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美咲の剣  作者: きりん
三章 生き抜くために
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十一日目:美咲の修行5

 昼食を終えた美咲は、改めてアリシャと向かい合う。

 アリシャは座るのに適当な石を二つ脇に抱えて運ぶと、一つを美咲に座るよう勧めた。

 美咲が腰を下ろすのを確認し、アリシャも石の上に腰掛ける。


「まずは簡単に魔法の成り立ちから話そうか。魔法は元々魔族だけが使うものだったのは知っているね?」


「はい。魔族語で唱えるものだったから、ですよね?」


 答える美咲の声には僅かに硬さが滲んでいる。

 曲がりなりにも、一度は魔法が飛び交う戦場に出たのだ。その恐ろしさを美咲はよく知っていた。


「間違ってはいないが、正確に言うと魔族語という言語そのものに魔力が宿っているからだ。だから、詠唱者が魔族だろうと人間だろうと、魔族語さえ扱えるなら誰だって魔法を使うことができる。理論的には」


 石の上で足を組み、アリシャはリラックスした状態で話し続ける。

 話は本格的に長くなりそうだった。


「実際には、極めて正確な発音や遠くまで響くような声量を要求されるから、実戦で扱えるようになるには長い修練が必要だ。歌と同じさ。歌が上手い奴が吟遊詩人や踊り子になるように、魔族語が上手い奴は優れた魔法使いになれる」


「だから、魔族は皆かなりのレベルで魔法を扱えるんですね」


 説明を聞いた美咲は得心していた。

 先の戦争の折、魔法の撃ち合いで圧倒的に魔族軍の方が有利だったのは、そういうからくりがあったのだ。


「何しろ母国語だからねぇ。そんじょそこらの雑兵でも、専門で学んだ人間の魔法使いと同等以上の技量がある。もちろん個人差はあるが、やっぱり赤ん坊の頃から魔族語に慣れ親しんでいるアドバンテージは絶大だ」


 そこで美咲の頭に疑問が浮かんだ。

 同じように小さい頃から魔族語を学べば、人間であっても優秀な魔法使いを量産できそうなものなのだが。

 アリシャにその答えを求めると、アリシャは肩を竦めてみせた。


「確かに人間の間でも幼い頃から魔族語を学ばせて優秀な魔法使いを生み出そうという試みはあったみたいだが、まあ、戦況を鑑みる限りうまくはいっていないみたいだね。何しろお手本となる魔法使いの質が違う。そうなりゃ育った魔法使いの出来にも差が出てくる。後はもう悪循環さ」


「でも、でも、人間の魔法使いにだって、魔族顔負けの優秀な魔法使いは居ましたよ!」


 食い下がる美咲の脳裏に浮かぶのは、ルフィミアの姿だった。

 彼女は美咲にとって頼れる先達であり、良き姉のような存在だった。

 ルフィミアの実力を美咲は疑うことなど無かったし、実際にルフィミアは強かった。ゴブリンの洞窟のような遮蔽空間でも補助に徹すればそこそこ戦えるし、開けた場所なら彼女は全力を出すことができる。ルフィミアの全力は、ヴェリートで見た他の人間の魔法使いとは一線を画していた。


「そりゃいるだろうが、絶対数が違う。そういう奴らは優先的に戦場に回されるし、実力がある魔法使いを遊ばせておく余裕なんて人間にはない。後進の教育に優秀な魔法使いを当てたくても当てられないのが現実だろうね」


「そんなに、この世界の人間は追い詰められてるんですね……」


 先行きが不透明で不安になった美咲だが、続くアリシャの言葉で再び驚かされることになる。


「まあ、魔族も楽観はできないけどね」


 意外な言葉に、美咲は思わずアリシャに問い返した。


「え? どうしてですか?」


「何しろ自分たちだけのものであった魔族語が、人間たちの間にも急速に浸透しつつある。今はまだ言葉だけだが、文字も漏れるのは時間の問題だろう。そうなると、人間と魔族の差はますます縮まる。今のところ戦争を優勢に進められてる魔族だって、油断してるとどうなるか分からない」


 美咲はアリシャの発言に頭がこんがらがった。聞かされていた話と微妙に違う。王子やエルナが話していた限りでは、いかにも人類は損亡のがけっぷちに立っているように聞こえたのに、アリシャの話を聞いていると、がけっぷちに立ってはいても、反攻の兆しが出ているようにも感じられる。

