも、仕方ないか……)


 高い金をはたいて新品を買っても、修行をしているうちにすぐにぼろぼろになるかもしれないし、そうでなくとも魔王を倒すまでの道程で確実に草臥れるであろうことは想像に難くない。

 どうせ使い潰すことが確定しているのなら安い方がいいというのは、確かに理に適っている。

 店内に入ると、美咲の知る服屋とは違い、狭いスペースに何着もの古着が無造作に山積みされている光景が目に入った。

 見た目が綺麗な服は比較的丁寧に扱われているようだが、継ぎ当てが目立つような服は結構ぞんざいに扱われているようで、現代の感覚でいえば捨て値で売られている代わりに、かなり乱雑に置かれている。

 無秩序、という言葉がぴったりの店だった。


「店主、居るか」


 カウンターの奥にアリシャが声をかけると、奥から中年の男性が出てきた。


「いらっしゃいませ。何が入用で?」


「女ものの衣服を数点見繕いたい。あと、加護付きの服があればそれも見せてくれ」


 またよく分からない言葉が出てきて、美咲は首を傾げる。


(加護って、何だろう……)


 そのままの意味を当てはめるなら何か特別な効果がある服なのだろうが、それで合っているか美咲には分からない。


「そこに纏めて置いてありますよ。加護付きの服は仕舞ってあるので取ってきましょう」


「頼む。私たちはそれまでの間、商品を見ていよう」


 店主が引っ込むと、アリシャは美咲を連れて、店主が案内した陳列場所に移動する。

 意外なことに、置かれている服の数々は美咲が知る常識からあまり外れるものは無かった。

 アルファベットなど見慣れた文字こそ存在しないが、それでも文字らしき模様がデザインされている服などもあり、美咲の観点からいっても、十分現代風といえるものだ。

 それでいて、やっぱり剣や鎧が現役の世界だからか、それらと一緒に着込んでもそれほど違和感が無い。

 美咲は自分が今着込んでいる革の鎧を見ながら、服を見定める。


(これなんか良さそう。でも、あれも捨てがたいかも)


 とっかえひっかえするその様子は、年相応の少女らしく、美咲はしばし現実を忘れ服選びに夢中になった。


「気に入ったものは見つかったかい?」


 すっかり目先のことに集中していた美咲は、回りの様子が目に入らず、気付けばアリシャが苦笑しながら自分の手元を覗き込んでいることに気が付く。

 アリシャの視線は美咲が持っている服の数々に注がれている。

 まるで自分が幼い子どものように振舞っていたことを自覚し、美咲の顔が赤くなった。


「気に入ったようなら、それも買おうか。でも、こっちにも良い服があるんだ。ついておいで」


 先導されて美咲が向かった先は、先ほどのカウンターだった。

 奥に引っ込んだ店員が戻ってきており、先ほどまでは無かった女物の服が三つ並べられている。


「当店で扱っている加護付きの服で女物はこれが全部ですな。それぞれ対衝撃、対魔法、気配遮断の加護が篭められております」


 加護付きの服は美咲が見た限りでは他の服と違いがあるようには見えなかったが、アリシャと店主はそれらが特別なものであるかのように扱っており、特に店主が服を扱う手つきは一段と丁寧だった。


「そうだね。それじゃあ、この子が抱えてる服も含めて全部貰おうか」


「全部……ですか!?」


 当たり前のように言ったアリシャに、穏やかな営業スマイルを崩さなかった店主が初めて目を剥いた。


「全てですと八ランデになりますが……本当によろしいので?」


「ああ。支払いはこいつで頼む」


 中年の男性店主は、アリシャがカウンターに無造作に放り投げた硬貨を見て、油汗を流し始めた。


「だだだだ、大金貨ですと……!? お客様、いったいこれを何処で」


 カウンターの大金貨とアリシャの顔を交互に見る店主に、アリシャは面倒くさそうな顔をする。


「私は傭兵なんだよ。それで分かるだろ」


「そ、そうですか。承知いたしました」


 傭兵だからってそれがどうしたというのだろうかと美咲は首を傾げたが、アリシャと店主の間では当たり前の認識らしく、それ以上何も言わずに、店主は震える手で清算を済ませる。