 そこまで考えて、美咲は先のアリシャの説明に、聞き逃せない箇所があることに気がついた。


「魔族語は、文字も何か効果があるんですか?」


「あるよ。っていうか、君の身体に刻まれている死出の呪刻だって、魔族文字だ」


「えっ!? そうなんですか!?」


 美咲はびっくりして、思わず服の胸元の隙間から、己の身体を覗き込んだ。

 考えたことなどなかったが、気付くと途端に気になってくる。


(……なんて書いてあるんだろう)


 不安と興味が入り混じった複雑な美咲の表情を見て、アリシャは釘を刺す。


「言っておくけど、知ろうなんて思うんじゃないよ。死出の呪刻は効果の残虐さから、魔族の間でも禁呪に指定されてるんだ。知らないでいられるなら知らない方がいい」


 新事実を知って、美咲は震え上がった。


「残虐って、ただ死ぬわけじゃないんですか!?」


 死出の呪刻については死に至らしめられるということしか美咲は知らない。

 どんな風に死ぬことになるのかなんて、美咲は考えたこともなかった。

 反応から美咲が無知であることを悟ったのだろう。アリシャは苦い顔になると、顔を顰めて頭をかいた。


「そうか。美咲は異世界人だからこのことは知らないのか。参ったな。なら言うべきじゃなかったか」


「ちょ、気になるんですけど! 私どんな死に方するんですか!?」


 何しろ自分の身に起こるかもしれないことなので、はぐらかそうとするアリシャに美咲は必死に食い下がった。

 その甲斐あってか、美咲はアリシャの重い口を割らせることに成功する。


「分かった、分かったよ。話してやる。けど、後悔するなよ」


 本当に酷い話なんだから、とアリシャは前置きして話し始めた。


「死出の呪刻っていうのはいくつか種類があってね。どれも最終的には必ず対象を死に至らしめることからそう呼ばれてるんだが、同じ死出の呪刻でも、その過程には刻まれる文字によって種類がある」


 死出の呪刻が複数ある、ということだけでも、美咲には初耳だった。美咲は本当に、この世界のことを何も知らないのだ。


「君に刻まれている死出の呪刻は、別名斬死の呪刻と呼ばれる種類のものだ。この呪刻を刻まれた者は、刻限を過ぎると呪刻を刻まれた箇所を起点に斬り刻まれ、文字通り解体されちまう。一度禁書で発動した場面の挿絵を見たことがあるが、酷いもんさ。まるで家畜の解体現場みたいだったよ」


 生々しいアリシャの言葉に、現場を想像してしまい美咲のうぶ毛が総毛立つ。ごくりと唾を飲み込み、美咲は恐怖を押し殺した。


「ということは、私の場合は……」


 何となく答えを察しながらも、一縷の望みに縋って問いかけた美咲は、すぐにそれを後悔した。

 もちろん帰ってきた答えは美咲の嫌な予感を肯定するものであった。


「全身くまなくバラバラになるだろうね。何しろ君の場合、顔とかの露出してる部分を除いて、隠せる場所には全身全てに呪刻が刻まれている。それを刻んだ奴はよっぽど確実に君を始末したかったんだろう。暗殺は失敗するリスクが多々あるが、それに比べてこれなら呪刻を刻んだ施術者が死なない限り確実に殺せる」


 それほどまでに、自分は魔王に危険視されて命を狙われているのかと、美咲は恐怖に震え上がった。

 思えば当然である。脅威だと思わなければ、わざわざ魔王が美咲の召喚に介入したりはすまい。そして逆説的に言えば、それは美咲の召喚を、魔王が自分に対する明確な脅威と見なしたことを意味する。


(本当に、私なんかに魔王を倒せるのかな。話を聞けば聞くほど、恐ろしい存在に思えてくる……)


 美咲は全てを放り出して逃げ出したくなる自分の弱さを自覚して、恥じた。


(逃げて、それでどうなるの? 結局死ぬだけじゃない。魔王を殺す以外に呪刻を消す手段はない。エルナがそう言ったんだから)


「……あの。本当に、魔王を殺すこと以外に呪刻を消す方法はないんでしょうか」


 一縷の望みに縋ろうとする美咲の心情を理解しつつも、アリシャは美咲の願いを容赦なく打ち砕く。嘘を言って美咲を安心させるのは簡単だが、アリシャはその行為に何の意味も見出さない。


「難しいね。死出の呪刻は刻んだ時点で術者と対象者を繋ぐ死の呪いが完成する。呪刻っていうくらいだからね。物理的に身体に彫られた文字を消したって何の意味も無いんだ。刻まれちまったが最後さ」


 やっぱり魔王を殺すしかないのかと、美咲は項垂れた。


「……私に、魔王を殺せるとアリシャさんは思いますか?」


「うーん。正直に言うと無理だろうね。多少マシになったが、それでも美咲はまだ弱い。魔王どころか、魔将とやりあえるかどうかも怪しいよ」


 きつい事実を告げられたが、美咲自身自覚していたことだったので、立ち直れないほどのダメージではない。

 それよりも、美咲には気になる単語があった。


「あの、魔将って、何ですか? ヴェリートでもそう名乗った魔族と遭遇したんですけど」


 魔将と聞いて美咲が真っ先に思い浮かべるのは、逃げる美咲とルフィミアの前に立ち塞がった、あの竜を従えた蜥蜴人の魔族だ。美咲はルフィミアやルアンの仇を取りたい。でもそのためにはあのブランディールと名乗った魔族と殺し合わなければならない。そう考えると、足が竦んでしまう美咲だった。


「魔王直属の配下の将さ。一人しかいない魔王の代わりに、軍とは独立した指揮系統を持ち、魔王の手足となって働く奴らだ。蜥蜴魔将は知ってるんだっけ?」


「……はい」


 美咲の声に怯えが混じる。


「魔将は三人いてね。蜥蜴魔将の他に人身牛面の人牛魔将、年経た高位のアンデッドである死霊魔将がいる。本当はもう一人いたけど、先の戦争でヴェルアニアの第二王子との一騎打ちで負けて死んでるから、今そこは空位になってるはずだ」


「お、王子が魔将を殺した!? そんなに強ければ本人が魔王を倒しに行けばいいじゃないですか! なんで私なんかを召喚する必要があるんですか!?」


 美咲は憤慨した。


「私に言われてもねぇ」


 アリシャは困ったように頬をかく。


「……すみません。取り乱しました」


「まあでも、気持ちは分かるよ。それにヴェルアニアには王子が二人いるんだ。美咲を召喚させたのは、もう片方の王子だろう」


 またもや新事実が飛び出て、美咲は唖然とする。


「ふ、二人!?」


「ああ。武に優れ、魔族語すら操る勇猛さ溢れる第二王子と、プライドは高いが能力は第二王子に劣る第一王子がね。第二王子はほとんど戦場にいるから、美咲を召喚させたのは第一王子の方だと思うよ。今は第二王子の方が人望があるし、大方手柄が欲しくて焦ってるんじゃないか」


 人類存亡の危機だというのに、その裏で権力争いが起こっていることを知って美咲は唖然とした。


「手柄が欲しい、ってどうして。そんな場合じゃないはずなのに」


 肩を竦め、アリシャは皮肉げな笑みを浮かべる。


「私にも分からないけれど、彼にとってはこの戦争はその程度の認識なのかもしれないね。先王は戦争中に崩御していて、今は二人の王子がなし崩し的に国を纏めている状態だ。そして第一王子と第二王子は仲が悪いことで有名でね。といっても、第一王子が第二王子を一方的に嫌ってるだけなんだが」


 そこで美咲は腑に落ちない思いを抱いた。いくらなんでも、アリシャは情勢に詳しすぎはしないか。


「……やけに詳しいですね」


「旅をしてるとね、立ち寄った先で色々風の噂を聞くんだよ。それに、第一王子と第二王子の不仲は有名だよ。この国の人間なら誰でも知ってることさ」


 くすくすと笑われてしまい、美咲は顔を真っ赤にした。美咲が無知だっただけのようだ。


「よし。講義はこれくらいにして、実践に入ろうか」


 にやりとアリシャが笑ったので、美咲は嫌な予感がした。その予感は間違ってはいなかったが、だからといってどうなるものでもなかった。


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