「八ランデ確かに頂戴いたしました。お釣りは二ランデになります」


 渡された金貨二枚を、アリシャは無造作に裸のまま懐に仕舞い込む。


「アリシャさんって、お金持ちなんですね……貯金とか、しないんですか?」


 金貨の管理についてエルナからきつく注意を受けたことのある美咲としては、常識知らずだった自分とは違うはずなのに、金貨十枚分もの価値がある大金貨を持っていたばかりか、それをあっさり使ってしまえるアリシャに衝撃を受けていた。


「金なんて、使えるうちに使ってこそだろう。いくら貯め込んでたって、戦で死んだらそれまでなんだから」


 どうやら傭兵という命のやり取りがある危険な職業についているせいか、アリシャは金にがめつい割には、貯金するという概念が薄いようだった。

 思えば、自分の馬車だって持っているのだから、これほどの大金を持っていてもおかしくは無い。


(私が知らないだけで、有名な傭兵だったりするのかな……)


 美咲は改めて、自分が世間知らずであることを自覚した。


「傭兵って、そんなに稼げるものなんですか?」


「まあ、時と場合によるけど。勝ち戦が多ければ多いほど報酬の額が大きくなるのは確かだね。勝ち戦の時は雇い主からの報酬以外にも臨時収入があることも多いし、傭兵団に所属しているかどうかでも違ってくる」


 そこでアリシャが少し遠い目をしたので、美咲はアリシャが以前に傭兵団に所属していた、という話をしていたことを思い出した。

 傭兵団のことを思い出しているのかもしれない。

 何しろ、娼館からアリシャを連れ出してくれたのが、その傭兵団なのだ。思い入れがあるのだろう。

 自分を見上げる美咲の視線に気付いたのか、アリシャは目を細めて微笑み、ぽんぽんと美咲の頭を撫でた。

 明らかに子ども扱いされていることに美咲は頬を膨らませかけたが、アリシャの無骨な手は剣ダコだらけで、硬いがさがさの手で撫でられているうちに、美咲は父親のことを思い出して何も言えなくなってしまった。


(アリシャさんの手……お父さんみたい)


 仮にも女性であるアリシャの手を男性である父親と同一視するのはどうかと美咲は思ったが、それでも頭を撫でられているうちに、不思議な安心感を感じてしまう。


「戦によって報酬の額はまちまちだけど、何度も戦に出て手柄を立ててると、自然と雇い主たちがより質の良い傭兵を求めて値段を吊り上げるようになっていくね。確か、美咲はもう傭兵として戦に出たことはあるんだっけ?」


「はい。ゴブリンの洞窟から生還した直後に、ラーダンへの旅費を工面するために、魔族軍との戦いに、一度だけ。……結果は散々でしたけど」


 答える美咲の声が暗くなった。

 たった二日で、美咲を取り巻く環境は一変した。

 ルフィミアのパーティメンバーたちを含むクエスト参加者の殆どがゴブリンの洞窟で命を落とし、この世界で初めて出来た歳の近い友人だったルアンは、美咲とルフィミアを生かすため、自らゴブリンの群れの前に留まってそれきり行方が分からない。

 唯一生き残ったルフィミアも、戦争で美咲を逃がすために消息不明になった。

 全て、自分が弱かったせいだと美咲は思う。

 弱いというのはそれだけで罪なのだということを、美咲はもう嫌というほど知っている。

 例え美咲が、本心では戦いたくないと思っていたとしても。


「どうせなら今着替えて、細かい調整をしてもらうといい。店主、大きな買い物をしたんだ。それくらいのサービスはしてくれるだろ?」


「もちろんでございます。本来ならば有料ですが、特別に無料でさせていただきますよ。更衣室は右手にございます」


 衝撃から立ち直った店主は、高価な品物が売れたことにほくほくし、もみ手をせんばかりに美咲を案内する。

 着替えた美咲は裾の調整などを店主にしてもらい、約束通りアリシャに制服を渡した。


「よしよし、ちゃんと覚えてたね。良い子だ」


 アリシャはにまにまと笑いながら、美咲から制服を受け取る。

 制服の珍しさを目ざとく見て取った店主が、にこやかに営業スマイルでアリシャに迫る。


「不要な服がお有りなら、当店で買い取りますよ」


「まさか。古着屋なんかに売らないよ」


「左様ですか……」


 断られた店主は露骨にがっかりとした顔をした。


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